第四話 玉と棒
今日は朝から保護区内の体育館へ呼び出された。
体育館内はバットとグローブを手にして体操着を着た転生少女が沢山いる。
「片品さん、おはようございます。今日は来てくれて助かります」館林さんは紫の瞳を柔らかく細めて微笑んだ。
「役に立てるかわかりませんが頑張ります!」野球の練習参加人数が奇数になってしまったらしく、数合わせで俺が参加する事になった。
「ショウちん、こんにちはっす!」体操着姿のユウさんが抱きついてきた。すかさずやよいさんが割り込んでユウさんの胸にデコピンをするいつもの流れになった。
「あらあら、すっかり仲良しさんですね」館林さんの前ではこの絡みは控えてほしい。
柔軟体操を二人一組やるようだが、館林さんとやよいさんが組んでしまい、売れ残る四天王の三人と俺。
「オイラと組もうっす」ユウさんは緑髪の頭を照れくさそうに撫でた。
「僕と組んでほしいお 」みつるさんは体操着で隠した豊満ボディを揺らして迫ってくる。
「妾を選んでもよいのじゃぞ?」ヤスミンさんは赤い目を光らせつつ、体操着姿の普通の女子に扮している。
迫りくる少女たち(四天王)どうする?俺。
「案外柔らかいのじゃな」開脚する俺の手を引くヤスミンさん。俺はヤスミンさんを選んだ。理由は一番身長が高いから。身長差が小さいほうが柔軟をしやすいと思った。
体操着姿のヤスミンさん、顔と臭いは濃ゆいけど、ふつうに可愛い部類だ。
露出狂なだけあってスタイルも良い。時折カレーの臭いを感じるが、体育館は広いから咽るほどは臭いは籠もらない。四天王最弱、南国のスパイガール。聞いた話では純日本人らしい。
「そう言えば、やよいさんに二つ名は無いんですか?」あれだけの美少女だから何か通り名等があるかもしれない。
「第一寮では二つ名をもたぬが、他寮では白い悪魔と呼ばれておる」
「何と言うか、直球ですね…」黒髪の転生少女だけど、肌の白さが抜きんでているからか?
「過去の事件もあるのじゃが、やよい姫はスポーツ大会で無双するのでな。走る飛ぶ系の競技では体の軽いやよい姫が強すぎるのじゃ」「体が軽い?」
「うむ、見ればわかるが、やよい姫はとても華奢なのじゃ。他の者よりも体重が三割ほど軽い」
「軽いとそんなに有利なんてすか?」
「我々が重いと言うのが正しいかもしれぬな。結果、スポーツ大会は動きの少ない競技に限定されたのじゃ」柔軟を一通り終えてキャッチボールをする。ヤスミンさんの投げる球は速くて重い。
「そろそろピッチングを始めるかのう、しゃがんで構えるのじゃ」「ヤスミンさんはピッチャーなんですね」「うむ、ピッチャーで四番じゃ」俺が構えるとヤスミンさんは溜めを作り何やらつぶやき始めた。
「血よりも赤き輝、貫け、エクスブレイブ!」ヤスミンさんの身体が美しくしなる。
真っ直ぐ俺の顔面に向う球をなんとか捕球したが、勢いに負けてひっくり返ってしまった。少女の投げる球とは思えない速さだ。正直怖い。
ユウさんとみつるさんは俺を気遣って組もうとしてくれたのかもしれない。
「大事無いか?少し抑えたほうがよいかのお?」「平気です、全力で投げてください」虚勢を張って格好をつけた。
その後、ヤスミンさんの珠を受け続け、球は取れるようになったが、休憩に入る頃には俺の左手は痺れてガクガク震えていた。
「ヤッサンの球をよく耐えたっすね」ユウさんが震える俺の左手を掴んだ。
「結構ハードな練習をしているんですね」素人の俺が手伝える程度とは言え、あの速球が体に当たったら怪我をしかねない。
「ガチ勢は寮長とやよやよ、ヤッサンくらいっす。特にヤッサンはパワー系ガッテムなんでやばいっす」その後は転生少女達のバッティングを眺めて練習を終えた。
この日は夕方近くになってから、やよいさんだけがやってきた。
「昼寝は午後三時までに二十分だけすると効果的」と言いながら、やよいさんはあくびをした。
察するに昼寝をしすぎて遅れてきたようだ。静かで落ち着く時間が流れた。
翌日。
「俺はここに座っていて良いんですか?」寮対抗野球大会の会場は昨日と同じ体育館だった。選手達用に並べられた折りたたみ椅子の一つに俺は座っている。
「問題ないっす。身内を呼んでKOっす」俺は身内扱いなのか?
