☆3
結局、私はエウリーカに何も告げなかった。
二、三日はゆっくりできるだろうと思っていた私の思惑は見事にはずれた。
実際は大事を取って一週間程の療養という事になってしまい、その結果ゆっくりと考える時間が増えてしまったので考えに考えぬいて、何も告げずにいようと決めたのだ。
エウリーカなら、知ったとしても穿った見方をせずラウルのありのままを見てくれるのは分かっている。
けれど、不安要素は少しでも減らしたい。
それにもし万が一、ラウルが魔王となってしまった時、エウリーカには辛い思いをしてほしくないから。
そうならないように気を付けていくけれど、本当にゲームのシナリオ通りに進むならその可能性を考慮しないといけない。
だから……。
なんて色々言い訳を考えているけれど、本当は分かっているんだ。
私がラウルを色眼鏡で見て欲しくない、ただそれだけの理由だという事を。
どうしてそこまでラウルに肩入れするのか、正直自分でもよく分からないけれども、ラウルには幸せになって欲しい。
この世界で彼の姿を、目を、見た瞬間から私が強く思っている事。
それがまごうことなき私の本心。
──渇望と言っていいかもしれない。
改めて想いを確認したところで、一つの大きな問題が残っている。
そう、それは途轍もなく難解な問題。言うまでもなくエウリーカの事。
一体、エウリーカになんて説明をすればいいのか。
後で説明をするとは言ったものの、ラウルが魔王になるかもしれないからという事は伝えられなくなったので、他の理由が必要になるんだけれど……。
──うん、全く何も思い浮かばない。
第一、神獣であるエウリーカに私が嘘を貫き通せる自信がない。
なんていうか、殊更そういうのに敏感なのよね、エウリーカって。
なんだろう、人の本質を見ているから? それとも野性的勘?
とにかく、嘘はつけない。
でも、本当の事は言えない……。
だから何か他の理由を考えてはいるのだけれど。
うん、考えても考えても良い理由が全く思い浮かばない。
これは無理……。
よく考えればどだい無理なのよ、私がエウリーカを納得させるだけの理由を考え付く筈がない。
はぁっと、一つ大きなため息をつく。
「まぁ、仕方ないよね」
嘘を突き通す自信がないなら、私がとれる手段はただ一つ。
それは、──何も言わない。
これしかない。
例え、よく見ると可愛らしい目でじーっと見つめられても、そのふさふさの毛で誘惑されようとしても私は絶対に喋らない。
本当は暫くエウリーカと会わないのが一番いいのだけれど、そういうわけにもいかないから。
だから私は只管無言を貫き通す事に決めた。
「最悪の場合、フォローだけはお願いすると思うけど、いいよね?」
この場には私以外誰もいない。
だから応える声はないけれど、気にはしない。
それは──何時もの事だから。
* *
療養期間が終わって、さあこれからお勤めだと準備をしている時に早速やって来ましたよ、エウリーカが。
ちょっと早すぎじゃないですか?
しかもラウルを連れてくるとは。
その勘の良さは神獣だからですか? と、思わず聞いてしまいたくなる。
内心でため息を吐いて、お手伝いの侍女に退出をお願いする。
侍女は最初渋っていたものの、エウリーカの眼力が時間が経つ毎に段々ときつくなっているのを感じてか、思いっきりため息を吐いて出て行った。
しかも外に出る間際に「何かございましたら、遠慮なく叫んでください」なんて言葉を残して。
エウリーカは神獣だよ? この神殿は神獣も崇め奉ってるよね?
その神獣に対して神殿に仕える者がそんな態度で良いの?
思わず固まってしまった私とは対照的に、エウリーカは笑っていた。
なんで? そこは普通怒るところじゃないの?
私の疑問に気付いている筈なのに、エウリーカはそんな私の様子をきれいに無視をした。
『それで? 説明はしてくれるのであろう?』
説明してほしいのは私の方なんですけどね!
『体調が戻ってからだと思い、一週間以上待ったのだぞ? まさかこれ以上我に待てと?』
言外という言葉はどこに行った!? そういうのは普通言外に匂わすとかでしょ!?
モロに脅しをかけてくるのは本気で怖いのでやめてください……。
生きている年数が違うから、脅しの迫力が冗談で済まないレベルになってますよ?
「別に逃げているわけじゃないわよ? でも、ほら……、ね?」
いえ、本当は思いっきり逃げたいです。でもそれを馬鹿正直に話すわけにはいかないので、わざと含みを持たせた返答で誤魔化してみる。
『ふむ……』
チラリ、とラウルへと視線を向けたエウリーカは、私の含みの原因をラウルだと思ったみたい。
いや、確かにラウルがいる状況では話す事は出来ないので、その原因だと思われても間違いはないけれど……。
喋る事もせず動く事もしないラウルは、ほぼ空気と化してその存在を忘れそうになるけれど声が聞こえないわけでも、言葉が理解できないわけでもない。
ただ、自分という存在を消して命令を待っているだけで、私やエウリーカが声をかければその通りの行動をするだろう。
だから、彼には話を聞かれたくないのだけれど……。
『気になるか?』
「それは勿論」
『不味いのか?』
「むやみやたらと話せる内容ではないわ」
『そう言われてもな。一人で扉の近くに居させるわけにもいくまい。馬鹿な奴らがすぐにちょっかいをかけてくる。分かるであろう?』
言外に原因は私だと告げてくるエウリーカに、私は反論出来なかった。




