第八話 従妹
梅雨が明けて、世間は夏休みに入った。
俺の生活には関係のない話だと思っていたのだが。玄関のドアを開く。
「ショウニイ、おひさ!」ミドルティーンの少女が掌を見せた。転生少女じゃない純少女だ。
「つばさちゃん、久しぶり…」従兄妹のつばさは俺よりひとつ下の高校二年生。
昨日の夜に母から連絡が来て、しばらく泊めることになった。
「二年ぶりだね。太った?ヒゲもちょっと生えてきたね」
「お互い成長したって事だよ」つばさはすっかり大人の体つきになっていた。
「何で来たんだよ。親たちも、いい歳した男女を二人で住まわせるなんてどうかしている」
「まーあれだよ、夏合宿の許可が降りなくてショウニイの話を持ち出したら、なんやかんやこうなっちゃった」こいつは親姉弟とよく口論する。馬鹿なのに口だけは回るから面倒くさい。
会話をしながら書斎へ案内する。
「ここを使っていいから大人しくしてくれ、布団は今干している」つばさは荷物を置いて部屋を物色しだした。
俺は居間のテーブルに着いて、深い溜息をした。
「めちゃくちゃうるさいヤツなんでウザかったら言ってください」俺は向かいの席のやよいさんに言った。
「私は問題ない。他の皆は女子が苦手だから来ないかも知れない」一呼吸入れた矢先にドタドタと足音が近づいてくる。
「えー!何で女の子が居るの?誘拐した?めっかわじゃん!」つばさがやよいさんに近づく。
「やよいさんはこう見えても俺等の親より年上だからな、失礼なことをするなよ」
「やよいちゃんか、ぐうかわすぎ!髪サラサラ!良い匂いー」つばさはやよいさんの髪を触り、そのまま抱き寄せる。
「やめろって」俺はつばさの肩を掴んでやよいさんから引き離す。
「さわんな!変態、チカンやろう!」ベチンと頬を軽く叩かれた。
「それはお前だろうが!」二人きりなら童心に帰って叩き返したかも知れないが、やよいさんが居たので踏みとどまった。
「それで、この子どうしてこの家にいるの?」つばさはスマホを取り出して、やよいさんに密着しながら写真を撮り始めた。「やよいさんは伯父さんの古い友人で、俺の生活を監督してくれている」
「ふーん。じゃっ二階を案内してよ」つばさは俺じゃなくやよいさんに言っている。
やよいさんは立ち上がると逃げるように二階へ上がって行った。
「あっ!まってー」それを追おうとしたつばさのスマホを奪う。
「話を聞けって!やよいさんの写真をネットにあげると逮捕されるぞ」
「かえせー!変態!手垢がつくだろー!」暴れるつばさを俺は左手で牽制する。
「お前が逮捕されたら俺も怒られるんだからな。話を聞けって!」つばさが観念するまでこの攻防は続いた。
「わかったから、スマホ返して」だんだんと鳴き声になってきた。
「いいか?やよいさんの写真は誰にも見せるなよ?」つばさがネットの仕組みを理解しているか怪しいので念を押してからスマホを返した。
「やよいちゃんは好な食べ物はある?夜はお寿司を取ろうよ。ブリ食べたーい」二階を見て回った後も、つばさはやよいさんに寄り添いながら永遠と話し続けている。
「出前は来られない。自炊しないとダメ」「じゃっ、買い物行こうよ」連れ去られて行くやよいさんを俺は追った。
つばさが飯を作ってくれるのならありがたいと思い、様子を見ていたがスーパーに入るなりバック寿司を選び出した「自炊しろって言われたろ?」「お寿司食べたいし、良いよね?」「なら味噌汁を作って、野菜は必要」正直俺もたまには寿司を食べたかったからまあいいか。
食卓には味噌汁とパック寿司、そしていつもは並ばない缶ビールがある。
やよいさんもストレスが溜まっていそうだ。
意外なことに、つばさは味噌汁をちゃんと作ってみせた。俺はこの前教わったばかりなのに、その辺りは女子力なのか?
「ちょっと飲ませてー」つばさはビールを奪って飲み出す。「まっずー、何これ?何処が美味しいの?」「大人になったら教える。それまでは飲んではダメ」やよいさんなりに、つばさを躾けてはくれている。
「そーだ、明日友達を呼んでもいい?」つばさの疑問文は全てやよいさんに向いている。
「俺に聞けよ。俺が家主なんだぞ」
「別にショウ二ーは居なくていいし」
「ショウの彼女になりそうな子ならいい」思わぬやよいさんの発言に俺は狼狽える。
「彼女とか、まだ考えられませんよ。ニートだし」
「付き合うのは最終目標。女子とコミュニケーションをとる訓練が先」
転生少女と本物の女子は全くの別物だ。
ゲームをするだけで簡単にコミュニケーションが取れる訳はない。
「彼氏が居ない子ならいいのね」つばさはスマホを弄りだした。
「いやいや無理ですって、友達を呼ぶのは構わないけど俺は対応できませんよ」
「習うより慣れろ。私が居るから問題ない」そう言ってやよいさんがビールを呷る。酔ってませんか?
