第一話 恐ろしい運命から救いに来た
やよいと名乗った少女は、俺を恐ろしい運命から救いに来たらしい。
しばらく少女と見つめ合う。黒い髪に黒い瞳、そして美しく整った顔立ち。転生少女なのか?
「どうやって家に入ったんですか?」順を追って疑問を解消していこう。
「玄関から」ヤカンがカタカタと音をたてはじめ、少女は再びお茶作りに戻った。
「鍵は開いてましたか?」少女の背に向かって質問をする。
「閉まっていた」少女は手を止めることなく返答した。どういうことだ?
「水上さんは、この家の裏手にある第一寮の方ですよね?」少女はコクリと頷く。館林さんが言っていた奇抜な子の一人か。
「お茶ができた。テーブルに着いて」少女から湯呑みを受け取った俺は要領を得ないまま、居間のテーブル奥側の椅子に座った。少女も向かいの椅子に座り、お茶を飲み始めた。
「恐ろしい運命とは何の事でしょうか?」宗教の勧誘ではないよな。
「君はタカヒロと同じ運命を辿る」やはり伯父の関係者か。
「同じ運命?伯父は脳卒中で亡くなったはずでは?」少女は頷いて肯定した。何か知られていない真実があるのか?
「伯父に一体何があったんですか?」俺の質問を受け、少女は目を伏せ、悲しげな雰囲気が漂った。
少女は表情を変えずに淡々と話していたが、伯父と親しかったのかも知れない。
「生活習慣病」
「えっ?」
「食事、運動等の食生活の乱れからくる病気」確かに伯父はかなり太っていた。その弟の俺の親父もビール腹だ。
「つまり、水上みなかみさんは俺の生活習慣を改善するために来られたのですか?」少女は深く頷いた。
「タカヒロの遺言。この家に甥が住んだら面倒を見てほしい、と」俺のことを頼まれた?
「伯父とはどの様な関係なんですか?」
「小学生時代からの友人」転生前からの数十年来の友人なのか。
「もしかして、この家の鍵を持ってしませんか?」俺の推理は当たり、少女はポケットから鍵を出してみせた。
「これは、ここで俺と一緒に暮らす流れですよね?」美少女と同性生活!悪くない!けれど、中身は父よりも年上のおじさんなんだよな。
「夜には帰る」残念なような安心したような。
「具体的には何をしてくれるのですか?」
「生活の改善と各種教育。進学と就職のための助言」進学と就職という言葉に気が重くなった。
「バイトはするつもりですが、就職と進学はまだちょっと考えられません」俺が気持ちを正直に伝えると、少女は立ち上がりテレビへ向かった。ゲーム機をテレビに繋げているようだ。
「ゲームで君の適性をみる」少女からコントローラを渡された。重い話をされるよりは気が楽だ。
「アイテムを少し残してもらえませんか?」協力プレイのゲームを始めたのだが、強化アイテムを殆ど少女に取られてしまった。
「早い者勝ち。人生はゼロサムゲーム」アイテムを分けてはくれないが俺の援護はしてくれる。
会話はあまりはずまないが、俺が話しかければ水上さんは答えてくれた。
「俺が小さい頃は、祖母の家へ行くたび、伯父がゲームで遊んでくれました」当時を思い出したら、今更ながら寂しさが胸に沁みた。
「伯父が一人暮らしを始めてからは、全然顔を合わせる事がなくて、俺を気にかけていたなんて知りませんでした」
「タカヒロも引きこもっていたことがある」深くは聞かなかったが、似た境遇に思うところがあったのだろうか。
そのまま二時間ほどゲームに興じた。
「俺の適性は測れましたか?」
「問題無い」そう言って水上さんは立ち上がり「晩御飯の買い出しへ行こう」と言った。
「お米は精米日が新しくて、粒が大きく割れていない物を選んで」スーパーでは、食料品の目利きを教わった。
