プロローグ 転生少女保護区
初夏の日差しに目をしかめながら、俺は山間の長閑な住宅街を下り、コンビニへ向かっている。
この街に引っ越して三日目になるが、一人暮らしを始めても、俺の自堕落な生活が変わる気配はない。
高校に通えなくなった俺は引き籠もりを続けていたが、ついに実家を追い出され、半年前にこの世を去った伯父が遺した一軒家で一人暮らす事になった。
ここは静かで良い街だが、警官が多く配置されていて、先日は生まれて初めて職質を受けた。
娯楽施設は乏しいし、飲食店も近場に無い。伯父は何故この街を選んで住んでいたのだろう?
山を切り開いて新たに作られたこの町は色々と制限のある特別保護区に指定されている。
コンビニに入ると、カラフルな髪色をしたローティーンの少女二人とすれ違った。青髪の少女と黄緑髪の少女だった。
初めて彼女達、転生少女を見かけたときは驚いたと同時にガッカリした。
転生少女は噂通りカラフルな髪と瞳をしていたが、総じて美少女とは言い難かった。
転生少女の前世はアラフォー以上のおじさんだ。強い貞操観念と性格、外見等の理由でモテなかった事で魔法使いと化したおじさんが変態して十二歳前後の少女になった姿。それが彼女達、転生少女と言われている。
正式名称は中年男性変態少女化現象。変態の意味が誤解されないように世間一般では転生と言い換えられている。
転生しても元の遺伝子は変わらないという悲しい現実だ。
買い物を済ませてコンビニを出ると、紫髪の少女と目があった。
長い髪を後ろに束ねてメガネをかけた地味な感じの少女だが、顔に特徴的なパーツが無くてマイルドな印象だ。少し好みかも。
「こんにちは、もしかして片品さんですか?」俺は少女に名前を呼ばれて狼狽えた。
「そうですけど、どうして名前を知っているんですか?」俺が肯定して質問を返すと、少女は目線を俺から外した。
「えっと、タカヒロさん似ていたので、突然ごめんなさいね」血縁があるとは言え、俺と伯父は似ているとは言い難い。
「伯父の知り合いなんですね?片品ショウです。よろしくお願いします」
「館林クミです。こちらこそ宜しくお願いします。タカヒロさんにはうちの寮生達が色々お世話になりましたので」館林さんの紫の瞳が神秘的だ。
「そうでしたか、伯父とは何年も会っていなかったので、ここでどのように暮らしていてのか知らないんです」伯父が何をお世話したかは知らないが、同年代の転生少女と楽しくやっていたのかもしれない。
「この街に馴染んでいて、とても親切な方でした」館林さんがこちらへ微笑むと、俺の胸が貫かれる感じがした。美人でなくとも女性の笑顔は男の脳を破壊する魅力がある。
久々の人との会話と女の子と知り合えた喜びで俺の心は浮かれていたが。
ふと、少女の顎が気になった。
光の加減でさっきまで気にならなかったが、顎先に垂直の影ができている。いわゆるケツアゴだ。
ほとんど気にならない程度のケツアゴだが、一度気になると視線が顎へ行ってしまう。
「長々話しをしてすみません。えっと、うちの寮生は奇抜な子が多いので、何かあれば第一寮へご相談ください」館林さんは俺の困惑を察してか、話を切り上げてくれた。
「素敵な方と知り合えて良かったです。伯父の縁に感謝します」俺の下手な取り繕いに、館林さんは笑顔で手を振りながら去って行った。
その後、家に帰ってからも俺は館林さんの事を考えていた。
久々に他人と話したせいだろうか?彼女の事が頭にこびり付いて離れない。
もっと良い会話の膨らませ方ができたらよかった。次に会ったらケツアゴを無視できるようにしたい。デートするにも転生少女は保護区から出られないか。あれ?そもそも、館林さんの中身は中年男性じゃね?思考が堂々巡りだ。
夜になり、俺はまたコンビニへ向かっている。振り返ると俺の家の裏手に一際大きな建物がある。転生少女第一寮だ。
この街は治安維持のため街灯が多い。
過去に世界中で転生少女狩りがあり、その対策で転生少女保護地区が作られた。
男性から少女への変態は科学的に注目されており、各国の研究機関が欲している存在だ。魔術や宗教儀式に扱われるケースや愛玩目的の誘拐も絶えなかった。
この保護区も、保護は建前で変態の研究のために存在している。
世界一安全な場所を歩いていると、俺はこの瞬間まで思っていた。
その異様な存在は電柱の影に隠れていて、そばを横切る瞬間まで気付けなかった。
尖った黒い帽子、全身を包む黒い外套、赤く光る双眸。
ハロウィンの魔女の様な格好の怪異が、俺の前に立ちはだかった。
「妾の名はヤスミン・ノワール。真理の扉を守る大魔法使い」赤い髪の少女が外套を翻しながら名乗った。外套の下はチューブトップとホットパンツにブーツを履いていた。完全に変態だ。館林さんが言っていた奇抜な子とはこの子か?
