第600話記念外伝8『His After Story』ガキども
「ただいま、戻りました主様」
控室の石天井の積石の一つが、ゴトン、と落ちるとそこからスメラギが、シュタッ、と着地した。
「お帰りなさい」
「お帰りです! スメラギさん!」
「……スカーレット、天井は壊して大丈夫なの?」
「はっはっは! まぁ、サリアが心配する様な倒壊は起きないだろうさ!」
『星の探索者』は食事をしながらスカーレットと親睦を深めていた。改めて自己紹介を行い、皆が名で呼び合う仲になっている。
『スメラギ殿は随分と高い所から石を掘ってきた様だな』
ボルックが、ピピピ、とスメラギの開けた天井の穴を分析すると、『白炎』で焼滅させて来た様子を確認する。
「あらゆる経路を用意して置く事も某の務め。ボルックよ、観ていたぞ。初戦の戦いは実に見事なり! これから共に未開の地を駆けんとする同士として、これほど頼もしい事はない!」
スメラギはボルックの『ケミカルフィーバー』を好意的に受け取っていた。
『なるべく、誤解を招かぬ様に気をつけるつもりだ』
「ふっ、だが主様の懐刀には某がいる事を努々忘れずべからず!」
『記録に残しておく』
「変な対抗心を見せてないで、さっさと調べた内容を語ってくんない?」
サリアに言われて、スメラギは歩いてくるとゼウスの前に片膝をつく。
「主様」
「楽に座って。はい、麻婆豆腐」
「勿体なきお言葉。麻婆豆腐は後で頂きまする。先にご報告を」
スメラギは胡座に座り直し調べてきた内容を語った。
「この国は――」
「『ノヴァロ』って言うんでしょ?」(サリア)
「……現在、某たちの居る都市は――」
「首都『バーンレッド』ですよね!」(クロウ)
「…………この世界では魔法が――」
『『加護』と呼ばれる特殊な手順が必要だ』(ボルック)
「………………この世界は一日――」
「12時間だ。お前たちの世界は24時間なんだろう? 随分とゆったりしているんだな」(スカーレット)
スカーレットと食事をしながら情報を擦り合わせたゼウス達は、スメラギが調べた情報は既知として認識していた。
「……………………主様」
「どうしたのかしら?」
「このスメラギ、己の無能を無様に晒し申しました!! 今一度、食文化から国家機密に至るまで、調べて参りまする!!」
「ふふ、スメラギ。そこまでしなくて良いわ。情報の再確認も出来るから、調べた内容を全部話して頂戴」
「主様……くっ! 某が不甲斐ないばかりにお気を煩わせて申しわけありませぬ……」
「他にはどんな事を調べたんですか?」
クロウの言葉にスメラギは正座の姿勢になった。
「では、『炎王』継承戦――次戦の対戦相手に関しては既に把握されておられますな」
「あ、それは知らない情報ね」
「! そうでござるか!!」
スメラギの顔が、パァ! と喜びに満ちる。
「まぁ、誰が相手でもローハンとクロエなら負けないでしょ」
「サリア、あの二人はそんなに強いのか?」
「あたし達の世界でも勝てる存在はあまり思いつかない二人よ」
「サリア殿。それは些か希望的観測というもの。主様、此度の相手は【義手】クルカントでございます」
スメラギの報告に全員の動きが止まった。
「スメラギ、それは本当?」
「間違いありませぬ。クルカントは過去に『トワイライト』へ訪れた事がございまして……我が『ドラゴンソウル』――『未来龍』との戦いを所望されました故、面識があるのです」
その頃には既に『未来龍』はスメラギへ『ドラゴンソウル』を託し肉体は消滅していた為、何もせずに去ったのだが――
「よもや、この地で見かけまするとは」
「人違いの線はないの?」
