迷子のエルフと極貧人魚姫。シャワールームを原木栽培所にしないでくれ
迷子のエルフと極貧人魚姫。シャワールームを原木栽培所にしないでくれ
「……うん、悪くないな」
大宇宙管理局から『巡査長昇級』の報酬として支給された、真新しい125ccMT魔導パトロールバイク。
純白の車体に、青と赤の魔導パトランプ。魔力と闘気で駆動するそのエンジン音は静かで、それでいて力強いトルクを秘めていた。
俺――ポポロ村駐在所巡査長のリオンは、真新しいヘルメットを被り、アクセルを軽く吹かした。
今までは村の巡回も支給品の『実用自転車』でギコギコとペダルを漕いでいたが、今日からは違う。圧倒的な機動力による、優雅で快適なパトロールの始まりだ。
「よし、今日も定時退社を目指して、サクッと巡回を終わらせるか」
青空の下、ポポロ村ののどかな田園風景をバイクで走り抜ける。
最高だ。風が気持ちいい。これぞ求めていたスローライフ――。
ドゴォォォォンッ!!
「……は?」
俺のささやかな幸せをへし折るように、村の北側――森との境界線付近から、巨大な火柱が天高く噴き上がった。
野焼きのレベルではない。周囲の木々が次々と黒焦げになり、空が真っ赤に染まっている。
「……なんで俺の管轄は、こう毎日毎日燃えるんだよ!」
ウゥゥゥゥゥーーッ!!
俺は魔導サイレンを鳴らし、アクセルを全開にして火災現場へと急行した。
* * *
「あらあら、困りましたわ。ただ暖を取ろうとしただけですのに、炎の精霊さんが少しはしゃぎすぎてしまったみたいですねぇ」
火災現場に到着した俺が見たのは、地獄絵図の中でニコニコと微笑む、一人の美しいエルフの少女だった。
ふわふわのお嬢様ドレスに、長く透き通るような金髪。
だが、彼女の目の前で大暴れしているのは、焚き火などという可愛らしいものではなく、全長十メートルはある『火炎龍』だった。
「どこが『少し』だ! クラスAの火災警報だろうが!」
「あ、お巡りさんですか? ごきげんよう。私、世界樹の森の次期女王、ルナ・シンフォニアと申します。実は道に迷ってしまいまして」
「自己紹介は後だ! 下がってろ!」
俺はバイクを停めるなり、背中に背負っていた魔改造M870ショットガンを抜き放った。
薬室に装填するのは、対火災用の特殊弾だ。
「――ゼロ・アブソリュート・バレット、装填」
銃口を暴れ狂う火炎龍に向ける。俺の『魔法適性A』による氷属性魔法と、闘気を極限まで圧縮した絶対零度の弾丸。
引き金を引いた瞬間、青白い冷気の奔流が火炎龍を丸呑みにした。
「ピギャァァッ!?」
パキパキパキッ! と甲高い音を立て、数千度の炎の塊だった龍が、一瞬にして巨大な氷像へと変わり――そのまま粉々に砕け散った。
「ふぅ……消火完了」
「まあ! 素晴らしい氷魔法ですね! お兄さん、とってもお上手ですわ!」
「呑気に拍手してる場合か。お前、自分が何をやらかしたか分かってるのか? 重過失失火罪でしょっぴくぞ」
俺がルナと呼ばれたエルフに警察手帳を見せようとした、その時だった。
「……か、カロリー……無料の、カロリー……」
ふと、近くの茂みから、地の底から這い出るような呻き声が聞こえた。
警戒して茂みをかき分けると、そこにはルナミスデパートのワゴンセールで売っていそうな『芋ジャージ』に『健康サンダル』を履いた少女が、顔を泥だらけにして倒れていた。
よく見ると、耳の横にはエラがあり、足元には魚の鱗のようなものが微かに光っている。人魚姫だ。
「おい、大丈夫か!? 事件か、事故か!?」
「……あ、お巡りさん……。私、シーラン国の親善大使で、地下アイドルの、リーザです……。あの、これ、食べられますかの……?」
リーザと名乗った人魚姫の口には、その辺に生えていた雑草がくわえられていた。
「雑草食ってんのかお前!? どんだけ極貧なんだよ!」
