第62話 傲慢な考えね
「うっはっはっは!」
「…………」
「…………」
「あっはっはっは!」
「…………」
「…………」
「うっくっくっくっ……駄目だ。だはははは! 痛てててて」
オレはクランマスターから痛み止めを処方してもらって、松葉杖を突いて夕飯の席に着くと、サリアとスメラギを見て笑いが堪えられなかった。
『反省中』
と書かれた札を首から下げて正座している二人。
ソレに何の魔法的拘束力は無く、ただの札なのだが、痛み止めに変な成分が入ってたのか、オレはドツボにハマってしまった。
「ローハン、そんなに面白いの?」
盲目のクロエは文字が書けず読めない。て言うか見えない。故にサリアとスメラギの状態に何故オレが爆笑しているのか理解出来ないだろう。
オレも何で笑えるのか良くわかんねぇし。
「知らん。でも何かウケるんだよ。マスター、痛み止めに変な成分いれたー? あは」
「ちょっと新しいのをね」
キランッ、と顎に手を当ててドヤるクランマスター。あはは! くそ! 人を実験に使うの止めてって! あはは! 痛てて……
『マスター。二人はいつまで『反省中』なのですか?』
エプロンにコック帽子を装備した夕飯係のボルックが、シャァ、シャァ、とフライパンで炒め物をしながら聞いてくる。あー、腹減ってきた。
「二人が反省したって思ったら外すように言ってあるわ」
「…………」
「…………」
こりゃ、当面『反省中』だな。
ちなみにカイルとレイモンドはオレからの課題にのめり込んでいる。
カイルは、マホー! と魔法水を掲げ、レイモンドは、むむむ……斬れない、と手に持った紙を重力で、ピンッ! と引き伸ばしていた。こっちも先は長そうだな。
「カイルとレイモンドは何をやってるの?」
「奥義修得中」
クロエの質問に答えながらオレは夕飯の席に一足先に座った。
「奥義?」
「平たく言えば土台部分の覚醒だな。カイルが『加速』を発現したのは聞いただろ?」
「ええ。遺跡内部で開花したみたいね」
カイルの『加速』は魔力の少ない中層だからこそ、潜在意識の奥底から浮き上がって来たのだろう。
「使い方を覚えてもらわねぇとな。折角、指標が見えた所だし、レイモンドもまだまだ伸び代が――」
「必要かしら?」
クロエがオレの意見を中断する様に告げる。
「二人は私達でも十分に護れるわ。それに『星の探索者』は戦う事がメインじゃない。これ以上強くなる必要は――」
「そうやって、どっかの誰かさんが暴走してオレに助けを求めて来るような事態が今後も起こらない様にだ」
「…………」
お、効いてる効いてる。ま、終わった事を掘り起こす必要もねぇか。
「戦い以外にも汎用的に使える技になるハズだ。それに二人もいつか『星の探索者』から去るかもしれないしな」
「貴方みたいに?」
そう言うクロエとオレは互いに顔を見ずにカイルとレイモンドを見ながら会話を続けた。
「なんだ? 寂しいのか?」
「貴方は平気そうね」
「そりゃ、そうだ。それで――」
“ダズ、止めろ! オレだ! ローハンだ! 戻ってこい! 生き延びて……安寧に生きるんだろ!?”
“………………”
“――もう……言葉も交わせないのか……”
最後の仲間は『グリーズアッシュ砦』に常駐し始めた味方戦力に対して無意識に【オールデットワン】を発動した。
敵を排除する。戦いに明け暮れたオレ達の中にはその考えだけが強くあった。だから、だったのだろう。
「ようやく【オールデットワン】が全員死ぬ」
オレは母さんのおかげで【オールデットワン】を完全な制御下に置けた。けど、それでオレの戦争が終わったワケじゃない。
すると、クロエが隣に座る。
「相変わらず説明不足なのよ。貴方は」
「お前なら察してくれると思ったけどな」
一度はした会話を繰り返すオレにクロエは、やれやれ、と言いたげに嘆息を吐いた。
「お前はクロウが生きてたら、オレと一緒に来たか?」
「…………どうかしら」
「その返答ならオレと来たな」
「傲慢な考えね」
「背中を押すのはオレじゃなくてクロウだろうからな」
「……そうね」
と、クロエは懐かしむ様に微笑んだ。
今はこんな形になってしまったが……クロウの事は本当の義弟として接する事も悪くない未来だと思っていた。
「貴方はいつ帰るの?」
「まだ、しばらくは居るさ。奥義の足掛かりを教えた手前、制御できるレベルくらいにはさせておく。熟練度は『星の探索者』に居れば勝手に上がっていくだろ」
「それじゃ、聞けるかしら?」
「何をだ?」
クロエはボルックの料理を味見して、美味しいわ、と称賛してる。クランマスターを見る。
「貴方とマスターが出会った時の事を」




