15話「じゃがいも」
「え、凛ちゃんあのお店に行った事ないの?」
「ええ。そもそも商店街に行った事もないの」
「そんなの勿体無い!」
最近日課になった凛とのおしゃべりをしている時、好きな食べ物の話から商店街にしかない春先から初夏までしか開店しない新じゃがの小芋のみを使った専門店の話へとなった。
「勿体無いよ凛ちゃん!あれを食べた事ないなんて、人生損してるよ!」
「そこまで言わなくても」
「甘い、甘いよ凛ちゃん。いい?じゃがいもは正義なの。主食であり、おやつであり、飲み物なの」
「飲み物は言い過ぎな気が....」
「飲み物だよ!ポタージュ美味しいでしょ!」
「そ、そうね。美味しいわね」
「でしょ?それで、特に新じゃがは特別なの。一年中食べられる訳ではなく、旬は3月〜6月ととても短い。水分も多いからすぐに傷んじゃうけど蒸した時のホカホカとした食感にバターと醤油との相性の良さ。オーブンでじっくり火を通してベイクドポテトにした時のじゃがいも本来の甘さ....皮がカリカリになるまで揚げたホクホクのフライドポテト。じゃがいもには無限の可能性があって、何にでも、どんな調理法でも美味しく食べれるの!」
「う、うん。そうね」
「そして、皮まで美味しく食べれる新じゃがに目を付けたあのお店はまさに神!多種多様な味付けに、子供からお年寄りまでみんなが美味しく食べられる至高のお店!さあ凛ちゃん、今すぐ私と食べに行こう!」
「えっと、そうしたいのは山々だけどそろそろ帰らないと....」
「え?あ、もうこんな時間なの?私も帰らないと」
「ええ、それじゃあ帰りましょう」
「待って!」
「え?」
「凛ちゃん、次の土曜日は暇?」
「午前中の授業が終わった後なら....」
「なら一緒に商店街に行こ!」
「え、でも...」
「良いから良いから!凛ちゃんにもあのお店の味を知って欲しいんだよ!それに、商店街も案内してあげたいし!」
「それって遊びのお誘い...」
「うん!ね?いいでしょ?」
「全く、しょうがないわね。良いわよ」
「やったー!それじゃ待ち合わせ場所とかはまた後で連絡するね!」
ーーーーーーー
当日。少し早めに着いた凛は、一人夏楽が来るのを待っていた。
「(人が多い...)」
土曜日の商店街。元々人の出入りが多いここは、休日にかけてその人数がさらに増えていた。今まであまり人が多い所には行かなかった凛は、この人混みに少々疲れを感じていた。
早く夏楽が来ないかと待っている事15分。
「お待たせ凛ちゃん。さ、行こう!」
待ち合わせ場所に来るなり、夏楽に連れられるまま商店街へと入って行った。
そのまま夏楽と話しながらあちこちお店で服や小物を見ながらのんびりと歩いていた。暫く歩いていると目的の場所が近づいてきたのか夏楽のテンションが目に見えて上がっていた。
「ここだよ!」
お店の前に着き、夏楽が看板を指さす。
『一口ポテト コロコロ』
既に列が出来ているお店を見上げ、列の最後尾に並ぶ。
「はい凛ちゃん!これメニューね!」
ラミネートされたメニューを渡され、どんなのがあるかを見てみる。
「結構種類が多いのね」
「そうなの!食べ歩きなら串がいいけど、座って食べるならカップの方が良いよ」
「えっと、オススメはある?」
「んー、ここのは何でも美味しいからな....凛ちゃんは揚げと蒸しと焼きならどれが良い?」
「そうね....揚げかしら」
「揚げならチョコレート、コンソメ、カレー、みたらし、チーズ胡椒がオススメかな」
「え、チョコレート?」
「うん」
「揚げって事はフライドポテトよね?」
「そうだよ?」
「それなのにチョコレート?」
「凛ちゃん、ポテチにチョコがかかってるの知らない?」
「そんなのがあるの?」
「そう!とっても美味しいの!だから、揚げたじゃがいもにチョコはベストマッチ!塩気と甘さのハーモニーはカロリーも気にせず食べてしまう悪魔の組み合わせなの!」