どこからか音楽が鳴りだし「もしもし、かあさん?何?」つばさのスマホの着信だった。
そのスマホを渡された「代わりましたショウです」
「ショウ君?おひさ!元気だった?」マイコ叔母さんは俺の母の妹で、いい歳をしてアイドルの追っかけをやっているミーハーな人だ
「俺もつばさもいい歳なんですから、若い男女をひとつ屋根の下に住ませないでくださいよ」親たちからすれば俺等は子供なのかもしれない。
「貰ってくれるなら万々歳だし、どう?」つばさがアレなのは叔母さんの遺伝子だろうな。
「いりません。せめてカケルを付けてくださいよ。俺一人じゃ無理」つばさの一歳下の弟のカケルはまともな奴だ。
「姉弟セットだと一日中喧嘩するし、カケルは部活の夏合宿に行くから。じゃっ一週間くらい預かってね!」通話が切れた。
「勘弁してくれよ…」
翌日、二人の女子が家に来た。
「ほんと、めっかわじゃん!」「お人形さんみたいなの」「でしょでしょ」姦しい三人に取り囲まれるやよいさん。
「つばさ、紹介をして」やよいさんがつばさに言う。
「この子がやよいちゃん、転生少女。あっちのがショウ、一つ上の従兄妹。背が高いほうがタカコ、低いほうがナオコ」
タカコさんは背が俺と同じくらいあり、女子校でモテそうな外見だ。ナオコさんはぽっちゃり系で穏やかそうな子だ。
「転生少女なの?何で黒髪なの?」「転生少女はジャガイモだけって噂じゃん」俺に全く関心を持たない女子たち。
「最初期の転生少女は黒髪が多い」その情報はばじめて知った。
「肌きれい、色白いなの」「無駄毛全然ないじゃん。」「いい匂いもするよー」女子三人はやよいさんの事を猫をモフる用に扱う。
不意にタカコさんがやよいさんの腕を掴んで万歳をさせた「脇もツルツルじゃん」「私も永久脱毛したいの」流石に止めようと俺は前出たが、やよいさんが俺を見て首を振った。
やよいさんからは女子の行動を肯定し続けるように言われている。
適切なタイミングで褒めて、否定や自分の意見を言うのは男らしさを見せるタイミングで使うと良いらしい。「あの、やよいさん、お茶を作ってもらえませんか?お菓子があるので」チカン行為からは助けてあげたい。やよいさんはスルリと台所へ逃げた。
「そそ、スイーツを用意してたんだ。みんなでたべよー」俺は給餌役に回った。
「えっ!あの二人付き合い出したんだー」「美術館でデートらしいの」「あいつ芸術に興味なさそうじゃん」女子の会話は途切れずに二時間続いた。やよいさんはタカコさんの膝の上で目を閉じてぐったりしている。この作戦は失敗に終わりそうだ。
「明日も来ない?泊まりに来てよー。夜暇すぎ」「行く行く、でも泊るのは無理かもなの」「泊るのは無理かな、親が煩そうじやん」そもそも布団が足りないけどな。
「うちなんか、弟は外泊OKなのにさ、姉の私は合宿すら行かせてくれないよー」「うちも弟は中坊なのに夜に出歩いても何も怒られないの」「男女差別じゃん!」いや、つばさの素行と頭に問題があるからだろ。
徐にやよいさんが立ち上がった。
「つばさ、ショウと腕相撲をしてみて」「えっ?勝てないよー。触るのキモいし」キモいは余計だろ。
「つばさは両手を使って良い。勝てたら私が泊まってあける」
「ほんとー!?両手ならいけるかな?」
つばさが俺の向かいの席に着いた。
俺とつばさが手を握ると、その上にやよいさんの手が置かれ、勝負の合図をした。
「んんん!」つばさは俺の手を両手で掴んで押している。この程度の力しか無いのか?