「あれ程の気配……間違う方が難しいと言うものぞ。サリア殿」
「ちょっと良いか?」
と、『星の探索者』だけで回る話にスカーレットは手を挙げた。
「恐らく、覆面が言うのは――」
「【烈風忍者】スメラギ。以後お見知りおきを」
「ああ、スカーレットだ。よろしくスメラギ。スメラギが言ってるのは恐らく“カント”だ。ヤツはお前たちの世界でも腕の立つ存在なのか?」
この世界においても、絶対的な存在として君臨していた。
「私達の世界で最も強い存在【武神王】が、己を超えさせる為に見定めた二人目の弟子よ」
「そっちの世界にはヤツよりも強い存在がいるのか……」
「……クルカント様は100年の『無双路』に出てるハズなんです」
この中でクルカントの近況を最も知るクロウが会話に入る。
「『無双路』……【武神王】がかつて行った修行の事ね」
「はい。次の『天下陣』でアイン様を超える為に旅をしてるそうです。『ターミナル』には度々帰って来てまして、僕と姉ちゃんはファング様を通じてよく話しました」
“ファングのガキだぁ? クッカッカ! 俺は元気なヤツは好きだぜ”
そう言って、顔を合わせる度にクロウの頭を撫でてたり、クロエと手合わせをしたりと、ヴォンガルフ姉弟にとっては兄の様な存在だった。
「元の世界で旅を終えたのか、それとも既にアイン様に届く力を持って整えてるのか……」
「つまり……現在の【義手】は過去一番で今が最強ってこと?」
サリアの問いにクロウは一度、コクリと頷く。
一定の実力を持つ者なら誰しもが感じるだろう。【義手】クルカントの実力は凡人には測れない。当人も弱者には興味がない事もあるが、スイッチが入ると容赦なしに、壊し、潰し、蹂躙する。
その様は二代目【武神王】を決める『天下陣』でも遺憾無く発揮され、あまりにも暴力的な様に見る者全てが息を呑むほどの凄まじさだったのだ。
それが、現在では更に研ぎ澄まされているとすれば――
「僕、仕合を観に行きます!」
「あ、クロウ! ちょっと、待ちなさいって――」
立ち上がって走るクロウにサリアも武器ケースを抱えて後に続く。
「思ったよりも危険な相手であるようだな。私たちの知る“カント”は終始笑みを絶やさなかったが」
「……彼は当時の二代目【武神王】に負けた。それからは落ち着きを得たけれど……本質は何も変わってないハズよ」
『…………』
「主様……」
ゼウスは目を閉じる。二回戦目は自分が行くべきだった。ローハンとクロエでは……
「皆で声を届けに行こう」
と、スカーレットが寝台から起き上がる。
「声は“風”となり、目の前の“炎”を強く燃え上がらせる。私たちはそうやって多くの苦難を越えてきた」
そう告げるスカーレットの瞳にスメラギはノヴリスと同じモノを見た。
そして、ゼウスもクランマスターとして背中を押された様な心持ちを受ける。
「ええ。皆でローとクロエの仕合を見届けに行きましょう」
【義手】クルカント。
アインの婆さんが直々に己を超える素質があると認めた、二人目の強者。
過去の『天下陣』にて、ユキミ先輩と激闘を繰り広げ、先輩は終始圧倒されていたとマスターからは聞いている。
オレは面識が無かったが……なるほど。コイツは……“強者”なんて言葉が霞むくらいにエゲつねぇ圧だぜ。
『それでは! 『炎王』継承戦! 二回戦を開始いたします!!』
次の瞬間、銅鑼が鳴らされ、ワァー!! と声援が上がる。
『霊剣ガラット』の事をどれだけ把握しているのかは知らないが、一撃必殺の手札を持つのはオレ達の方だ。
オレは『霊剣ガラット』の柄に手をかける。
恐らく、何太刀も受けてくれる相手じゃねぇ。初撃で仕留める!
