第601話 死の淵
『魔騎兵』450騎の突撃。
ダメージを負ったゼダンは一度後方に下がったものの、最初の突撃で『解放軍』の防衛能力をある程度把握していた。
「全騎兵に通達。奴らには近づくな。一定の距離を保ち“投槍”にて削れ。我らの強みは“群”である事。効かずとも消耗させれば良い」
「はっ!」
ゼダンは後方へ下がる傍ら、寄ってきた伝令兵へ命令を伝え、伝令兵は独自の信号旗と角笛にて旗兵へと伝える。
『氷壁』に開けられた道。ソレは音の罠が待ち受けているが……そもそも発動しなければ意味は無い。
道が閉じられる懸念も同じだ。操作する者を始末すれば考える必要はない。
「奴らはまだ我々の射程にいる」
今現在、開いた『氷壁』の前に立つ“二匹の家畜”を始末すれば『魔騎兵』は一気に『オベリスク』の首都へと雪崩込めるのだ。
家畜共は何を狙っているのかは分からないが……この『魔騎兵』500騎は【魔弾】一人でどうにかなるレベルではない。
指示を出す旗の色が変わり、ソレを確認した伝令兵が角笛を吹く。命令は――
“『魔騎兵』450騎による投槍の連続投擲にて正面の家畜二匹の始末”
『魔騎兵』同士の間隔を開き、速度も普段より落としつつ、先頭列は投槍を構える。
十分な間隔さえあれば不意に『氷柱』による進路妨害が生まれたとしても“魔馬”の機動性で十分に回避することが可能だ。
そして、家畜二匹に浴びせるのは一投擲で馬車をも貫く投槍の雨である。
「速度を落とします」
『魔騎兵』の動きからガイエンは手堅い面制圧が行われると察し、『氷柱』を出現させ進路を妨害。速度を落とすことで投槍による威力の低下を狙う。しかし――
「ガイエンさん。それは悪手ね」
『氷柱』の発生が速かった。十分な間があった為に、『魔騎兵』による投槍で破壊され、貫通した幾つかがクロエとガイエンに襲いかかる。
「むぅ……」
ガイエンは義足で蹴り弾き、クロエは半身になって身体を揺らす様に交わす。その際に僅かに頬を掠めた。
「囲まれた時よりも速度と威力があるわね」
肌に触れた事で、より正確に“投槍”の攻撃力を測る。
サリアと合流する前に受けた投槍よりも直線運動である事もあり、その一撃は人体など容易く貫くだろう。それが“面”で襲いかかってくる。
『魔騎兵』が迫る。最前列は既に二射目を手に取って構えていた。
間もなく――圧倒的な数と威力を持つ……450騎による“投槍”が来る……
「――――」
いつぶりだろうか? 背筋を冷やすような悪寒を感じたのは……
環境による“寒さ”ではない。これは今この場から逃げ出さなくては間違いなく“死ぬ”と言う……生存本能から来る警告だ。
「久しい感覚……」
ふー……とクロエは一度息を吐く。白い息が世界に溶ける。
己の心音が早鳴る。死が秒読みで近づいてくるのを感じる。
“強者にとって最も失ってはならないのは“己の命”ではなく『死の淵』だ。己の歩みを止めたその瞬間、強者はただ追い抜かれるだけの“弱者”となる。小生たちにとって“弱卒”とは死と同義。クロエ、己の歩みを鈍らせるな。己を脅かす死から逃げるのではなく、身を委ねよ”
強くなれば“死の悪寒”に対する上限は上がっていく。世界に対する理解が進めば進むほど、その感覚は簡単には感じられなくなる。だから――
「これは……とても貴重ね」
己の道の前に立ち塞がる壁。今まではソレを越えて来た。
しかし、それではダメだと【極光波】との戦いで理解した。越えるばかりでは【武神王】には届かない。それに――
“クロエさん! 今日は勝つからね!”
「ふふ。追いつかれるワケには行かないものね、ローハン」
死の淵。その感覚がこれまでの経験の中から覆す事が出来る情報を探す。
ソレは一般的には走馬灯と呼ばれる現象。だが……クロエは目が見えない。故に彼女が感じるのは――
「――なるほど……随分と複雑ね」
世界の理からの“答え”だった。
「この位置がベストか……」
サリアは城壁の上を馬で駆け、“天元”の発動出来るギリギリのポイントに着くことが出来た。
もっと良いポイントがあるけど……これ以上、時間をかけると下の負担が大き過ぎるわね。
俯瞰する様に眼下を見ると、『魔騎兵』が最初の投槍でガイエンの妨害目的の『氷柱』を破壊していた。
平面からしか『魔騎兵』を捉えられないのなら、距離感が測れないのは仕方ない。
「サリアさん。落とします」
飛行して追いついたレイヴンが『長弓』と適した矢筒を上空から落としてくる。サリアはお礼を言いつつ、ソレを受け取った。
「レイヴン、そのまま上空から魔法陣の位置を確認して頂戴。風向きも教えて」
「風向きは追い風ですわ。矢は思ったよりも飛ぶと思います」
自分達の立っている所と上空では風速が違う。
「レイヴン、もう少し上空の風速と風向きが知りたいわ」
「下は大丈夫ですか? 間もなく『魔騎兵』の一斉射撃が始まります。ボスと客分は死ぬとちゃいます?」
「二人は問題ないわ。あたし達はあたし達の仕事を完遂するわよ。正確な情報を観測して」
「……了解」
レイヴンは更に上昇。その間にサリアは下の状況を俯瞰する。
「びっくりするくらい不安は無いのよね」
迫る『魔騎兵』450を前に佇む盲目の剣士。
本来なら絶対に助からないと思わせる光景である。
しかし、サリアはクロエの圧が不自然な程に感じられなくなった様子が【宵宮の刀】と重なった気がしていた。