「なら良いんですが、カメラ撮影をしていますね」スーツ姿の人たちが本格的な機材で撮影をしている。
「あれは省庁の人たちだお。転生少女の身体能力を検査する名目で大会をしているんだお」つまりこれも転生少女の仕事なのか。
「正直、うちらは遊んでいるだけっす」
「何年か前に、やよい氏が遊び場所が欲しくて、この体育館を建てさせたのが始まりだお」みつるさんは大量の食料品を膝に置いていた。
「やよやよに関しては功罪相半ばっすね。野球は好きでも運動好きな転生少女は少ないっすから」世代的に野球好きは多いらしい。
「ユウさんとみつるさんはアップをしなくていいんですか?」二人以外は各々肩を温めている。
「うちらは補欠なんで問題ないっす。こう見えても運動苦手っす」ユウさんは空き地で野球をしていそうな外見なのに意外だ。
「一応、試合ではデータを取っているお」「第二寮は三人経験者が居るんで厄介っす。第三寮は経験者がゼロ人なんで今日が事実上の決勝戦っす」この保護区には第一から第三までの三つの寮がある。寮対抗の催しが定期的に行われているようだ。
二人から色々説明を受けていると試合が始まった。
一回表は防御で館林さんがピッチャーだった。
「ここの野球は野球盤方式っす」「野球盤とは?」俺が野球盤を知らない事に二人は少し驚いた。
「今風に言うとストラックアウトみたいな感じだお。打球の速さと角度で出塁判定するんだお」「守備は言葉通りの球拾いっす。ピッチャーと打順のオーダー以外は自由っす」暫く館林さんの見事なピッチングに見とれていると轟音が響いた。
オレンジ色のツインテールの少女がベースを一周りして帰って来る。あの屈強なガタイはオミクロンさんだ。
「オミクロン氏の打率は八割だお。ホームラン率も五割で保護区最強の元甲子園球児だお」
「館林さんも経験者なのにそこから軽々とホームランは強すぎませんか?」
「レベルが違うっすね。でもそれに勝利するのが醍醐味っす」裏の攻撃ではやよいさん、館林さん、ヤスミンさんが立て続けにヒットを放ち逆点した。
そこから互いに得点を取れずに四回表になる。
ピッチャーは三回ごとに交代するルールらしく、館林さんからやよいさんに代わった。打者はオミクロンさん。
「やよやよは際どいところへ変化球を投げているっす」ボールのカウントが進む。「試合に勝つだけならオミクロン氏を敬遠するだけでいいお。けど、寮長は真面目、やよい氏は遊び好き、ヤスミン氏は勝負師だから勝負しちゃうお」「相手が正々堂々来るなら真っ直ぐ迎え撃つのがうちらっす」
乾いた音がなりオミクロンさんがベースを周り出した。
一点差の九回裏の攻撃。ここで二点取れれば勝利だが、オミクロンさんがピッチャーになってからは一点も取れていない。あまりにも巨大な敵だ。
やよいさんは打たれた借りを返すべくバットを振るが全てファールになっていた。「やよやよの腕力じゃ、あの球は返せないっす」それでも食らいついてバットに当て続けて相手の体力を削る。
十数球の格闘の末、重い音が響きミットにボールが収まった。
「ツーアウト。私が繋ぐしかないわね」館林さんがバッターボックスへ向い、帰って来るやよいさんの肩を叩いた。
館林さんは華麗なフォームでスイングをすると軽い音が響いた。
「館林さんすごい!オミクロンさんから初ヒットだ」初球から逆点ランナーが出た。やよいさんの削りが効いたのか?
オミクロンさんは不敵にこちらを見ている。
「ふむ、最後は直接対決を望むか。いいじゃろう」ヤスミンさんがバッターボックスへ入る。
初球、甲高い音が響き、打ち上がった打球はヤスミンさんの背後の壁を重く震わせた。
二球目、軽い音がし、打球はほぼ真横に流れてファール、ツーストライクに追い込まれた。
不意にオミクロンさんが手にしたボールを前に突き出してみせた。
「あれはスライダーの握り方だお。今までオミクロン氏はストレートしか投げたことがないお」銃声の様な音が響き、勝負は決した。俺は膝をついて項垂れるヤスミンさんへ向かった。
「ヤスミン、良い試合だったわ」オミクロンさんがヤスミンさんに手を差し伸べる。ヤスミンさんは手を取らずに立ち上がると咽るように咳をした。
「貴方、泣いているの?私は悔しさを糧にして肘を壊したトラウマを克服したわ。貴方もきっとまだまだ強く」「貴様の瘴気が目に染みるのじゃ!」ベンチへ逃げてゆくヤスミンさんの起こした風が流れてきて俺の目と鼻に痛みが走る。俺も慌ててその場を離れた。臭いよりも先に痛みが来た。これが痛撃のペンシルセーラ。第二寮の選手達はいつの間にか消えていて、ひとり残されたオミクロンさんは孤独な戦士の哀愁を背負い帰って行く。
「皆さん、お疲れ様でした。帰ったらちゃんとお風呂に入ってくださいね」館林さんが注意と解散の号令をして野球大会は終わった。
負けてしまったけど、みんなは楽しそうだった。
観戦だけでも楽しめたが、俺も参加してみたいな。