「そんなに美味しいならそれにしようかしら。夏楽は何にするの?」
「今日は蒸しの塩にするんだ」
「塩だけ?」
「うん。ここのメニューを制覇した玄人の私は、一周回ってシンプルな塩に落ち着いたんだ。じゃがいも本来の甘さを引き立ててくれる塩は王道のバター醤油とはまた違った味わいを醸し出してくれるんだよ」
「あ、そろそろ私たちの番よ」
じゃがいもの事になると饒舌になる夏楽に慣れたのか、既にスルーする事を覚えた凛は特に気にする事なく注文を始めた。
「揚げのチョコレート、カップのレギュラーを一つ」
「レギュラーカップ、蒸しノーマルで!」
「おや、いらっしゃい夏楽ちゃん」
「こんにちは!」
頭にタオルを巻いた厳つい見た目をした店主が夏楽に話しかける。夏楽は親しげに挨拶を返すと、目ざとく店内にある物を見つける。
「店長さん、それは?」
「お、やっぱり気が付いたか」
そう言うと、店主は何のラベルも貼っていない一本のディスペンサーを持って来た。その中には緑色の液体が入っており、所々葉っぱが入っているのが見えた。
「新しい味を試しててな。これはジェノベーゼでな。ネットにあるレシピだと、コイツらとの組み合わせにはイマイチ向かないから色々試しているんだ」
「ジェノベーゼって言うとバジル系ですか」
「そうだ。良かったら試してみてくれないか?俺だけだと、どうも行き詰まってな」
「良いんですか?」
「ああ。試作品で申し訳ないが、味の感想を教えて貰えるとこちらも助かるよ」
「なら是非!」
「そっちの御嬢さんもどうだい?」
「わ、私ですか?」
「おう。感想は多い方がいいからな」
「えっと、ありがとうございます」
「ちょっと待ってな!すぐ用意するからよ!」
店主は手際良く調理を進め、3分ほどで注文の品と試作品の品が渡された。
熱々で美味しそうな匂いをさせるソレを、早く食べたいと体が言っているのかお腹の虫が声を上げた。
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます」
「頼むぜ、お二人さん」
お店の側にあるテーブルに座ると、まずは何から食べようかと頭を悩ませる。甘い系のチョコレート?それとも試作品のジェノベーゼ?
それぞれ焼き、蒸し、揚げの三種類が一個づつ用意されているが、どれをどの順番で食べたら良いのか、一人でうんうんと考えているうちに夏楽は既に自分が頼んだノーマルを食べ終え、試作品に手を伸ばしていた。
「.....ねえ夏楽」
「ん?ふぉうひはの?」
「口に物を入れて話すべきではないわ」
「....ゴクン。ごめんごめん。それで、どうしたの?」
「これはどの順番で食べたらいいと思う?」
「うーん、チョコは初めの方がいいかな。最後にすると、チョコとじゃがいもの油が冷めてくどく感じちゃうから」
「分かったわ」
夏楽のオススメどおりにチョコレートソースがかかったじゃがいもを、火傷をしない様に冷ましながら一口齧る。
「これは!」
カリッと揚げられた皮にホカホカのポテト。薄くかかった塩が、甘さ控えめのチョコレートソースの甘みを引き立たせ、甘すぎず、それでいて、じゃがいも本来の味わいを消す事なく静かにその存在感を示している。
初めは不信感を持っていたが、初めの一口でそれも全てどこかへ行ってしまった。気付くとカップの中は空になっており、自分でも気付かないうちに完食してしまった事に驚きを覚えてしまう。
「夏楽、ここのお店、凄く美味しいわね」
「でしょ!いやー、凛ちゃんも気に入ってくれて良かった!」
そう言いつつ嬉しそうな顔で試作品の最後の一つを食べる夏楽。余りの食べる速さに圧倒されながらも自分も食べようと、一旦お茶を飲んで口の中をリセットさせる。先程のチョコの味が残っていないのを確認すると、まずは揚げを食べようと爪楊枝を刺す。
「フー、フー」