「クロエ、左右から挟んでヤツの気を逸らすぞ! お前は右に――」
「それではダメ……」
クロエは動かない。抜剣さえもせずに、自然体のままクルカントから意識を離さず――いや……まるで金縛りにあったかのように微動だにできない様子だ。
「どうした? らしくないぞ。アイツと交流があるのは何となく分かるが、今は――」
「クッカッカ! クロエちゃんはようやくその領域かぁ?」
クルカントはポケットに手を入れたままだ。そして、視線をオレたちじゃなく闘技場の物見台へと外す。
「狙撃は無ぇのか? あの『エルフ』のガキに援護させてやれよ」
サリアが感じた“視線”の正体はコイツか。クルカントは笑って向き直る。
「まぁ、あったとしてもほんの少しだけお前らが自由に動けるだけで、俺の勝ちは揺るがないけどな」
「大層な余裕だな。こっちは二人だぜ?」
「だな。二人だ。で? それがどうした?」
ザッ、とクルカントがゆっくり歩み始める。相変わらずポケットから手を出さず、クロエも硬直したままだ。
「クロエ、来るぞ! 剣を抜け!」
「クッカッカ! いやぁ、本当に気楽で良いよぁ、クロエちゃん。お隣の凡人君は何一つ感じ取れないらしいぜ?」
「…………」
感じ取る? なんだ? クロエはコイツに何を見てる?
クルカントが歩み寄ってくる。クロエは動かない。
明らかなイレギュラーだ。オレは仕方なしに、『霊剣ガラット』の柄を握り、確実に決められる距離までじっくり構える。
どれだけ実力があろうとも、防御不可、回避不可の一撃を受けて倒れないヤツはいない。
後、三歩……っておい!
「――――」
「クッカッカ! どうした? お隣のヤツがそんなに大切かぁ?」
唐突にクロエが剣を抜いて斬り込んだ。タイミングも呼吸も全く合わせる気がない接近は、完全にソロで行く本気の動きだ。
完璧な一閃。剣をクルカントの肩から袈裟懸けに振り下ろす。
「くっ……」
「――は?」
接触したのを見た次の瞬間、クロエがオレの横を吹っ飛んで行った。何とか倒れない様に耐えしのぐが、手放した剣は宙を舞い地面に突き刺さる。
今コイツ……“蹴った”……のか?
クロエの様子と、クルカントが軽く着地する様子から何が起こったのか推測する。
クロエの一閃をクルカントは足で弾き、そのまま宙で回るように回転ソバットでクロエを吹き飛ばした……のだろう。
あまりに無駄が削ぎ落とされた瞬間だった故に意識的に追うことは出来なかった。
腹部を抑えて片膝でむせるクロエ。その様子を見ながらクルカントの表情が冷ややかなモノへと変わっていく。
「はぁ……クロエちゃんよ。ファングは悲しむぜ?」
その言葉にクロエは、ピクッ、と反応した。
「俺たちに必要なのは“才覚”じゃねぇ、“異端”だ。ファングがお前を育てるの決めたのは自我さえも飲み込まんとする“渇望”だったんだよ。お前は“強さ”を“渇望”し、ファングはソレを認めて技術を与えた」
「…………」
「守破離の内、お前は未だに“守”だ。ファングはお前に“破”に至る為に必要なプロセスを完璧に指導してたぜ? 『ターミナル』を出て程なくして“破”になり、今は“離”の段階に落ち着かなきゃならねぇ」
クルカントは、はぁ……と額に手を当てて深く溜息を吐く。
「俺の目から見ても今のお前は酷すぎる。ファングが見たら失望も良い所だ。まだ娼婦として生きてた方が身の丈だったな」
その瞬間、オレは『霊剣ガラット』を抜き放つ。何かを考える必要は無かった。とにかく……コイツを斬らなきゃ気が済まない!
「おいおい。ガキが、はしゃぐなよ」
「――」
剣が……抜けてない。いつの間にか接近したクルカントの靴底が、抜刀を抑えるように柄尻に重ねられていた。
「ゼウスのガキ。お前の“領域”に合わせてやるよ」
「!」
クルカントがそう言った瞬間、まるで身体を地面に埋められた様な圧迫感に身動きが取れなくなる。今の今まで……このプレッシャーを抑えてたのか?
