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白くて黒い私の薔薇  作者: 一ノ瀬 リマ
プロローグ ~シンデレラのようにそれはいつも作られるもの~
2/3

E.p2 光の鎮魂曲



――早く行かなきゃ!




私は夜会のメイン会場までの道を令嬢にはあるまじき行為と言わざるを得ないほどの全速力で息を切らしながら走っていた。


今日のために仕立て上げた衣装も今だけはいらないと思えるほど重く、私の道を阻む大きな壁だった。

それでも早く、早く行かなくてはならないという心のみがこの体を突き動かしていたのだと思う。


そもそもなんでこんなことになっているのか。

それはとある令嬢の手紙と後押しによるものだろう。




――セレス・ウィネル・ミルヴァ様へ


突然のお手紙申し訳ありません。

アリア・ヴェリティー・ヴィクトと申します。


学院で何度かお付き合いがあった程度の人物からの突然の手紙、驚かれていること思います。

緊急事態ゆえに長々とした挨拶はなくさせていただきますことをご容赦ください。


初めに本件は誰にもお話してはなりません。

もし、どなたかにばれてしまえば、最悪の事態を招きかねないからです。


単刀直入に申し上げると、今度の週末に開催されるこの時期一番の夜会にて、不幸な目に遭う人がいるのです。――



それ以降、連ねられた文章に書いてあったのは私のよく見知った人物、ジュリアン・エミール・バルトリ伯爵とその婚約者、レティシア・ノエミ・ルフェーヴルに関することだった。




レティシアがバルトリ伯爵を陥れ、他の男とくっつこうとしていること。

その他の男というのが、よりによってエドモン・ルシアン・ド・ヴァロア侯爵ということ。

その夜会で、バルトリ伯爵に命の危険があること。


この件で宮廷魔法士団はさほど役立たない可能性が高いこと。

そうなると、現行犯を貴族たちの前に晒しだしでもして、宮廷魔法士団も捕えざるおえなくなるということくらいしか、救出手段がないということ。


下手に触れ回って、どこか人知れず、殺害されてしまえば、それこそ、助けられない可能性が高いからこそ、事前に止めるという安易な手段にも出られないということ。




少し要点をまとめただけ。

しかし、その内容はどれを見ても頭が痛いことばかりだった。

思わず、手紙を引きちぎりそうになる手を何とか制御し、とりあえず、深呼吸をする。


頭の中を整理するために、状況がいかに最悪なのかを考える。


初めから最悪と値踏みするのはもう救いようがないほど最悪であるというのはわかっているからだ。



――敵にするにはヴァロア侯爵なんて太刀の悪い存在以外に何ものでもないほどの権力者だし。

ある程度この国の王族にも融通を聞かせられる立場よ?

当然、今の宮廷魔法士団ではもさして意味をなさないという見解は外れてないでしょうし……


そこまで考え、遂に心の内が漏れるように大きなため息に続いて、言葉を吐いた。



「どうして、宮廷魔法士団の指揮権を実質的には王家が握っているようなことになっているの……」



それは昨今の貴族社会を形成しているともいえることだった。


両者は独立していると主張しているが、実際は社交界ではそんなことないだろうというのが、いつからか定説になっているほどなのだ。



――さて、どうしたものでしょうか。


そう思いながら、最後に描かれた文章に目を向ける。




――そこでふと、思い出したことがありまして、セレス様はバルトリ伯爵様に恩返しができたらな、などとおっしゃっていたことを。

これを恩返しの機会としてみるつもりはありませんか?――



一見、相手に都合のいい提案をしているように見えるが、おかしな一文とも言える。



――なぜアリア様が解決しないのかしら?



と、まあ、そんな疑問点がありはするものの、そう思っていたのが事実であることに変わりはなく、バルトリ伯爵様を助けられるのであればと決心がついたのはすぐのことだった。








そんなこんなで、夜会の当日。


夜会のメイン会場から少し離れた廊下にいたときのこと。

私の不安げな視線に対し、憂いを帯びた瞳で見つめ返してくるのは手紙の主、アリアだった。



――彼女……相変わらず、きれいな方よね。


そんな彼女こと、アリア・ヴェリティー・ヴィクト伯爵令嬢


伯爵家の中では上位の方であるヴィクト伯爵家出身の()()()()

昨年、卒業した13~16歳の貴族子息、令嬢の通う学院ではとにかく成績優秀で特に勉学方面に関して、彼女の右に出る者はいないとか。

欠点と言えば、美術の授業で少し変わった芸術作品を描いき、教師からは『才能がない』と言わしめるほどだったということからもわかる通り、絵描きの才能をあまりお持ちでないことくらいでしょう。


まあ、それで卒業前に何かひと悶着あったとか、なかったとかいう話はありましたが。


とはいえ、そもそも、別にできなくてもそこまで損のしようがないこと。

結果、世間は彼女を『天才』と呼ぶ。


そんな彼女曰く、今日の夜会では『悲劇が起きる』というのだ。







見つめあってしばらくすると、彼女が先に口を開いた。



「いつまでこんなところにいらっしゃるのですか、セレス様?」


「えっと……やっぱり私には……」



呆れたような顔で返される。



「恩返しをしたいんでしょう?