女子と腕相撲をするのは小学生の頃以来だ。
「つばさ、肘を浮かせて立ち上がっても良い。全力で押し倒して」やよいさんが無茶な事を言った。
「まじで…動かないんだけと…」俺は少しずつ力を強めて勝負を終わらせた。
「男子は自分自身を守る力がある。だから夜に出歩ける」やよいさんなりの諭し方なのだろう。
「タカコなら勝てるんじゃない?バレーボールをやっているし」つばさは不服そうに言った。
第二戦。タカコさんには根性で何とか勝てた。立ち上がり両手で押されるとキツイ。
「危ないところだった。スポーツをしていると違うね」俺は負けてショックを受けているタカコさんをフォローした。
第三戦。ナオコさんとは手を握った時に勝てると確信した。体重は一番多いかもしれないが「小さくて可愛い手ですね」そう言ったら顔を赤くした。
俺は女子の戦いに勝利した。
「ショウ二ー、まじゴリラ」「運動部のカケルはもっと強いと思うぞ」「うちの弟も強いかもなの?」「私はスポーツをやっているから男子のパワーは知ってたけど…思ったら以上じゃん…」女子たちの会話が俺にも向くようになった。
翌日も二人はやって来た。
やよいさんの提案でボードゲームを始めたのだが。
「ショウ二ーにふきとびーカード!」女子たちは俺ばかり攻撃してくる。
「何でビリの俺を攻撃するんだよ!」
「ビリで居てもらうためだよ」その思想は完全にいじめだろ。
やよいさんはゲームに慣れていないタカコさんのサポートをしている。
「何それー!?そんなのあり?」このゲームは逆転要素が沢山ある。ビリから1位は無理でもつばさをビリに蹴落として終了した。
「これが、一番を目指さなかった奴の末路だ」一矢報いて大満足だ。
「次はこれをやろう」やよいさんが提案したのは爆弾で戦う対戦ゲームだ。
ハンデとしてチーム分けてバランスをとるようだ。
チームはやよいさん一人対その他全員。
「ショウ二ーを一人にしていじめて遊ぼうよー」「私は強いから、頑張って」
やよいさんは真っ先に俺を始末した。
女子たちは自爆気味にすぐに全滅した。
「強すぎですよ」何度も戦うが勝てる気配がない。使用するキャラ性能は皆同じなのに操作技術が違う。
盤面の爆弾が爆発するタイミングを全て把握している動きだ。
俺が最初に狙われるのは、この中で一番強いと判断したのだろう。
やよいさんが無双しすぎて女子たちが飽き気味になってきた。この状況はなんだ?俺の成長を期待しているのか?
「つばさは下から、タカコさんは上、ナオコさんは左からやよいさんを囲んでください!」俺はやよいさんが包囲されるまで逃げ、機会をみて特攻する。
牽制はいらない。とにかく爆弾を置いてやよいさんを動かす。そして、
「やったー!勝ったー!ショウ二ーの尊くない犠牲があったけど」俺は自爆をしてチームを勝たせた。女子達は勝利を喜んだ。
「よくやった」やよいさんも満足したようだ。と思ったら「本気で行く」と小さく呟いた。その後はやよいさんの行動にパターンが無くなり、どの様な作戦も通じなかった。
女子二人が帰った後、つばさと二人で買い物へ出かけた。やよいさんは疲れてしまったらしく家で留守番をしている。
「ショウ二ーが元気で良かったよ」帰り道でつばさがそんな事を言った。
「お前のせいで疲れ果てているけどな」
「従兄妹ってさー、子供の頃から知ってるし、新しく増え無いし」それは親の頑張り次第だけどな。
「何が言いたいんだ?」「だからー、心配してたんだよ」確かに、俺も従兄弟が引きこもったら心配するかもな。
「ありがとうな。だが、俺はお前のほうが心配だぞ?」つばさが黙る。照れているのがわかりやすい奴だ。
俺的にはこんなヤバイ奴を野に放って心配と言う意味だったのだが。
残り四日くらいなら面倒を見てやってもいいか。
「片品さん、こんにちは」家の近くで館林さんと遭遇した。
「こんにちは、こっちのは従兄妹のつばさです」誤解されないために即説明をする。
「館林クミです。はじめまして」「はじめまして、甘楽つばさです」館林さんは挨拶だけ済ませて手を振って行ってしまった。いつになったら連絡先の交換ができるのか。不甲斐ない。
「ケツアゴってエロいらしいよー」つばさの言葉で、俺の身体に太陽が宿るような熱を感じた。俺は振り返り館林さんの背中を確認する。聞こえていないよな?
「今の発言が館林さんに聞こえていたら…お前を殺して俺も死ぬ…」俺はつばさを睨みつけた。
「えっ?今の子の事が好きなの?!紫だったし転生少女でしょ?」「お前を殺す…」つばさが男だったらぶん殴っていた。たとえ子供でも老人だったとしても!
「ちょっ、目が赤くね?怖いんだけと?」「お前を殺す…」
帰宅後、つばさの荷物を家から放り出して帰らせた。
つばさの家まで自転車で一時間かからない距離だ。暗くなるまでには帰れるだろう。
「騒がしかったですね」俺が話しかけると、やよいさんは納豆ごはんを頬張り終えてから「良い訓練になった」と言った。怪獣を飼う訓練ですか?
翌日、つばさから謝罪のメールが来た。たまに遊びに来るくらいなら許してやるか。