「くっ……」
「“眷属”として同格だと思ったか? 【星の金属】の“眷属”は種族としての最高峰が最低ラインだ。覚えとけ」
生物としての格の違いを教えたと言わんばかりにクルカントはゆっくり足を外し、オレの横を抜けて歩いて行く。
まるで、道端の雑草とでもすれ違う様はオレを相手として認識さえもしていない様子だった。
「クロエ、クロウはゼウスが見る。お前は『ターミナル』に帰れ。その無様な様をファングに見せつけて、一から練り直せ」
「……クルカント様……私は……」
「お前に選択肢があるのか? 女で、目が見えず、弱いお前に、選択肢があるのか?」
「私……わたし……は……」
「ウォォォ!!」
オレは歯を食いしばると、己を無理やり奮い立たせ『霊剣ガラット』をクルカントへ抜いた。
ヤツは、半身に向き直ると指の間に挟むように紫の刃を受け止める。
「――お」
「オォォラァァ!!」
止められる事など織り込み済みだ。即座に『霊剣ガラット』から手を離してクルカントを殴りつける。
ヤツの顔が動く。ヒットの感覚は無いが、位置が入れ分かる様にオレはクロエの前に出た。
「割り込むなよ、ゼウスのガキ。身内話だぜ?」
「お前はクロエの事を何も分かっちゃいない」
「あ?」
クロエの過去は知っている。音だけの世界で……ただ一人の血を分けた家族――クロウを護るために力が必要だったのだ。
「人は他人に理想を求める。それは否定しない。クロエも望んだんだろう。だが、それ以前に彼女も一人の人間だ」
「…………」
「怒るし、笑う。そんな当たり前の人間なんだよ。【牙王】が“剣”としてクロエを育てたつもりなら……何故、感情を廃する様な育て方をしなかった?」
「知るかよ。俺はファングじゃねぇ」
「そうだ。お前はファングじゃない。クロエでもない。だから、クロエの“強さ”が何なのか、何もわからねぇだろ」
オレの手にはいつの間にか『霊剣ガラット』が戻ってきていた。ソレを見てクルカントが再び笑う。
「自分の勝手な物差しで測るなよ。目が見えなくても家族の為に強くなると決めたクロエよりも強いヤツをオレは見たことがない」
クロエとの付き合いは経ったの一年ほどだが……彼女がどれだけ、己を知り、世界に対して強くなろうとしているのかを知っている。
「クッカッカ。跳ねっ返るなよ、雑魚が」
「かもな。オレはお前から見れば雑魚で片付く存在だろう。だが、コイツはそうは思ってねぇ」
オレは『霊剣ガラット』を見せつけるように構える。
「知ってんだろ? 『霊剣ガラット』を持つ条件。間違いじゃなけりゃ、お前の目の方が節穴だぜ」
「――――クッカッカ……アッハハハ!!」
クルカントは腹を抱えるように爆笑する。嘲笑ではなく、本気で面白いモノを見たような“笑い”だ。
「ハッハッ――あー、そうだな。ゼウスのガキ、お前の言う通りさ。『七界剣』を持つ条件は世界の法則だ。より相応しいヤツが所持者の目の前に現れない限り、移ることはない」
次にクルカントはクロエを見る。
「クロエ、もう一度だけ証明するチャンスをやるよ。この仕合で俺に勝ったら、俺の観察眼が誤りだったと認めてやる」
オレは意識をクロエへ割いているなクルカントへ踏み込むと『霊剣ガラット』を振り下ろす。
「楽勝だろ? なにせ――」
顎下を跳ね上げる打。胸への打。腹部へ感じる蹴打。
計三つの打撃は、オレが一振を終える前にカウンター気味に叩き込まれた。大きく仰け反り、後ろによろめく。
「『霊剣ガラット』が言うには、コイツはこの場で一番強いらしいからな」
一瞬で三つの打撃を受けたローハンは即座に理解する。クルカントは攻撃に腕を使っていない。
『霊剣ガラット』の一閃だけは指で受け止めたが、それ以外はポケットに手を入れたまま二人に相対している。
「――!」
ローハンのダメージが回復する間もなく、クルカントは間合いを詰めて行く。
無拍子。音もなく目の前に現れると、ゴォ! と音を立てる蹴打がローハンの頭を吹き飛ばす勢いで真下から跳ね上がる。
喰らえば間違いなく即死。だが、蹴り起こしは単調な様だった事もあり、ローハンは沈む様に身を屈めて回避出来ていた。
