第九話 コンビ
「今日はやよいさんとユウさんが来ないんですね」ヤスミンさんとみつるさんはうちの家へやって来るなりお菓子を食べ始めた。
「今朝、ユウ氏の部屋で異臭騒ぎがあったんだお。やよい氏はその対応を手伝っているお」「ゴミだらけだったそうじゃ、業者を呼ぶついでに他の部屋も家宅捜索するようじゃ」確かに最近のユウさんほ少し臭った気がする。
「やよいさんは色々と働いているんですね」
「そのほうが対応がスムーズなんだお。四天王以外の臭人達は例の件でやよい氏を恐れているお」
「あやつを無視したら何をされるかわからんからな」やよいさんは危険人物扱いなのか?俺の家では大人しい印象だけど。
「前から疑問に思っていたのですが、ユウさんは俺の事を異性として好きなんですか?」センシティブな話題だが、俺の貞操を守るために聞いておくべきだと思った。
「ユウ氏の部屋の整理を手伝った事があるお、でも男性の写真的な物は無かったお」
「自作の売れ残った同人誌が山積みされておったな、非エロで少女しか出て来ない作品じゃった」なら今でも女性が好きなのか?
「何故、ユウさんは俺にだけキスをしようするのでしょうか?」油断しているとユウさんの顔が間近に有ることが何度もあった。
「からかって面白がっているだけじゃろう」「ユウ氏はラブコメみたいなシチュエーションを演じているんだお」同人作家の側面がそうさせるのか?
「俺のリアクションを楽しんでいるだけなんですね。なら、実際にキスはされないですよね?」
「されるじゃろうな」「されちゃうと思うお」二人が即答し、俺は絶句した。
「何故…?」
「あやつには清濁、浄不浄の観念が欠落しておる。他人の食べかけだろうと平気で食す」「やよい氏と寮長が何年も教育して、これでもまともになったんだお」転生前はどんな生活をしていたんだ?
「俺がユウさんに襲われたら助けてくれませんか?」
「無理じゃな、それこそ奴の思う壺じゃ」「僕らが介入したらハーレム修羅場シチュエーションになっちゃうお」よくわからないか貞操がまもれるなら。
「そっちのほうが良いです!」
「妾にメリットがあれば考えるが」「大丈夫だお。やよい氏が居ない場所では襲って来ないはずだお」みつるさんの言うことが正しければ問題ないのだけど。
「顔はアレだかあやつも少女じゃ、ベタベタされる事を楽しんではどうじゃ?」
「貞操は大事にしたいです…」なにより他の少女とのフラグを折られたくない。
「ショウ氏は転生希望なのかお?」転生少女達は面白おかしく暮らしている様に見える。
「希望すればなれるものですか?」伯父は候補者だったらしいが転生条件は貞操と年齢なのだろうか?
「何が切っ掛けて転生するのかは解明されていないお」「貞操、生まれた年代、少女崇拝思想。この三つが重要とは言われておる」
「少女崇拝思想?初めて聞きます」ロリコンの事ではないよな?
「ユウサクがわかり易い例じゃな。あやつの描く同人誌は少女が健全に戯れるだけの内容じゃった」「神様を崇拝するように少女のことを非性的に愛している事だお」父性とも違うのか。
「ヤスミンさんも少女崇拝思想なんですか?」皆からは少女を崇拝している感じはしない。
「妾は転生以前に、魔法少女と出会ったのじゃ。それ以来、魔法少女に憧れて転生に至った訳じゃ」それで魔法使いのコスプレをしているのか。
「アニメや漫画の話しですよね?」
「戯け、現実でに決まっておろう」ヤスミンさんが手にしたお茶を飲み干した。
「妾が悪い奴らに捕まりそうになったときに颯爽と現れ、悪人共を蹴散らして去っていったのじゃ」ヤスミンさんは身振しながら言った。
「今思えばあの力は転生少女じゃったのかもしれん。暗がりじゃったが、黒い帽子と黒いコートの間から、やよい姫と同じ黒真珠色の長い髪が輝いていた」
「最初期の転生少女ですか、やよいさんのような」
噂をしていると、やよいさんからメールが届いた。
今晩は夕食を作ってくれるらしい。
夕方、ドアが開く音がしてやよいさんがやって来た。その傍らに。
「片品さん、お邪魔しますね」ユウさんの姿は無く、代わりに館林さんがいた。
「寮長殿、どうぞこちらへ」ヤスミンさんが立ち上がり館林を奥側の席へ案内した。
「今日はお料理をしに来たので、そのまま遊んでいてくださいね」「至極恐悦に存じます」やよいさんと館林さんは台所で調理を始めた。
「ヤスミンさんは館林さんにだけ態度が違わないですか?」
「ヤスミン氏は上役の人に謙る習性があるお」普段は尊大な喋りなのに意外だ。
食卓には中華料理が並んだ。酢豚と麻婆豆腐、油淋鶏。それとみつるさんの肉まん。
「美味しいです!今度、教わりたいです!」俺は館林さんを見つめて称賛した。
「それは良かったです。中華料理はやよいさんから教わったんですよ」館林さんはやよいさんに視線を移した。
「麻婆豆腐なら簡単に作れる」館林さんから教わる目論見は失敗した。
「そう言えばユウ氏は来ないのかお?」
「ユウサクは暫く自宅謹慎」折角の料理を食べられないのは可哀想に思えた。
翌朝、コンビニへ向かって歩いていると、後方からドタドタと足音が近づいてきた。
「ショウちん、コンビニっすか?!」ユウさんが両手を広げ俺に抱きつこうと迫る。
「うわっ!」俺は反射的に横へ飛び退いた。ユウさんは勢い余って転倒し、ゴロゴロと転がった。
「ユウさん、おはようございます。謹慎は解けましたか?」「まだっす。食料は買いに出られるっすけど」ユウさんはムクリと立ち上がり笑ってみせた。待伏せしていた訳じゃないよな?