この機会を逃したらもうありませんよ。」



――こんな機会もうない……


その言葉にはっとする。

彼は今日死んでしまうかもしれない。


――助けなければ、助けなければ……


考えたくもないことが頭の片隅をよぎっていく。

自分の思考をかき消すためか、アリアの言葉を聞かなかったことにするためか、気づいたときには言葉になっていた。



「冗談でもそういうことは――」



しかし、その言葉を最後まで言わせてもらえることはなかった。

遮って告げられた言葉はひどく柔らかく、温かな声とは正反対の鋭利なものだった。



「事実です。現実から目を背けることは今、一番やってはいけないことですよ。」


それはわかっている。

けれど、そうは言っても、人間は急に強くなれたりなんかしない。

助けられなければ、バルトリ伯爵は死んでしまうかもしれない。

死なずに済んだとしても、彼はもう極悪人だ。

この社交界に居場所などなくなる。


――そんなことはダメ!


彼は本当に優しい人物だった。

私だって何度も助けられた。


――なのに……見捨てるの?


そんな恩知らずで恥ずかしい人間になどなりたくなかった。


なのに……


この迷いが消えることはない。


こんな自分を嫌いにならないなんて無理だった。

自分を妬ましく思って、いつの間にか呼吸が続かなくなりそうなほど、胸が締め付けられる感覚を覚えていた。



苦し紛れに八つ当たりにも似たものを目の前の彼女へぶつける。


「ッ……どうして、あなたが助けないんですか?」


「私が助ければ、何か裏があると思われかねないし、かえって多くの貴族から反感を買う可能性が高くなるからよ。」



彼女の主張はよくわからなかった。


――反感?


逃げてるだけじゃないか、そう思ってしまい、強く反対する。



「よくわからないわ。アリア様こそ逃げているだけじゃないのですか?」


「私の臨んだ話ではないけれど、どこかの誰かに『若き天才』なんて噂を広められているせいで、そこそこな有名人です。ヴァロア侯爵を刺激しかねないとは思いませんか?」


「あ……」



それは確かにそうだろう。

どう見ても、評判の殴り合い。

どちらが勝つか、それだけで社交界は大きく変わるほどのものになってくる。

勝手も、負けてもヴァロア侯爵に目を付けられるのは事実以外の何物でもなかった。


すると、アリア様はこう告げてくる。



「お判りいただけましたか?

誰が助けるか、というのは社交界では非常に重要なことです。

あなたには助ける大義がある、それだけで彼を助ける手助けになるでしょう。」


「……」



言葉は続かなかった。

どうしたって無理なものは無理だった。


それをわかっているのか、アリアが私を責めることは一切ないようで完全に私がどうしたいかという点以外に興味がないようにすら見えた。


だから、やりなさいという命令ではなく、そっと背を押すような、でも、心に不快感をもたらすようなことを言われる。



「あなたの迷いが間違いなわけじゃないと思いますよ。

問題はそうではなくて、あなたがあなた自身と向き合えるかどうかです。

あなたを助けたバルトリ伯爵はどうだったんでしょうか?