今度も火傷をしない様に冷ましながら口へと運ぶ。噛めば噛むほどに広がるバジルの爽やかな香り。ほのかに香るニンニクと、ローストされている松の実の香ばしい香りが鼻を抜ける。
「美味しい....」
「ふむ...」
至福の表情を浮かべている凛とは対照的に、食べ終わったお皿を見て夏楽は何かを考えているのかうんうんと唸っていた。
そんな夏楽を他所に、すぐに次へと手を伸ばす凛。焼き、蒸しの順番で残りを食べ終えるとお茶を飲んで一息つく。
「ふぅ....ご馳走様」
余り食べる方ではない自分がここまで食べられた事に驚きつつも、このお店の味が素晴らしい事を実感する。
お皿を備え付けのゴミ箱に捨てると、店主にお礼と感想を言いに2人で席を立った。
「おう、お二人さん。どうだった?」
「ご馳走様でした。とても美味しかったです」
「そいつは良かった。夏楽ちゃんはどうだった?」
「そうですね、揚げにかけるならもう少しオリーブオイルは少なめの方がいいですね。揚げた油とソースの油で、後半胃もたれするので。焼きに関してはこのままでもいけると思います。ただ、じゃがいもを焼いた時の香ばしさと松の実の香ばしさが両方来るので、焼きを少しあまくしても良いかもしれません。蒸しは逆にソースをもっと濃いめに作っても良いですね。ソースのパンチが弱いと前半味がするだけで、後半じゃがいもが一方的に勝ってしまうので」
「成る程...分かった、ありがとうな夏楽ちゃん!」
「いえいえ、これくらいお安い御用です!それじゃあご馳走様でした、また来ますね!」
「おう!待ってるぜ!」
「行こっか、凛ちゃん」
「ええ」
お店を後にした二人は、次はどこに行こうかと話しながら歩いていた。ゲームセンターの横を通った時、凛が足を止めて興味深そうに中の様子を伺っていた。
「凛ちゃん、ゲームセンターに行きたいの?」
その様子を見られたのが恥ずかしかったのか、少し赤面しながら早口で夏楽に向き直った。
「ち、違うの!こう言うところに行った事なかったから少し覗いてただけで!行きたいとか思ってないから!全く!ええ!」
そんな凛が可笑しかったのか、クスッと笑うと手を取ってゲームセンターの中へと進もうと足を踏み出す。
「私が行きたいから行こ?」
「夏楽....」
「凛ちゃんにゲームセンターの楽しみを教えてあげるよ!」
それからクレーンゲームやプリクラ、リズムゲームと兎に角やれる事は全部やろうと連れ回し、最後に目玉となるゲームの前へと立ち止まった。
「夏楽、これは?」
「ふ、ふ、ふ、これが本日の目玉!VTG!」
「VTG?」
「VR空間での機導銃の射撃が出来るゲームだよ!」
「そう」
「あれ、あんまり興味ない?」
「だってVRでしょ?現実とVRなんて勝手が全然違うじゃない」
「まあまあ、そう言わずに。物は試しに、ね?」
夏楽に促されるまま少し大きめのサークルの中に入り、付属品のゴーグルをはめ、機導銃の形をしたコントローラーを手に取る。既にVR空間に入っており、空中に難易度選択の表示が現れた。
まずは無難な物からとNormalを選択する。カウントが始まり、開始のブザーとスタートの文字が空中に映し出された。
目の前に赤色の的が出現し、手に持っているコントローラーの照準を合わせ引き金を引く。弾は真っ直ぐに飛んでいくと的に当たって消えた。そこからは360℃上から下からランダムで表れる的を一つずつ消していく。5分ほどで全ての的を当て終わるとスコアが表示され、そこにはSランクと書かれており、その下にはタイムや撃った弾数、射撃精度などの項目が出ていた。
「ふう....」
ゴーグルを取り、コントローラーを置くと夏楽の元へ戻る。
「どうだった?」
「なかなか面白いわね、これ」
「でしょ?今度は私がやるから見てて!このゲーム何回もやってるから上手いんだよ、私!」
「そう、頑張ってね」
その後、調子に乗った夏楽は最高難易度に挑みボロボロのスコアを晒す事になったのだった。