「葉物は傷がないか確認、かぼちゃは皮が薄い物を」俺はカートを押しながら水上さんについてまわった。誰かと買い物をするのは何年ぶりだろうか。子供の頃を思い出す。水上さんから見れば俺はまだまだ子供か。
家に帰り初めての自炊をした。今までは伯父の道具を使うのに抵抗があったが、今日は気にならなかった。水上さんの指導の元で米を炊いて、野菜を茹で、魚を焼いた。料理とはまだ言えないかもしれないが、俺の自炊第一歩だ。
「いただきます」二人で食事をした。
水上さんとは今日初めて会ったばかりだが、何故か安心感がある。見た目が少女だから威圧感が無いのだろう。野良猫が家に住み着いた程度の心持ちだ。
美少女が糸を纏いながら納豆を食べる姿は家庭的と言うか親しみを感じる。
「納豆は生活習慣病に効果がある」俺がジロジロ見ていたせいか水上さんが反応した。
「今日は色々ありがとうございました。水上さんのおかげで自炊は出来そうです」水上さんは表情を変えなかったが、心なしか満足そうに頷いた。
「私の事はやよいと呼んで」やよいさんは少し遅れて食事を終えた。
「なら俺のこともショウって呼んでください」
やよいさんが帰った後、俺はスマホに追加された連絡先を眺めていた。おやすみとか、まめに連絡をしたほうが良いのだろうか。館林さんの件もあるが、外見が少女でも中身が大人なら、恋愛対象になり得る気がする。転生少女は十二歳前後の外見と言われているが、身長は背の低い成人女性程度ほどあるし、俺はロリコンじゃないよな?今日も思考がグルグルと回り続け、眠れない夜を過ごした。
翌日も目が覚めたのは昼過ぎだった。
インターホンとドアが開く音が聞こえたが、眠気に負けてすぐには動けなかった。また、やよいさんが来たのだろう。昨日よりも足音が大きく聞こえる。
一階の居間へ降りて行くと、やよいさんの側に知らない顔があった。
短めのピンク色の髪にジャージ姿のぽっちゃりとした体系の少女だ。
「こんにちは。そちらの方は?」
「彼女はみつる。生活習慣病のスペシャリスト」やよいさんは軽く紹介をすると、テレビへ向かって行った。
「はじめまして、よろしくだお」みつるさんはニコニコしながら手のひらを向けた。
「スペシャリスト?医者なんですか?」
「患者のスペシャリストだお。今日は僕が生活習慣病の恐ろしさを説明するお」やよいさんから、俺とみつるさんにゲームのコントローラが渡された。今日も俺の適性をしらべるのか。
「生活習慣病は主に過食と運動不足による肥満から派生する病気の事だお」カチカチとボタン音を鳴らしながら講義が始まる。今回はマルチプレイのサバイバルゲームだ。
「肥満になると身体に色々負担がかかるんだお。結果、外出しなくなって、過食と運動不足が酷くなるお」みつるさんは、そう言いつつお菓子を食べ始めた。
「胆石と結石は死ぬほど痛いお。下痢系の腹痛で冷や汗がでるくらい痛い状態が持続的かつ定期的に続くんだお」
「睡眠時無呼吸症候群は軽視されがちだお、睡眠不足が年中続くと集中力が無くなって自動車事故を頻発して大変だったお」みつるさんの体験談は続いた。
「毎日、体重を測って太らないように心がけることが大事だお。一度太ったらもう終わりだお」説得力があるのか無いのかわからない。
「こうなってはダメ」やよいさんが話を結んだ。ちょうどその時、玄関からドアを開ける音がした。
皆が居間の入口を見つめると、見知った魔女のコスプレをした少女が入ってきた。
「何処にも居ないと思ったら、ここに居ったか、みつる」ヤスミンさんの赤い瞳が俺を見据える。
「タカヒロ、久しぶりじゃのう。おお!?お主、人間に戻ったのか?」俺の事を伯父と間違えているようだ。そもそも伯父は人間だけど。