その瞬間、自分が迷っていることの別の意味での重大さに気が付いた。



――ヴァロア侯爵はいつだって、リスクを冒していた。




その瞬間だった。私は廊下を駆け出し、会場へと向かう。

その時、アリアには背後から数こと言われていたが、今はそれよりもバルトリ伯爵が優先だった。


両手いっぱいに大事な資料を抱え、人生の最高速で廊下を走り抜ける。

目の前に現れたメイン会場の扉にぶつかるすんでのところで何とか、足が止まった。




ゴクン




息を呑み、深呼吸をして呼吸を整える。


――大丈夫、私なら大丈夫。決めたでしょ、恩返しをするんだって。




相変わらず、抱えっぱなしの資料を落とさないよう何とか支えて、扉を押す。

一気に光が差し込み目を細めそうになったが、目の前の光景がそれを阻んだ。







「おい! いい加減に黙ってないで何か言ったらどうなんだ。」




「偽善者め」




中央に立つ人物の一人に浴びせられる声。

下を向いたきりピクリとも動かない人物に容赦なく、決めつけるようにして、悪へと仕立て上げていく。


それを見た私は苦しかった。

だって、どう見たって追い詰められている人、バルトリ伯爵の様子が変だったから。

間違いなく、動かないのではなく、動けないようだった。



――やっぱり嘘ではないのね……



アリアを疑っていたわけではないが、もしかしたら、何事もないかもしれないという淡い希望は抱いていたのだ。


人々はどうして気が付かないのか。

それとも、侯爵様に恐れをなして、伯爵様を見捨てようとしているの?


気持ちがわからなくないからこそ、強く彼らを否定する。


――ダメよ、私は恩知らずにはならない!


急がなくては取り返しがつかなくなる、そんな思いで私はめいっぱいに大きな声で叫んでいた。






「お待ちください!」






私の声は会場にしばらくの沈黙をもたらしたが、人の口に戸は立てられなかった。



「なんだ?」

「あの子は確かミルヴァ伯爵家の…」



私はそれでも構わないというように一切の躊躇なく話し始めた。



「これはヴァロア侯爵様とルフェーヴル嬢の仕込みですわ。」



会場は騒然とする。

この子は一体何を言ってるんだというように。



「証拠ならあります。ご覧ください。」



ここまで一生懸命抱えてきた書類の山の中から一枚の契約書を取り出す。



「これはルフェーヴル伯爵家からヴァロア侯爵家に資金提供を行うという名目の契約書です。」



何の脈絡もないことを語り始める私に皆、興味はないようだった。

そして、その代表としてヴァロア侯爵から苦言を呈される。



「いったい何の話をし始めるのかと思えば、関係のない話はやめてくれ。」


「いいえ、関係ない話などではございません。

この契約書についてですが、ルフェーヴル伯爵家当主およびその他ご家族からは身に覚えのない契約書だという言質があります。」



ヴァロア侯爵のひるむ様子を横目に話を続ける。



「そして、契約の立会人をした人物より、この契約に関して、ご家族らが関与していないことを証明する書類の提出がなされています。

この書類のルフェーヴル伯爵家側のサイン主はレティシア・ノエミ・ルフェーヴル、あなたです。」



聴衆の様子はというと、やはり真相は掴めないが、それでも、疑う余地ありとの判断なのだろう。

先ほどまでの攻撃的な視線は状況を探る視線へと移り変わっていく。


私は畳みかけるようにさらにいくつかの書類を提示する。



「ルフェーヴル伯爵家からバルトリ伯爵によって盗まれたと提示された金額と、

この複数回にわたるルフェーヴル嬢の独断で行われたヴァロア侯爵家への横流しの金額は同じ金額を示しています。

しかし、ルフェーヴル伯爵から消えたお金はどちらか一方分だけです。」



その瞬間、まるで空気を切り裂くようにして響き渡る声。



「違うわ。でたらめよ。」


「根拠は何ですか?」



慌ててしゃべりだすレティシアの説得力のない言葉とその落ち着かぬしぐさが事実を浮き彫りにし始めていた。


しかしそこへ落ち着いた声が響き渡る。



「ヴァロア侯爵家が提供していただいた資金はルフェーヴル伯爵家のものではなく、レティシア本人の資金だが。」



ヴァロア侯爵はそう言いながら、契約書の下の部分を指す。



――なお、この資金もとは本来はレティシア・ノエミ・ルフェーヴルであるが、今回の契約では一時、ルフェーヴル伯爵家のものとする。――



「初めから、ルフェーヴル伯爵家の財産として存在しないのだから、消えるはずもない。」



そうこの書類には完全なる偽を証明できない文言が書かれていた。


もちろん私は知っていた上で提示している。


ヴァロア侯爵家は自分たちがしたことを理解している。


そして、レティシアという個人の資金に対して、一個人には関与権限がないため、本当にレティシアの私財であるかどうかを確認できないことも。


そしておそらくその地位と財力があれば、口封じなど造作もない。レティシアの財産である証明はできないならば、逆もしかり。彼女の財産でないことを証明できないよう証拠は隠滅済みだろう。


だから油断していたのでしょう。



「確かにそうですわ。もしこの文言が事実であれば、私の話は全部なかったことになりますわね。」



ヴァロア侯爵は勝ち誇った笑みを浮かべようとする。



「でも、これを見た私が疑問に思うことは当然でしょう。

レティシア様にそんな財産が本当にあるのかしら、と。」



そう、資金提供と題して動いている金額は一令嬢が持てるような財産をとっくに超えていた。

レティシアがそれほど有名な事業家であれば別でも、誰もそんなことは知らないのだから、ありえないのだ。



「そんなもの当てつけではなくて?」



ヴァロア侯爵のフォローで冷静を取り戻したレティシアは言う。



「だから言っているでしょう?

