E.p3 真実の変奏曲
それはこの夜会の傍観者の一人であり、先ほどまでは確かにそこにいなかった令嬢のことだった。
彼女はあの騒動の最中、始まってすぐにこっそりと会場へ入り、たった一人端の方にある椅子に腰掛け、優雅にグラスを回していた。
名を、アリア・ヴェリティー・ヴィクト
カラン
そこはまるで落ち着きのあるバーのよう……
しかし、彼女がグラス越しに眺めているのは一人の令嬢が必死にとある伯爵をかばう姿だった。
眺める彼女の口元は……ただ静かに歪んでいた。
ああ、まるでおとぎ話のよう…
こんなことがあるのね、奇跡のような救出劇、ハッピーエンド
……なんて、ふっ
そんなわけないじゃない。
奇跡なんて今の貴族社会には存在しない。
なぜかって?
みんな自分の利益ばかりを優先して嘘ばかり。
そんなところで人を助けたところで、助けきれず、両者が落ちるだけよ。
そんなの誰が助けるかしら?
……そう、誰も助けない。
だから、これは私が仕組んだもの。
私がハッピーエンドになるように滑稽なシナリオを変えて差し上げたの。
悪を操り、その悪に正義を差し向けてね。
ここまで言えば、わかるでしょ?
レティシア・ノエミ・ルフェーヴルの復讐心を手のひらの上で転がし、そこへセレス・ウィネル・ミルヴァという正義を差し向けたのはすべて私。
ああ、でも、ここで勘違いしないで欲しいのだけど、私がその心を生み出したわけではないわ。
火のないところに煙は立たないっていうでしょう。
ちょっとその火に油を注いであげただけ。
私が関わろうと、関わらなかろうとその規模は違えど、起きていたという事実には変わりはなくて、変わったのは結末だけだろう。
もし私が関わっていなければ、この結末で正義が勝つことはなかった。
つまり、無理やり形にしたといえば、否定はできない。けれど、それは本来、在るべき形へ正しただけ。
だから私はこう思うの。
おとぎ話というのは正義が勝つように調節することだってね。もちろん、すべてがそうではないのはわかっているわ。
でも、みんなが夢見るおとぎ話は大抵そうじゃない?
たとえば、かの有名な『シンデレラ』だってそうよ。
彼女を取り巻く悪意が、彼女を『悲劇のヒロイン』として完成させた。
そう言えるけれど……
彼女が『ヒロイン』になったのは悪意を受けた瞬間じゃない。
彼女が救いを得た瞬間こそがシンデレラというヒロインを完成させた。
だから、もし魔法で救いを作り出さなければ、あの物語はハッピーエンドにならなかった。
正義ってね、脆くて弱くて、一歩間違えれば、それすら悪になったり、悪の後押しをしてしまったりするものだと思う。
だから、正義が常に勝つ世界を想像するのであれば、『シンデレラ』のような本当のおとぎ話を教科書にすべきなのかもね。
そう、うまくはいかないのが現実だけど。
何はともかく、今回の救出劇は私から言わせれば、おとぎ話のようではなくて、もはや、おとぎ話なのよ。
……そう、今はまだ、おとぎ話。
でも、それでは足りないわ。
おとぎ話のような優しく、正しい人が必ず救われるということが現実で自然と生み出されるようになってほしいの。
私はそれを『優しい社会』と呼ぶ。
私はどうしても優しい社会が作りたいの。
もちろん、誰もが優しさに包まれる世界はきっと難しい。
でも、それが諦める理由だとは思わない。
少しでも変えようとする心こそが世界を変える本質になり得る。
このままでは貴族社会は、この国は、遅かれ、早かれ滅びるわ。
疑惑や偽善を押し付けあって、誰も自分以外を信用していない。
それどころか自己利益のための平気で悪行に走り、そうした歪んだ人たちが結局は勝ち上がっていく。
これではちょっとやそっとの悪がいても、また同じようなものが現れた程度にしか思わず、それが大きくなるのを見逃してしまう。
そうなれば、この社会はいずれ、巨悪を作り出し、巨悪の隠れ蓑へとなってしまうかもしれない。
そのとき、対抗できる正義のないここではその巨悪に打ち勝つ手段はどこにもない。
だって、国を支配する者はみな、正義の光をもぎ取って、犯罪を黙認し、自己利益のために利用しているのだから。
このままでは、確実に滅びる。
今だって、すでに安定した治安とは言えないのだから。
だから、その前に制御可能な悪を用いて、巨悪の発生の恐れのある社会であることを気づかせる。
それがこの先、人々が生きていくために必要なこと。
それにね、私は思うのよ。
優しい世界はきっと美しい。
優しくあればきっと何も間違いなんて生まれない。
優しさこそが世界を変えるって。
こんな、醜い社会、見ていられない社会から誰もが笑い合える社会になれば……、いいえ、何でもないわ。
とにかく、優しさは余裕の表れ。
ね?