「俺の名は片岡ショウ。ニートです。こんばんは」俺は気圧されずに親指を立てて挨拶をした。
「うむ、名乗り返すとはなかなかじゃ。しかし、見ない顔じゃな、まぁよかろう」少女は何やら取り出してこちらに渡してきた。
「見ての通り、妾はこの地に封印されし存在で、夜はこの先へは進めん。妾の代わりにそこのコンビニでツマミを買ってきてくれ」千円札を受け取ると少女の酒臭い息が顔に届いた。
「塩気の有るやつを適当に買ってきます」ついでだ、お使いをしてあげるか。
コンビニへ歩くたびに思うが、そろそろ自炊をしないとだな。
俺が買い物を済ませ戻って来ると、少女は道の隅でうずくまっていた。
「買ってきましたよ」俺が袋を渡すと少女は蹲ったまま中身を確認した。
「乾物とポテチ、惣菜か、悪くないチョイスじゃ。大義である。おぇっ」少女の吐瀉物がペチャペチャと音を立てた。
「大丈夫ですか?水でも買ってきましょうか?」
「不足無い。ゲロは側溝の網に流した」
少女の顔を改めて近くで見る。暗がりで顔色はわからないが、かなり濃い顔立ちをしている。名前からして外国の血筋だろうか?
「カタオカショウ・ニートよ。もう人仕事頼まれてくれぬか?」少女は立ち上がり道の先を指さした。
「あの建物が妾の住まいじゃ。あそこまで背負ってほしい」俺の家と同じ方向だ。
「転生少女第一寮ですね。わかりました」俺が少女に背を向けて屈むと、背中に柔らかい感触とずしりと重さが伝わった。少女の腿を手で支えて立ち上がる。
「うおお!」俺のハムストリングスの悲鳴が口から漏れた。
少女は思った以上に重い。俺はおぼつかない足取りで少しずつ前へ進む。
自衛隊の訓練に女の子一人分の重さを装備して、二十キロ以上の距離を行進するのがあるらしいが、ほんの百メートルでさえ俺にはきつい。
だか、背中に伝わる柔らかな温もりと、手に吸い付く少女の肌の感触が、俺に力を与えてくれる!
自らを奮い立たせてはいるが、少女を背負ってから漂う強烈なカレーの臭いが気になりだした。よく考えればこの人の中身はおじさんなんだよな。酒臭いし。
「つかぬことを聞きますが。夕飯にカレーを食べましたか?ヘックス!」スパイスの刺激でくしゃみがでた。
「カレーなど食しておらんが、おそらくは妾のフェロモンの香りじゃろ」つまり、彼女の体臭なのか?
「転生少女はそれぞれ個性的な臭気を放つ者が多い。妾など四天王の中でも最弱じゃ」凄く嫌な情報を知ってしまった。
「四天王の時点でかなり上なんじゃないですか…館林さんは匂いませんでしたよ?」
「うむ、寮長は潔癖だからのう。冬でも毎日風呂に入る稀有な存在じゃ」寮長とは館林さんの事だろう。
「俺も毎日風呂には入っていますよ…」
「大半の転生少女は他人と関わりを持ちたがらないのでな、匂いで他人を威嚇しているのじゃよ」
「縄張り争いをする動物みたいですね。ヘックス!」だんだん目が痛くなってきた。玉ねぎを刻んだときのように目に染みる。
「腐敗のスティームミート、やつは特に危険じゃ。ピンク色のスライムには触れてはならん」
「転生少女以外にもファンタジーな存在がいるんですね」俺は話半分に聞き流した。
寮の前へ付くとヤスミンさんは俺の背中から降りて生体認証の門を開いた。
「世話になったな、この礼は何れ」ヤスミンさんはフラフラとした足取りで建物内へ消えた。
俺は震える足を休めつつ、転生少女の寮を少し眺めてから帰路についた。この日も新たな出合いに興奮して中々寝られなかった。
何やら物音がして目が覚めた。時計を見ると正午を大分過ぎている。寝ぼけていたがインターホンが聞こえた気がする。
寝床を二階の部屋にしたためインターホンがやや聞こえにくい。
物音は一階から聞こえるようだ。合鍵はまだ作っていないから、親が勝手に入ってきたとは思えない。
泥棒の可能性を考え、忍び足で一階へ向かう。
ふと昨日出会った少女の言葉を思い出す。ピンク色のスライム。想像をしたら寒気がした。モンスターなんていないよな?
一階の居間に近づくと、足音と引き出しを開け閉めする音が聞こえた。奥の台所に何かがいる。
外へ逃げようとも思ったが、俺は玄関の箒を手に取り台所へ飛び込む。
そこには、青いキャミソールを着た黒髪の見知らぬ少女が居た。少女は長い髪と白い四肢をキラキラ輝かせながら何か作業している。
お湯を沸かして、お茶を作っている?座敷わらし?
「あの、どちら様ですか?」俺が声を掛けると、少女は驚いた様子もなく、こちらへやってきた。
「私は水上やよい」俺を見上げて、そう名乗った少女は、とてつもなく美少女だった。
「君を恐ろしい運命から救いに来た」