そのままユウさんとコンビニで買い物をした帰り道。
「手を繋いでも良いッスか?」ユウさんがそんな提案をしてきた。嫌では無いが、他の人に見られたら気まずいよな。
「やっぱ、オイラ汚いっすか?」ユウさんは目を伏せて言った。
俺は決意してユウさんの手を握る。
「そんなふうに思った事なんてありませんよ。手なんて繋ぐのは小学生以来なんで戸惑いました」ユウさんはワルガキみたいな屈託のない笑顔を見せた。
「身長差があるからこっちほうが良いッス!」ユウさんは俺に抱きつくように腕を組んだ。
腕に絡みつく柔らかな少女の感触。眼の前のボサボサの緑髪からはシャンプーの香りがした。
「ショウちん、オイラのパートナーになって欲しいっす」
「パートナー?」恋人ではないよな。
「自然とペアになるコンビっす。いつもやよやよは寮長、ヤッサンはみつるんと組むから、オイラだけあぶれちゃうっす」そう言われるとグループ内での個人的な親密度はあるかもしれない。
「みつるんは毎年のようにエアコンが壊れて、ヤッサンの部屋に泊まっているっす。やよやよも夜は寮長とお酒を飲んでいるっす」寮ではそんな感じなのか。
「ごめんなさい。俺は転生少女じゃないので何が違うような気がします」この密着感は危険を感じる。
「関係無いっす!家に泊まったりたいっす!夜通し遊びたいっす!」ユウさんは全身で俺にしがみついた。重いし凄い力だ。二人きりなら何もしてこない説は間違いだった!?
「そこまでよ!ヤスミン!」公園の方から声が響いた。俺はしがみついたユウさんを引きずって公園へ向かった。
「また来たかオミクロン。暇なやつじゃのう」公園ではヤスミンさんとオミクロンさんが対峙していた。
「服を着なさい!子どもたちが居るのよ!」「お主の方こそ、スカートの丈が短すぎじゃ!」睨み合うコスプレイヤーが二人。
「砂場が空いておるな、相撲で決着を付けるぞ」ヤスミンさんは帽子とマントをベンチへ投げ、砂場へ向った。
「望むところよ!」オミクロンさんも砂場へ入り、二人の戦いが幕を切った。
二人がぶつかり合い破裂音が鳴り響く。
初めは拮抗していたが、徐々にヤスミンさんが押されはじめた。
「ぬうう」唸るヤスミンさん。
遂にヤスミンさんの足が砂場の縁に触れた。
終わりかと思いきや、今度はヤスミンさんが押し返す。今度はオミクロンさんの足が砂場の縁に触れ、そしてまた押し戻す。その繰り返しが続いた。
「ヤッサンはライバルキャラまで居て羨ましいっす」
「これって足場の硬い縁を利用した方が有利になるから、永遠に終わらないのでは?」俺が相撲に見入っていると、カラスが鳴くような悲鳴が上がり、身体が軽くなる。やよいさんがいつの間にか俺の側にいた。その影でユウさんはのたうち回っている。
「片品さん、おはようございます。相変わらず仲良しさんですね」館林さんも居た!
「しがみつかれて困って居たんです。助かりました!」立つ気配のないフラグでも全力で守りたい。
「やよやよ…いつもよりも痛いっす…」ユウさんは目を閉じて動かなくなった。コンビにはなれませんが、やよいさんを入れてトリオならKOですよ。
「エッチなのはダメ」やよいさんはそう言って俺の胸にデコピンをした。バスッっと大きめな音が鳴った割には全然痛くなかった。
「ユウサクはオーバーリアクション」
「本当に痛いっすよ!転生少女じゃなかったら我慢できない痛みっす」ユウさんは立ち上がりやよいさんの胸にデコピンをやり返す。やよいさんは痛がる様子はない。また絶叫が轟き、ユウさんは地面でのたうち回る。
「これ、純少女には絶対やっちゃだめっす…」ユウさんはまた動かなくなった。
「ユウサクにしかやらない。白いシャツの中が透けて見苦しい」
「榛東さんは下着を付けたほうが良いですよ」 ユウさんの名字を初めて聞いた。
こちらがコントをしている間もヤスミンさん達の相撲は続いていた。
今日も賑やかな一日になりそうだ。