自分を覆う嘘の殻から飛び出た、偽らざる姿こそ、今の貴族社会には必要なのよ。
じゃあ、それと今日の夜会の救出劇を作り出したことに何の関連があるかって?
そうね……
この世はいつも大胆に区分してしまえば、悲劇と喜劇の連続でできていると言えると私は思う。
だから、些細な悲劇も喜劇も日常の一ページとして、結局は有象無象の埋もれたものになってしまう。
特に喜劇、輝かしいものほど一時の感情を掴むけれど、忘れられる速度もまたしかり。
逆に悲劇は人の心に、歴史に、刻まれやすいものになる。
でもそれは救いではない。
絶望をもたらし、社会を崩壊させうるもの。
優しい社会には遠いわね。
まあ、わかりやすく言えば、こうかしら?
ここ数日で嬉しかったことと、嫌だったこと悲しかったことを三つずつ挙げてみてください。
そんな問いがあったとする。
どうかしら?
大抵の人はなんだかんだ、嫌だったこと悲しかったことが先に思い浮かんだと思うわ。
すごく些細なことだったりするだろうけど。
その代わり嬉しかったことで思い浮かんだのって、そこそこ大きなものだったりしない?
つまり何が言いたいかと言うと、嬉しかったという感情は一時のもので、思い出しても、その事柄を思い出すだけで感情を思い出すのとは違う。
もちろん思い出して嬉しくなることもあるけれど、それってもう一度、その事柄を喜んだだけであって、あの時の感覚を思い出したわけじゃないと思うのよ。
でも、嫌なことって思い出したその瞬間から怒りや悲しみがすべて蘇ってくる。
ほら、悲劇の方が人は引きずりやすくできてる。
つまり、嫌悪や悲痛、恐怖や不安と言った人間の負の感情は残り続けるものであるということ。
その鉄則に乗っ取れば、私の行動はやはり矛盾している、と思うかもしれない。
けれど、言いたいのはそこではない。
ここで言いたいのはそれだけ喜劇というものが弱者であるということ。
どこまでいっても喜劇は簡単には人の心には残らない。
それでも優しい社会を作り出したい以上、喜劇を心に刻んでいかなければならない。
ところでさ、とても大きな悲劇の後に起こった喜劇って、どういう扱いになると思う?
悲劇が記憶されるけれど、付随して喜劇も思い出される。
つまり、セットにすれば、結果的に喜劇が思い出され、しかも喜劇になったということはその悲劇を救う答えだったということにならないかしら?
つまり、効果的に善行を示せる。
だって、誰も悲劇になんて遭いたくないから。
だから、夜会で一度、悲劇を生み出し、そこから喜劇を生み出した。
かわいそうだと思って同情したのに本当は嘘だった。
騙された、汚い手段だ。
そう思った人が多いはずよ。
これは嫌悪、負の感情の一つでしょう?
そして、結果的に平和に解決していても、今の社会では明日は我が身、そう捉えた人の方が多いでしょうね。だって、自分たち自身も同じようなことをやっている心当たりがあるから。
そして、変わり方を提示されていたら、人の心はそっちへ揺れ動く。
でも、残念なことにたった一回のことでは人は変らない。
ならば、繰り返せばいい。
ただし、ここでいう繰り返すというのはテンプレを作ればいいということじゃない。
事の回数が増えていくたびに事柄を大きくしていかなければいけない。
決して、人の心にパターンとして刻んではならないのよ。
もし、パターンと認識した瞬間、人は清くなろうと思うより先に抜け穴を探してしまうから。
でも、ここで問題がある。
悪は大きくしすぎれば、手に負えなくなるということ。
自然発生の悪ではそもそも大きくなれる上限があるし、仮にその上限を外してあげれば、手が付けられなくなる可能性を孕んだ爆弾になってしまう。
つまり、やり方を一歩間違えれば、巨悪を生み出してしまう可能性がある、というか、ほぼ確実に巨悪が生み出される。
これでは大失敗。社会を壊滅に追いやったのは私になってしまう。
ならば手っ取り早く自分が悪になればいい。
誰も疑いようのない悪になり、同時に正義の火を燃え上がらせる油になる。
大きな悲劇を生み出し、大きな喜劇へ変換する、これが最終目的
それでは、喜劇はどうやって作り出すのか。
結論から言えば、正義も悪も演じるなんて無理よ。
必ず綻びが生まれる。
だから、考えた。
ここからは完全に私の独自策になるけれど、別に自分が悪にも正義にもなる必要なんてないんじゃないかって思ったのよね。
――そんなことしなくても、悪も正義もすべて支配すればいい。――
全てが駒と化し、この国は劇場となる。
我ながらいい案だと思うの。
つまり、私がすればいいのって、正義の光を用意し、盤面を操るため、そして大きな事態へと変貌させるための最大悪を用意することだけ。
正義には恩返しという目的を持たせることにして、悪には社会が疑いようのない犯罪を犯させることにした。
ん?