「ヤスミン氏、この子はタカヒロの甥っ子だお」
「一昨日の夜に自己紹介しましたが」酔っていたから覚えていないのか。
「ふむ、まあよかろう。妾も入れてくれ」ヤスミンさんもゲームに加わった。
「ヤスミンさんはみつるさんに何か用があるのでは?」
「小腹が空いたのでな、ダイエットに協力してやろうと探していたのじゃ」ヤスミンさんがみつるさんのお菓子を奪う。
「ショウ氏も好きに食べていいお」傍らの袋には大量のお菓子がある。俺も少し貰うことにした。
「ふむ、装備も分けてくれぬか?初期装備て辛いのじゃが」ヤスミンさんだけ敵の襲撃ですぐにやられてしまっていた。
「無視するでない」ヤスミンさんがみつるさんのお腹を掴んて揺らす。みつるさんは気にせずにゲームを進め、お菓子を食べる手も休めない。
「ええい、こうしてくれる。転生スライムめ」ヤスミンさんがみつるさんの胸を揉みしだく。みつるさんはそれでも気に留めない。
揺れる胸とお腹の肉につい目が行ってしまう。
「やすし、教育に良くない」やよいさんが止めると、ヤスミンさんは自分の両の手を眺めて固まった。やすし?本名だろうか。
徐にヤスミンさんの手が俺の眼前にのびてきた。
「手から肉まんの匂い?臭っ!」ヤスミンさんの手がとてつもなく臭い。
「腐敗のスティームミート…」ヤスミンさんはそう言い残し、部屋を出ていった。
「ちゃんとシャワーを浴びて薬を塗ってきたお…」みつるさんは悲しげに呟く。
「やれやれ、危うく腐敗にのまれるところであった」ヤスミンさんが手の匂いを確認しながら帰ってきた。ほのかにカレー臭が漂い、やよいさんが空気清浄機を起動する。
「もしかして、みつるさんも四天王なんですか?」失礼かもしれないが聞いてみた。
「その通りじゃ。腐敗のスティームミート、みつる。痛撃のペンシルセーラ、オミクロン。不潔のミドルピロー、ユウサク。そしてこの妾が南国のスパイガール、ヤスミン」嫌な遭遇フラグが立った気がする。
「ヤスミンさんだけマイルドな二つ名ですね。誰が付けたんですか?」
「異名を付けたのは私だが、四天王を創出したのはやよい姫じゃ」
「シュウジンコドク事件。嫌な事件だったお…」みつるさんが遠い目をし、ヤスミンさんは眉間にシワを寄せた。
「すごく不穏な響きですね」心做しかやよいさんが微笑んだように見えた。
「当時、転生少女に臭い人が大勢居たんだお。やよい氏が臭い人達を一箇所に集めて監禁したのが臭人蠱毒事件だお」
「あれは阿鼻叫喚、死屍累々の地獄絵図であったな…そして四人だけが生き残った。それが後の四天王じゃ」
「死者は出ていない。簡易トイレ、酸素、トランプを用意した」やよいさんが口を開く。
「臭いのは迷惑。それを自覚させるためにやった」俺がドン引きしていると、やよいさんが言い訳をした。
「今思えば仕方ないお。寮長も臭や身だしなみに注意するように何度も言ってたお」館林さんは苦労していそうだ。
その後は四人で昨日のように買い出しをして、簡単な料理をした。
昨日と違うのは、みつるさんが購入した大量の中華まんがテーブルに山積みになっている。
「沢山食べていいお」みつるさんは米を食べる三人を気にせずに中華まんを平らげていく。
「妾はみつるのせいで肉まんが苦手じゃ」
「ヤスミン氏と一緒だとカレーまんになっちゃうお」周りを気にせずに納豆を食べだすやよいさん。賑やかなのも悪くないな。
食事が終わると転生少女たちは帰って行った。流し台に沢山の食器を残して。
食費を出してもらったのだから気にしないが、家が静かになったと感じた。
こうして人と関わるのも悪くない。
そう思えた。