「だ、だって……今日のギャラはパンの耳だけで……。あ、でも、五円玉ならありますわ……これ、磨けば金貨になりますよね……?」
リーザは震える手で、ピカピカに磨かれた五円玉を差し出してきた。
……ダメだこいつ、貧乏すぎて幻覚を見ている。
「ハァ……とりあえず、二人とも交番に連行する。乗れ」
俺はパトロールバイクの後部座席に無理やりエルフを乗せ、サイドカー代わりに魔法で急造したリアカーに人魚姫を乗せて、交番へと引き返した。
* * *
翌朝。
徹夜でルナの事情聴取(という名の迷子の説教)と、リーザへの炊き出し(交番支給のカップ麺を五杯食われた)を終えた俺は、疲労困憊で交番の仮眠室から這い出した。
「あー……疲れた。とりあえずシャワー浴びて、さっぱりしてから帰ろう」
俺はタオルを首にかけ、交番の奥にあるシャワールームの扉を開けた。
――ムワッ。
扉を開けた瞬間、生温かく、ひどく土臭い湿気が顔にまとわりついてきた。
シャワールーム全体にモヤがかかっており、何やら異様な光景が広がっている。
「……は?」
そこには、芋ジャージ姿のリーザが、満面の笑みで霧吹きを持って立っていた。
彼女の足元、そしてシャワーブースの中には、どこから拾ってきたのか『大量の原木』がズラリと並べられている。
そして、その原木には、肉厚で巨大なキノコ――高級食材として知られる『肉椎茸』が、これでもかと群生していた。
「あ、リオンさん! おはようございますの!」
「……お前、シャワールームで何やってるんだ?」
「見てください! 大豊作ですわ! ここのシャワールーム、湿度と温度が菌床栽培に完璧な環境なんですの!」
「俺の癒やし空間を原木栽培所にすんな!!」
俺は思わず大声でツッコミを入れた。
「公有地の私物化および不法占拠だぞ! とっとと片付けろ!」
「ええーっ!? ダメですわ、これがあれば私の今月の食費が浮くんです! なんならリオンさんにも上納しますから! ライスの上にこの肉椎茸を乗せて醤油を垂らすと、お肉みたいな味がして最高なんですの!」
「美味そうにプレゼンしてもダメだ! 今すぐ撤去しろ!」
俺とリーザがシャワールームでキノコを巡って揉み合っていると、交番の入り口の扉がバンッ! と勢いよく開いた。
「リオン様ぁ〜! 朝ごはん、作りに来ましたよぉ♡」
エプロン姿のキャルルだった。彼女の腕には、手作りの朝食が入ったバスケットが抱えられている。
だが、キャルルの視線が、給湯室でお茶を飲んでいるエルフ(ルナ)と、シャワールームで俺と密着(キノコを奪い合っているだけだが)しているジャージ姿の人魚を捉えた瞬間。
――ピキッ。
キャルルの笑顔が凍りつき、交番内の温度が急激に5度ほど下がった。
月兎族特有の、尋常ではない『ヤンデレの殺気』が膨れ上がる。
「……リ、リオン、様? どうして、神聖なリオン様の職場に、泥棒猫(エルフと魚)が二匹も入り込んでいるんでしょうか……?」
「あ、いや、誤解だ。こいつらはただの保護対象で――」
キャルルはバスケットをカタカタと震わせながら、ゆっくりと背中のダブルトンファーに手を伸ばした。
「リオン様のパーソナルスペースは、私だけのものです……。部外者は、粉砕します(ドス黒い笑顔)」
「まあ、素敵なトンファーですわね! お近づきの印に、お花を咲かせてあげますわ!(ルナが謎の植物魔法の詠唱を開始)」
「ひぃぃっ! やめてください、私の貴重な財産(肉椎茸)が燃えちゃいますのーっ!」
大混乱に陥る交番。
警報を鳴らし始める魔導システム。
「……もう嫌だ。誰か俺を定時で帰らせてくれ……」
激痛を訴える胃をさすりながら、俺の長い長い一日が、また始まろうとしていた。
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