第十話 星空
晩飯後、皆が帰宅し、食器を洗っていたら母から電話が来た。
「ショウ、お盆には帰って来るの?誕生日もあるし」
「追い出されたばかりなのに帰らないよ。でも、墓参りだけは行こうかな」長らく引きこもっていたから、伯父の葬式も墓にも行けていない。
両親は十三日に迎えに来てくれるそうだ。
「タカヒロ氏によろしくだお」明日、墓参りに行く話を皆にした。
「あやつの事じゃ、墓などに居らず、何処かでまたスライムをやっているかも知れん」ヤスミンさんは何処か遠くを見つめた。
「タカチンの鎮魂頼んだっす」
「よろしくスライム鎮魂ですね。伝えて来ます」俺はやよいさんへ視線を移した。
「私も行こうと思っていたけれど、ショウが行くなら任せる」
「あれ?保護区から出られるんですか?」何気なく質問をしたが、皆の表情が凍りついている。
「脱走は勘弁してほしいお」「いつもつるんでいるオイラ達に取り調べめっちゃ来るっす!」「妾は人に追われるのが苦手じゃ」三人がやよいさんに詰め寄る。
「今回は行かない。それにバレなければ問題ない」皆、唖然とするしか無かった。
「すぐバレるお。都市伝説の爆走ヨウジョはやよい氏の事だお」「黒髪でもツルペタ少女が成人男子並みの速度でチャリ漕いだらバレるっすよ」「寮長が可哀想じゃ」館林さんに迷惑をかけてほしくないな。
「今回は行かない」やよいさんは皆に不審がられている。
夕食後の帰り際、玄関でやよいさんが振り返った。
「今夜十一時半頃に来るから。出かける準備をしておいて」
「脱走の加担はできませんよ…」ときっぱりと言ったが、一応は準備をしておくか。
もしもの時は俺がやよいさんを捕える。皆のため、やよいさんの安全のために。
転生少女狩りがあったのは十年以上昔の事で、今の転生少女保護区は社会的混乱を防ぐだけの目的になりつつある。
それでも安全とは言いきれないはずだ。
時間通りにやよいさんはやって来た。
いつもの格好に紙袋を手にしただけの軽装だ。
夜の道をやよいさんと歩く。住宅街の坂道を曲がりくねながら上へ上へと進んで行く。
建物が少なくなり、草木からの蛙と虫の音が大きくなる。街灯がまばらになってきた。
時折、隣を歩くやよいさんの髪が虹色の光沢を帯びるのが気になった。
「やよいさんの髪の色、いつもと違いませんか?」振り向いたやよいさんの瞳もオパールのような光を宿していた。
「転生少女の髪と瞳は星明りを極彩色に反射する」
「幻想的ですね」やよいさんは自分の髪先を掴んだ。
「夜はこの光のせいで転生少女なのがバレてしまう」夜間に転生少女の活動範囲が制限されているのはこのためか。
道の突き当りにたどり着き、街灯は無くなり、星あかりだけになる。
暗くてよく見えないが、侵入禁止の立て札とキープアウト柄のロープが張られている。
やよいさんは俺に懐中電灯を渡すと、ロープをくぐって先へ進んで行った。
俺は灯りを灯してやよいさんの後を追った。
「ここは開発予定地だった。けれど何年もこのまま」進んだ先は、森が切り開かれた空間があり、膝くらいの高さの草が点々と生えていた。
「土が悪いのか草があまり生えないから丁度よい」やよいさんは地面にレジャーシートを敷いた。
そういうことか。空を見上げると星空がよく見えた。
俺がシートの上に座るとやよいさんが虫除けスプレーをかけてくれた。
「私は虫に刺されないけど、虫が寄ってくるのは嫌」
「転生少女は虫に刺されないんですか?」やよいさんは頷いた。
「転生少女の血を吸うと虫は死ぬと思う」
「毒でもあるんですか?!」
「栄養にならないだけ」本当に不思議生物だよな。
やよいさんは仰向けになって空を見上げた。さっきよりも髪と瞳のきらめきが増している。
俺は空よりもやよいさんのキラキラした身体のほうが気になった。
「父は考古学者だった」やよいさんは語りだした。
「昔の人には星空はとても重要で、季節や現在地を知る術だった」俺も仰向けになって星空を見上げた。
「星座を見つけるたびに、父が話してくれた星の逸話を思い出す」
やよいさんは星を指差し星座の話をいくつかしてくれた。
「私の十八歳の誕生日は日本で最大の流星雨だった」
「流星雨?流星群とは違うんですか?」俺の誕生日頃は毎年ペルセウス流星群が来る。
「流星雨は流星群の数十倍から数百倍の流れ星が降る。絶え間なく星が流れる夜だった」
「それは壮観ですね。俺も見たいです。次はいつ見られますか?」
「七十年後。ショウなら見られる」
「九十歳間近ですね。厳しい気がします。やよいさん達には寿命ってあるんですか?」
「わからない。ショウなら健康に気を使えば見られる」
「なら、一緒に見ましょうよ。みんなも連れて」やよいさんはほんの少し目を閉じてから「そうしよう。長生きして」と言った。
どこからかピピッと電子音が鳴り、やよいさんは上体を起こして俺を見つめた。
「ハッピーバースデー、ショウ」俺を祝う言葉と同時に、やよいさんの背中越しの空に二つの流れ星が線を引いた。
俺が小さく声を漏らすと、やよいさんは後ろを向いたが、流れ星は消えた後だった。
「俺の誕生日を知っていたんですね」俺も上体を起こしてやよいさんに向き合った。
誕生日の事は皆に黙っていた。なんだか色々と期待してしまいそうで心苦しかった。
「タカヒロは甥っ子に誕生日プレゼントを送るか毎年悩んでいた。結局送ることは無かったけれど」つばさが俺を心配していた件を思い出す。伯父にとってたった一人の甥っ子。赤ん坊の頃から知っていて、同じ時間を何度も過ごし、成長していく姿を見てきた血縁者。
「俺は伯父の事を全然気に掛けて来ませんでした。亡くなった時も涙は流れませんでした」薄情な自分を顧みる。
「伯父からの恩を、愛情を、返せません」
やよいさんは俺の涙を察してか、また仰向けになり空を見上げた。
涙で滲んだ星空が晴れるまで、俺も空を見つめ続けた。