ああ、結局、悪を操るための悪を用意してるじゃんって?
それは大丈夫。私には――
「ッ!!」
それは突然のことだった。
首筋に冷たいものが触れる。
周りを見渡せば、いつの間にか人は消え、会場には私一人になっていた。
正確には私と夜会には出席していないもう一人だけ。
「アリア君?
いつまでもここにいるのはおすすめできないねぇ。」
男は会場からの退出を求める為に刃物を差し向けてきたとでも言うのだろうか。
それは面白いことだと思いながら、返答する。
「刃物はしまいなさい。誰かに見られたら面倒だわ。
それと、あなたこそ、こんなところで私に構っている暇なんてあるのかしら?」
すると余裕そうな雰囲気でまるで物足りなとでも言うように告げてくる。
「大丈夫さ。私が出るまでもない幕だよ。」
私は過去の失敗をちち繰り返しておく。
「あら? 完全悪ではないと勘違いされてしまった人が何を言っているのかしら。」
「……それは悪いのは私じゃないしねぇ、勘弁してほしいところだよ。」
弾んでいるかのように思われた会話はここで一度、終わりを迎えた。
そっと一度、深呼吸をしたのち、男は再度、口を開いた。
「君はさ、何を考えているんだい?
君の言うことにはいつも説得力がある。でもそれは建前だけだ。中身は教えない。
本当は、何がしたいんだい?」
その言葉に返す言葉はなかった。
視線を泳がすこともないが、目を合わせることもなく、ただ遠くを眺めていた。
すると、男は先ほどまでの下からすくい上げられるよう構える程度の姿勢で私に返答を求めることを放棄したようだった。
次に言葉を紡いだ時のその態度は刺すような目つきが添えられていた。
「君が見たいのは優しい世界かい?」
私は冷静に落ち着いた声色だったはずだが、何よりも早く返答しただろう。
それに男はほんの少しだけ目を見開いたように見えたから、伝わってしまったかもしれない。
「優しい世界よ。それを疑うことは許さない。」
優しい世界がなければならないの。
私のため、これは私のための革命のはず。
私のためでなくてはいけない……
男はそんな私を細めで眺めていた。
◇ ◇
「なぜ助けた!」
それは男の声。
どうしてか、そこに居てはいけない人物がいた。
「おや? 助かりたくなかったですか?」
そう言う人物はどこまでも優雅でどこまでも狂気だった。
それだけで人を黙らせるような、不思議な引力の持ち主。
強気に出た男は言葉を詰まらせながら、返した。
「ッそれは!」
「落ち着いてくださいよぉ~。
かわいそうなあなたたちに教えて差し上げようと思って。
フードの人物に心当たりは?」
それは確かに助け出された二人の記憶に新しいものだった。
「それがなんだっていうのよ。」
女の方が尋ねる。
「あの人物、名をアリア・ヴェリテー・ヴィクトと言いまして……」
それはどこかで聞いたことのある貴族令嬢の名前だった。
二人が顔を見合わせ思案すること少し、その人物が誰かを思い出す。
「若き天才」
思い出したことに気づいたのと、口にしたのでは、口にした方が先だったかもしれない。
「そうそう、あの若き天才。
すべて、あの女のせいなんですよ。
だって、全部、あの女の仕組んだことだから。」
男とその隣の女の開いた口は塞がらない。
「人を弄んでいるんですよ。あの悪女は。」
その発言は二人にとって『まさか』の出来事だったのだろう。
しかし、徐々にその怒りは募っていく。
人を完全にはめる頭脳は確かに持っているはずだ、と思えたから。
まるで、あいつが居なければ、自分たちの勝利だったとでも言うようにその顔は歪んでいく。
「そんな! 全部、あいつの……許さないわ、あの女!」
「そうでしょう? 私たちと一緒に復讐をしましょうよ。」
そこで交わされたのは何か。
三人の影は三方から伸びたもので結ばれていた。
次回 未定(一週間後を目途にしております。)
こちらの設定ミスで度々、予定時間に公開できなかったこと申し訳ありませんでした。
<作者より>
こんにちは、あるいは初めまして!
一ノ瀬リマと申します。
ここからは章ごとに完成し次第出していく形になりますので、不定期更新と言う形にはなります。
一週間以内には第一章を出せたらなとは考えておりますが……中々、終わりません!!
それより伸びてしまったら、申し訳ありません。
気長に待っていただけると、うれしいです。
(完結させる気はとてつもなくあります)
そんなわけで、よろしければこれからもこの物語を最後まで一緒に見ていてくださると、幸いに思います。
それでは、また次の第一章でお会いいたしましょう。
さようなら~