クルカントが宙に浮く。ローハンは『霊剣ガラット』を下から振り上げ――
「がっ!?」
クルカントが身体のバネだけで空中で回り、ローハンの側頭部へ回し蹴りを叩き込んでいた。
軸が宙に浮いている為に、先程の半分以下の威力ではあるが、的確に脳を揺らされ意識が揺らぐ。
「今のはクロエでも読めるぜ?」
クルカントは片足で着地。
ブレる視界。だが、ローハンは長年の勘を含めた身体の動きで踏み込むと、クルカントの胴を薙ぐ一閃を振るう。
「クッカッカ」
ソレも織り込み済みであるかのようにポケットに手を入れたままのクルカントは笑う。
『霊剣ガラット』の横薙ぎを身体を倒す寸前まで反らし鼻先を通過。そして、上体を反らしたまま、片足でローハンを蹴り上げた。
「ぐぉ……」
メリメリ……と腹に鉄の棒が叩き込まれた様な威力を感じるローハンの身体は不思議と高くは舞い上がらない。
蹴打の質。威力をそのままに敵を吹き飛ばす打ではなく、内部に浸透するような打であったのだ。
「ちょっと飛ぶか。力配分がまだ甘いな」
本来なら衝撃を無駄なく敵の体内に留める事が本懐の打であるが、ローハンが僅かに浮いた事でまだ浸透性が甘い事を認識する。
意識が……遠のく……
やばい……落下……意識を……失うな……着地の姿勢を……取ら……
「しっかりしろよ。落ちると危ねぇぞ?」
「ぐっ……」
次の瞬間には再び、鉄の棒を打ち込まれた様な感覚にローハンは吐血。
クルカントが着地点で足をI字に振り上げて片足で貫く様に受け止めたのだ。そのまま、振り回す様にローハンを地面に投げ捨てる。
今ので……肋骨が何本か……逝ったか……だが……まだ……まだまだ……
「立つか。お? クッカッカ」
ローハンの心は折れない。何故なら――
「仲間がボコられて少しは目が覚めたか?」
クロエがクルカントへ斬りかかっていた。地面に突き刺さった剣を取り、ぎこち無さが消えた踏み込みと太刀筋を放つ。
クルカントは僅かな挙動でクロエの洗練された斬撃を躱し、二太刀目を容易く見切って剣の持ち手を横へ蹴り弾いた。剣は再びクロエの手を離れる。
「俺が半歩前に踏み込んでる事に気付かなかったか?」
「気づいています。それでも、この距離はまだ私の距離です」
クロエは剣を弾かれたのではなく、自分から握り手を浅くして弾いて貰ったのだ。
クルカントの蹴りによる後隙を狙った手刀。喉と脇腹の二カ所へ同時に襲いかかる。
「まだ、“守”だぜ?」
喉への手刀は頭突きを合わせられて、パキッ、と指を折られ、それを通して乱された体幹により脇腹への手刀は僅かに外れる。
一挙動で、クロエの二手を完璧にコントロールする。
クルカントとの実力差はこの瞬間も縮むことは無い。
「近接での攻防はファングの十八番だ。奴と死ぬほど殺りあった俺にセオリーが通じると思うか?」
「……私一人では無理でしょう」
ローハンが踏み込み、クルカントの背後を狙って『霊剣ガラット』を振り下ろしていた。
痛みや揺れる視界にも構わず、クロエごとクルカントを縦に割る勢いだった。
「クッカッカ。いつの間にか、だなぁ」
ふわっ、とクルカントは横へ動いて剣線上から抜ける。流れるように無駄のない動きはローハンとクロエの思考をその場に置き去りするほどに滑らかだった。
「だが、残念だ。クロエちゃんよ」
恨むならゼウスのガキを恨め。
振り下ろされる『霊剣ガラット』は止まらず、クロエを縦に両断する様に通過する。
「せっかく芽が見えたんだがなぁ――――お?」
ローハンはクロエへ振り抜いた後、『霊剣ガラット』をクルカントへ振り投げる。
迫る紫の切っ先をクルカントは首を傾けて回避。その時――
「――――」
クロエが間合いを詰めていた。
コンマ数秒。クルカントの思考に疑惑が生まれる。
今、縦に割られたよな? 刃も通り抜けたし……ああ、なるほど――
「“何でも斬れる”んだったなぁ!」
クッハ。とクルカントは口を開けて笑い、ローハンを見る。
「両手を使えよ……死ぬぜ、テメェ!」
ローハンが叫ぶ。
閃光。クルカントの視線が向いた瞬間、ローハンの意思に呼応し『雷の加護』による閃光が空間を包む。
手応え……アリだ! ヤツの視界は完全に潰れた!