私が疑問に思うこと自体は不思議ではないでしょう、と。」



何が言いたいのか、誰もつかめず、はっきり告げることを求める視線は私を貫こうとする。



――まだ、まだよ。私がやればいいのは時間稼ぎよ。諦めてはダメ。大丈夫、信じて。


そう思っている時だった。







「通せ。」







会場と廊下を隔てる扉の前から突然聞こえた言葉。

様子を窺うようにして注目の場が移っていくのと、声の主の姿が見えるのはどちらが先だっただろうか。



「エドモン・ルシアン・ド・ヴァロアおよびレティシア・ノエミ・ルフェーヴルを殺人未遂、強盗その他諸々の容疑で逮捕する。」



現れたのは宮廷魔法士団の制服を身につけた者たちだった。



――やっと来た!



会場は再び騒然とする。

もはや何が起こっているかなど分からないというように。



「は? 何を言っているんだ。」



最初に口を開いたのはヴァロア侯爵だった。

その顔には焦りがにじみ出ていたが、それを隠すように高圧的な態度をとる。

それに対しひるむことなく、魔法士は返す。



「もちろんだが、証拠はそろっている。」



そうして掲げられたのは一つの水晶だった。



「これは、ルフェーヴル嬢の控室に仕込ませてもらった映像魔法の水晶だ。」



そう言うと水晶を起動させた。








『今日は一段と綺麗ですね、ルフェーヴル嬢。』



映っていたのはそう言いながら、紅茶を口にしたバルトリ伯爵だった。

しかし、飲んだ彼はこう感想を口にする。



『飲んだことのない味ですね、どこ産のものですか?』



すると、それまで黙っていたレティシアがしゃべりだした。



『アハハ、アハ、アハハハッ

馬鹿ね、本当に飲んだわよ。』



物陰からもう一人。



『ハッ本当に滑稽だな!』



現れたのはヴァロア侯爵だった。

伯爵だけが疑問を浮かべる。



『その紅茶、遅効性の致死毒入りよ。アハッハ』



にんまりと顔を崩して言葉を続ける。



『解毒薬はここにあるわ。ふふ、これが欲しければ、私の言うことを全部聞きなさい。』



伯爵の疑問を浮かべた顔は徐々に歪められていく。



『何を、言っているんだ?』


『あ、そうそう、早くしないと本当にあなた死ぬわよ? この後、このまま夜会に出席してもらうんだから。』


『何をさせるつもりだ…』


『簡単よ、この紙にサインをしたらあとは立っているだけでいいの。

喋ってはダメ。まあ、喋れないように魔法をかけさせてもらうからできないけど。

んふ、アハ、アハハハ』





サインを命じられた紙は先ほど侯爵が証拠として提示したものの一部と一致していた。


そして、映像には無理やりサインをさせられ、口を封じる魔法がかけられる瞬間が映っていた。







全ての映像が流れ終わると一同は真偽の目を舞台へと向ける。


そう視線を避けたくて必死なのか、慌てた口調で喋り出す。



「それは私たちではない!」


「そうよ、あなたが魔法で仕組んだものではなくて?」



焦った二人はわけのわからないことを言い始め、関係のない私に容疑を向けてくる。



「それはあり得ません。映像魔法の存在なんて私は知りませんでした。

それに映像を書き換えたのであれば、宮廷魔法士の皆様がお気づきになるはずです。

彼らの目を掻い潜るのはまず不可能です。」


「そんなの――!」


「そもそも私にその技術がないことはあなたが一番ご存知でしょう?」



私はさらに畳み掛けるようにして告げる。



「だって、学生時代、魔法が得意ではない私をいつも笑い者にしていたんですから。

知らないでしょう?

