再会編5『私のできること…?』
「だったらアンタのマネージャーになって、サポートしてあげるから!」
希は、頭に血が上った勢いそのままに、目の前の男へと言い放った。
自分のために、望は大切な競技人生を賭けたのだ。
だったら、せめてその恩を返したい。
これまで自分が陸上競技に注いできた情熱を、今度は彼のサポートに注げばいい。望がオリンピックでメダルを獲るために、自分にできることを何でもするのだ。
うん。我ながら悪くない考えだ。
……そう思ったのも、束の間だった。
望が進学するのは、首都圏にあるスポーツの名門として知られる私立大学らしい。全国から有望な選手が集まり、オリンピックを目指すトップアスリートたちが日々しのぎを削っているという。
当然、望もスポーツ特待生として進学する。
一方、希には、そんな大学に通えるだけの金銭的余裕などない。仮にお金の問題が解決したところで、今度は学力が足りなかった。
「じゃあ、私生活を私が近くでサポートしてあげる。これならどうよ!」
めげずに代案を出した、その瞬間。
――同棲。
頭の中に、ぽんっと言葉が弾けた。
望と一緒に暮らす。
朝起きたら、そこに望がいる。帰ってきたら、望がいる。二人でご飯を食べたり、何気ない話をしたり……。
……いやいやいや!
何を想像してるんだ、私は!
勝手に妄想を膨らませた自分が恥ずかしくなり、希の頬はみるみるうちに赤く染まっていった。
けれど、そんな彼女の内心など知る由もない望は、実にあっさりと答えた。
「いや、俺は大学の選手寮に入るから」
デスヨネー。
希は心の中で盛大にずっこけた。
そうだった。望が進むのは、普通の大学じゃない。競技に打ち込む選手たちが集まる強豪校だ。寮生活が前提なら、そこに部外者の自分が入り込む余地なんてない。
……何を浮かれていたんだろう、私は。
「気持ちは嬉しいけどさ」
望は、気まずそうに黙り込んだ希を見て、ふっと柔らかく笑った。
「無理して俺に合わせなくていいから。自分のやりたいことやれよ」
「……自分の、やりたいこと?」
思わず聞き返していた。
やりたいこと。
その言葉を口にした途端、胸の奥がちくりと痛んだ。
自分のやりたいことなんて、今の私にあっただろうか。
少し前まで、頭の中は親の借金のことでいっぱいだった。返済しなければならない。弟と妹を守らなければならない。そのためなら、自分がどうなっても構わない。
そうやって追い詰められ、ついには自分の身体まで差し出そうとした。
明日さえ見えない日々の中で、自分の望む未来について考える余裕などなかった。
それなのに、目の前の望は眩しいほどに輝いて見えた。
自分の夢を見据え、そのために努力し、着実に前へ進んでいる。オリンピックという大きな目標も、夢物語ではなくなりつつある。
中学時代は、違った。
同じトラックに立ち、同じ風を感じて、肩を並べて走っていた。
負けたくない。次こそ勝ちたい。もっと速くなりたい。
望がいたから、悔しくて、楽しくて、夢中になれた。
あの頃の私は、走ることが好きだった。そして、いつか絶対に望に勝ってやると、本気で思っていた。
けれど、いつの間にか、望は遠くへ行ってしまった。
強豪校で実力を磨き、全国トップクラスの選手になり、オリンピックさえ手の届くところまで来ている。
その間、私は家族を守ることに必死だった。
毎日を乗り切るだけで精いっぱいで、自分がどこへ向かいたかったのかさえ、わからなくなっていた。
同じスタートラインに立っていたはずなのに。
今では、彼の背中を見上げることしかできない。
その事実が、悔しかった。
望のために何かをしてあげたい。
自分を救ってくれた彼に恩返しがしたい。彼の夢がかなうように、そばで支えてあげたい。
その気持ちは嘘じゃない。
けれど、本当はそれだけではなかった。
彼のそばにいたかった。
できることなら、もう一度、隣に立ちたかった。
昔みたいに、同じトラックを走りたかった。
なのに、今の自分には何ができるのかさえわからない。
希は、行き場をなくした手で制服の裾をぎゅっと握りしめた。
(私は、一体何がしたいんだろう……?)