クルカントが目を閉じる。閃光を回避したとしても視界は封じた。
時間は一秒にも満たないかもしれないが、この瞬間は唯一、手番を握れた場面であるとローハンは強く感じ、手元へ戻ってきた『霊剣ガラット』をその場で横薙ぎにを振るう。
ヤツはオレが『霊剣ガラット』を持ってない所を見ている。この斬撃は通る!
クロエの接近と、『霊剣ガラット』による距離を置いての斬撃。どちらかは確実にクルカントへ――
「――クッカッカ」
次の瞬間、クルカントは右腕で『霊剣ガラット』の斬撃を受け止め、左手でクロエの首を的確に掴んだ。
「かはっ……」
「なん……だと?」
クルカントはそのままクロエを持ち上げるとローハンへ投げつける。
何とか彼女を受け止めるが、重なっていたダメージ故に踏ん張れずに共に倒れ込む。
「一度見てたからなぁ。お前の手に『霊剣ガラット』が戻ったトコ」
縺れるように倒れた二人へ、目を閉じたままクルカントは歩み寄る。
「今の悪いポイントは二つだ。一つ目、目潰しは悪くない。だが、ヒトの感覚はそれだけじゃねぇぜ?」
嗅覚と触覚。現時点でもクルカントはその二つだけでローハンとクロエの様子を明確に捉えている。
「二つ目。師の一部、【星の金属】を理解する事は出来ない。確実な防御が俺にある事を念頭に置くべきだったな」
そう告げるクルカントの右腕は生身に見えるが、波打つ様に“義手”である事を、あえて教えた。
「装備、場数、対応力。お前らとは年期が違うんだよ、ガキども」
「……」
クロエはもう立ち上がれなかった。
何をしても通じない。両手を解禁したクルカントは、例え『水魔法』が使えたとしても結果は変わらないと思わせる程に圧倒的な様だった。
ソレが終わらせる為に歩いてくる。
何も……出来ない……
「クロエ……オレの後ろに居ろ」
それでもローハンは膝を折らずに前に立つ。
その背中を……クロエは知っていた。あの時と――【死霊王】と戦っていた時と同じ……
「……」
クロエの足が自然と立ち上がる。
彼女は決めていたのだ。二度と彼の背に運命を委ねる事はしたくないと。
それは負けん気でも無ければ、嫉妬でもない。
見るのはローハンの背ではなく……彼の見ている敵へ、共に並び立ち、戦いたいから――
「もう、貴方の後ろで蹲らないわ」
「……頼もしいぜ」
「クッカッカ。ほら、来いよ」
クルカントは目を閉じたまま向けられる戦意に、カモン、と言いたげに指を動かす。
行くぞ、クロエ――
ええ、勝ちましょう。ローハン――
次の接触でこの戦いは決着となった。




