8 村長の娘の事情
二人の女の子をリグとカオンが追ったのを見て、モッシュとテオドールは村長に向き直る。
テオドールは軽い口調で村長を安心させるよう声をかけた。
「エルザちゃんのことはあの二人に任せてよ。必ず無事に連れ帰るからさ」
「重ね重ね申し訳ない……いつもは明るくて優しい子なんですが」
「いいよぉ、子どものすることだし。でもさ、もしかして何かあったの? さっきみたいなこと、どうも昼間にもあったみたいなんだよねぇ」
「そうだったのですね。エルザはあの子を傷付けてしまったでしょうか……」
「あーね。大人は別に気にしないけどポレットちゃんはわかんないや。ショックだったかもね!」
少々無神経なことを言うテオドールの腹を、モッシュが肘で小突いた。
世の中には事実だとしても言わなくていいことというものがある。
テオドールはその辺をあえて口にすることが多い。
案の定、村長は大きくため息を吐いてますます申し訳なさそうに頭を下げている。
ぎろりと睨んでくるモッシュに対し、テオドールは軽く舌を出してウインクをしてみせた。まったくもって反省していない。
申し訳なさそうにしながら村長は二人を家の中へと招き入れた。
そのまま椅子に座るよう促すと、自身も向かい側に腰を下ろして静かに語り始める。
「数日前、大きな地震があったでしょう? あれが魔女のせいだっていう噂が流れてきましてな」
「あったな。確か厄災の魔女が封印されている氷山が爆発した、とか。詳細は俺たちもまだ知らないが、そのせいで魔女が逃げたといった不安な噂をちらほら耳にしている」
「そうなんですよ。我々も噂を鵜呑みにしているわけではないんですがね、エルザは……あの子は、ちょうど地震があった時に熱で魘されていまして」
この辺りは氷山からは遠く離れた東にある大地だ。だというのにあの日の地震はかなり揺れたことをモッシュとテオドールもよく覚えている。
むしろそれが原因で付近の森から混乱した魔物が暴れていないか、それを見回るために町から森にきたのだ。
幸い、遠く離れていたからか被害はさほどなく、家の棚から物が落ちる程度のもの。森も見回った限りポレットを見つけた以外の異常は見られなかった。
ただ、氷山に近ければ近いほど被害は大きいことが予想される。いずれは復興のために傭兵に派遣要請がくるかもしれない。モッシュのチームも、いつでも駆け付けられるよう心構えはしておくつもりだった。
エルザの異常なまでの反応があの地震のせいだと聞き、幼さもあって仕方ないことだろうと二人は納得した。
「なかなかの高熱でしてね、一時は命の危機と言われていたのですが二日前にようやく回復したのです」
「それはよかった。だが、そんな不安定な時にあの地震が起きたとなればさぞ恐ろしかっただろう」
「ええ。恐らくそのせいでエルザは少し神経質になっているんです。悪夢を見るのか夜はよく魘されていましてね……その上、厄災の魔女の噂も耳にしてしまって。きっと怖いのでしょう」
不安をあおるような噂というものは広まるのも早い。その上、根も葉もない話が付け足されてより恐ろしい噂になっていたりするものだ。
それをまだ六歳の女の子が聞かされたというのなら、夢と現実の区別がつかず怯えるのも当然だ。
「そんな中、人とは違う真っ白な髪のポレットちゃんを見て、警戒したってところかな」
「おそらくは。だからといって、誰かを傷付けていいわけではありません。まだ六歳とはいえ、人の心はわかる年齢です。きちんと言って聞かせますから」
「いや、あまり叱らないでやってくれ。あの子の心に寄り添うことが大事だろう」
モッシュやテオドールも、エルザを責める気は最初からない。何か事情があるのだろうと最初から思っていたからだ。
「そう言っていただけてありがたい限りです。傭兵の中にも、君たちのような人格者がいるんですねぇ……あ、いや、これは失礼なことを」
「気にしないでくれ。いろんなヤツがいるのは確かだからな。俺たちも別に人格者というわけではない。このデリカシーのない男を見ればわかるだろう?」
「ちょっと、それ僕のこと言ってる?」
「お前意外いないだろう」
二人の軽口を聞いて、村長はやっと少しだけ笑った。
「我々のことは気にしないでくれ。野営は慣れているからな」
「そーそー。村長はまず自分の娘を大事にすべきだよ」
こんな事情を聞かされては無理に泊めてくれとも言えない。
二人の気さくな態度を見て、村長は改めて深々と頭を下げた。
◇
エルザを追いかけるポレットを追いながら、リグは少し意外に思っていた。
(ポレットが自主的に動いたの、初めてだ)
出会ってからこれまでずっとポレットは良い子だった。というより全てされるがままで、自分の意思というものを一切出さなかったのだ。
今は慣れてきたのかそこまでではないが、少し前まではパン一つ食べるだけでも許可を出さないと食べようとせず、こちらが何かしようという提案には全て大人しく従っていた。
聞き分けのいい子、とは思わない。
むしろずっと心配だった。子どもというのはもっとワガママを言うものではないのか、と。
(ポレットが何をしたいのか知りたい。やりたいようにやらせてあげたい)
今も追いかけてはいるが、その行く末をギリギリまで見守るつもりだ。
村の外れまで来たところで、エルザが躓いて盛大に転んでしまった。
あの転び方だといろんな個所を擦りむいているかもしれないと思い、リグはカオンと顔を見合わせると互いに頷き合う。
さすがに怪我をしているのを放ってはおけないからだ。
しかしエルザは、ポレットはもちろんリグとカオンが近付くのも拒否した。
「いやぁっ、来ないでっ!」
エルザの事情を知らないリグとカオンは、あまりにも震えるエルザにそれ以上近付くことができない。
しかしポレットは、ゆっくりと一歩を踏み出す。
後ろから見ていたリグにはポレットの表情はわからなかったが、何か決意のようなものを感じた気がした。
エルザの怪我は心配だが、今一度リグは二人を見守ることを決めた。
「あんた、魔女でしょ!」
「えっ?」
しかしエルザから飛び出した予想外の言葉には、うっかり声を漏らしてしまう。
「しらばっくれないで! わかってるんだから。あんたはあたしを殺しにきたんだ!!」
ここでようやく、エルザは数日前に起きた地震と魔女の噂に怯えているのだということを理解した。
(あの子は、ただ怖がっていたんだ……)
とはいえパニックを起こすエルザにどう接すればいいのかわからず、リグとカオンは困り果ててまたしても顔を見合わせてしまった。