『自分の婚約者がいつも失礼な事をしているみたいで申し訳ない。』

そう謝罪してきたのは他でもないバルトリ伯爵様ですわ。

また、ある日は責め立てるあなたの仲裁をして、わたくしを助けてくださったのも彼ですわ。」



話はまだ終わらない。終わらせない。



「皆様も心当たりがあるのではないでしょうか。ご令嬢方、ご婦人方は特に。

困った時にお力を貸してくださるのはいつも伯爵様です。

何が真実かは考えるまでもなく、皆様の心の中にあるのではありませんか?」



そこまで話を聞いた一同はようやく初めて、バルトリ伯爵の顔を見る。


彼の顔は今にも倒れそうなほど真っ青だった。

むしろなぜ今、目の前の人物は立っているのか、それが疑問なほどに生気を宿さぬ姿にようやく気付いたのだ。

何が真実かを。


一同は唖然とする。


誰もしゃべり出さない。しゃべり出せない。


そのうちにもう逃れられない、浮き彫りになった犯人は捕らえられ、舞台は終幕を迎えた。







私はすぐさま、バルトリ伯爵のもとへと駆け寄る。



「伯爵様! 大丈夫ですか? 解毒薬です。飲んでください。」



周囲にいた者が、伯爵にかけられた魔法を解除してもらい、私は解毒薬を口へ流し込む。



「ゴホ、ゴホ、ッ、ヴ」


「大丈夫ですか?」



ようやく話せるようになった伯爵はかすれた声で尋ねてくる。



「あり、がとう。でも、げ、どく、やくなんて、どうし、て?」


「あ、これは……先ほど宮廷魔法士団の方から頂きました。」


「ゴホ、ッゴホ……

 いや、ありがとう……」



少しかすれてはいたが、途切れ途切れではなくなった様子を見て、少し安心する。



「あの、私、ずっと伯爵様にお礼が言いたくて。

それならお礼じゃなくて、恩返しをしなさいって言ってくれた人がいて。

その人が今日のことに気づいてくれたんです。」


「そうか……改めて、ありがとう。『その人』にもお礼を言いたいのだが、誰だかわかるかい?」


「えっと、それはア――。いいえ、『ペイ・フォワーダー』と言う組織の方でした。」


「『ペイ・フォワーダー』かい?」


「はい。その方からは、『お礼はいらないから、恩返しをしたいと思ってる人に宣伝でもしておいて』とのことです。」


それは私が走り出していた時に言われたことだった。






『打算がないわけではないわ。


恩返しを手伝う組織を運営している身として、つじつま合わせがしたかったの。

だから、バルトリ伯爵にはお礼は不要と伝えて置いてちょうだい。


それでもしつこいようだったら、『ペイ・フォワーダー』、うちの組織の宣伝でもしておいてと伝えて頂戴。』






それに対して伯爵は納得いったようなそうでないような表情はしていたもののそれで話を終わらせた。



「恩返し……なるほど、ペイ・フォワードか。」



そうして、事態は落ち着き伯爵は病院へと運ばれていった。


私は最後、伯爵にこう告げた。



「あの、恩返しですので、私もお礼は必要ありません。

もうすぐ婚約する予定がありまして、その前に心残りがなくなってよかったです。

お元気で。」


「しかし……いや、わかった。改めて、ミルヴァ嬢、今回は本当にありがとう。」



その言葉が胸にしみわたり、キュッと心を締め付けた。

彼の背を見送り、私も帰路へつく。



――ありがとう、伯爵様。……好きでした。



そんな思いは胸にしまったまま、朝焼けが照らす空は新たな旅路を示していた。






◇ ◇



「ヴァロアめ、私を裏切りおったか。」



それは王宮でのことだった。



「陛下――」


「黙れ。」



対面する人物は苛立ちをあらわにしていた。


「それで、どういうことだ?」


「申し訳ありません。突如、何者かの邪魔が入ったようで……大変申し訳ありませんでした。」


「さっさと捕まえろ。わかっているな?」



我々、宮廷魔法士団は王家には逆らえない。

ただ、その指示通りに動くだけだ。

目の前の人物がいかにどんなに社会の腐敗の原因だったとしても、我々は正義の光になど、成れやしない……



「チッ……裏カジノがまた消えた……」



陛下の零した言葉を無視する以外にできることはなかった。



お詫び

投稿設定間違えました!遅くなり申し訳ありません。


<次回更新予定について>

同日 18:10よりE.p3公開予定

※なお、それにてプロローグとなります。


<作者より>

初めまして、あるいはこんにちは!!

一ノ瀬リマと申します。

プロローグE.p2をご覧いただいた皆様、ありがとうございました。


引き続き、上にも記させていただいた通り、今日の18:10にも更新予定ですので、もしよろしければ、目を通してみてください!


それから、もしよければ評価などお願いします。(お辞儀)


それではまた、次回の話でお会いできることを願っていますっ!

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