9 初めてのお友達
エルザの気持ちはよくわかったが、それはそれとしてポレットを指さして魔女と罵るのはどうかと思う。
たしかにポレットは白髪で、瞳の色も独特だ。
少し人とは少し違った容姿だが、小さくて弱い女の子なのだ。
外見だけで魔女呼ばわりされるのはあまりにもかわいそうだった。
「魔法が使えるんでしょ? だったらひと思いに殺しなさいよ! 走って追いかけて、怖がらせるなんて卑怯だわっ!」
エルザは完全にポレットを魔女だと思い込んでいるようで、怯えからかずっとポレットを責め続けている。
当の本人はわかっているのかいないのか、ただじっと佇んだままだ。
見守ろうと決めたリグだったが、さすがにこのまま放っておくことも出来ないと判断し、一度エルザに冷静になってもらうために声をかけた。
「あの、ごめん。少しだけいい? 君はポレットが魔女だって思ってるの? どうして?」
「どうしてって……見ればわかるじゃない」
やはり見た目で判断しているらしく、エルザは当たり前だと言わんばかりにフンと鼻を鳴らす。
態度は変わらないが、一応こちらの話を聞く姿勢を見せてくれたことにリグは少しホッとした。
「うーん。でもさ、ポレットは魔法を使えないと思うよ? 少なくとも俺は見たことない」
「え……? で、でも」
「それにポレットはまだなにも言ってないよ。動こうともしてない。ポレットはさ、話すのが難しいみたいなんだけど……よく見てみて? 危害を加えるように見えるかな……?」
リグは出来る限り穏やかな声色を意識して問いかける。これは普段のカオンを見習ったのだが、それがうまくいったのかエルザは黙ってポレットに視線を移した。
今のエルザが何を思っているのかまではわからないが、ただ無言でポレットを観察する彼女の様子はさっきまでとは違い、少し落ち着いてたように見えた。
しばらくして、先にポレットが動く。
ポケットの中からカオンが先ほど買ってきてくれたばかりの新しいハンカチを取り出すと、そっとエルザに差し出したのだ。
「ハンカチ……それ、新しいんじゃないの?」
エルザは静かにそう言ったが、ポレットは少しだけ彼女に近付きさらにハンカチを差し出し続けた。
膝を擦りむいて血が滲んでいるエルザのことを、痛ましげに見つめながら。
「なんであんたが泣きそうな顔するの……」
くしゃりと顔を歪ませたエルザは、ポレットから視線を外すとそのままハンカチを受け取った。
それから怪我をした膝にキュッと結びながら、誰にも聞こえないほどの小さな声で「ありがと」と呟く。
耳の良いリグには聞こえてしまったのだが、ポレットにも聞こえているといいなとリグは思った。
「エルザちゃん。村長が心配していますよ」
「……うん」
頃合いを見計らってカオンが手を差し伸べると、エルザは素直にその手を取って立ち上がってくれた。どうやら落ち着いてくれたようだ。
「歩けますか? それとも抱き上げましょうか」
「あ、歩ける!」
エルザはツンツンしながらそう言うと、カオンを引っ張るようにリグとポレットの前をずんずん歩いて通り過ぎた。
……が、少し先で立ち止まると振り返り、視線を逸らしながら口を開く。
「ごめん、なさい……」
今度はちゃんと聞き取れる大きさの声で告げられた謝罪の言葉に、リグとポレットは思わず顔を見合わせた。
驚いた様子のポレットだったが、その口元には嬉しそうな笑みが見て取れ、リグもまた安心したように微笑んだ。
村長宅に四人揃って帰宅すると、その様子を見ただけで和解したらしいことがわかったのだろう、村長もモッシュも安堵の表情を浮かべていた。
「はーい、これで元通り! どう? もう痛くないでしょー?」
「……うん。ありがと」
「どーいたしまして!」
エルザの膝の怪我は、テオドールがあっという間に治してしまった。
治療の魔法は難しいはずなのに、彼は軽い調子で治してしまう。これで性格さえ良ければと思わずにはいられない腕前だ。
ひと段落がついたところで、村長が笑みを浮かべながら問いかけた。
「さて、エルザ。今日は彼らをうちに泊めてもいいかな?」
「べつに、泊まっていってもいいけど。でも今日だけよ! 明日になったら出ていくんでしょ!?」
すでにポレットを魔女だとは思っていないようだが、相変わらずの態度だ。
けれど言葉には気遣いと反省が滲んでいる。大人たちは揃って小さく笑った。
「素直じゃないねぇ、エルザちゃんは」
「あのくらい元気なほうがいい。怯えるよりずっとな」
テオドールとモッシュはエルザを見ながら愉快そうに言葉を交わす。
一時はどうなるかと思われたが、その日リグたちは村長の家でゆっくりと体を休めることが出来た。
それもこれもポレットが頑張ったおかげだ。
リグは疲れ果ててベッドでスヤスヤ眠るポレットの頭を撫でると、自身も毛布に包まって目を閉じた。
◇
翌朝、リグたちは約束通り町に向かう役人二人と子どもたちを護衛するため村を出立した。
村長の家を出る時、エルザが姿を現さなかったことからポレットは少々元気がなかったのだが、村を出る直前になって彼女はやってきた。
息を切らしながら走ってくるエルザを見て、ポレットも駆け寄っていく。
「はぁっ、はぁっ、あんた、字くらいは、書けるようになりなさい!」
エルザは手に手紙を持っていた。どうやらポレットに向けて書いたらしい。
それを見てリグはとても驚いた。
「え、エルザはもう書けるのか? まだ六歳なのにすごいね」
「ふん、簡単よ」
リグが字を覚えたのはもっとずっと後だったと記憶している。特に村に住む者は読めても書けないという大人もいるくらいなのだ。
六歳で手紙まで書けるというのはとても早い。エルザはしっかりしていると思っていたが、頭も良いようだった。
「いい? ちゃんと練習するのよ? それであたしに手紙を出しなさい。ちゃんと書けてるか見てあげるから!」
まったくもって素直ではない。要は、これからも手紙でやり取りを続けたい、関係を終わらせたくないと言っているのだろう。
これにはリグだけでなくモッシュもテオドールもカオンも吹き出して笑ってしまった。
声を上げたのはテオドールだ。彼はサッと魔杖を振ると真っ白な鳩を召喚する。
「あはは、それじゃあ手紙が書けたら僕の使い魔に持っていかせるよ」
「使い魔? あなた、意外とすごいのね」
「でしょお? もっと褒めてくれてもいいんだよ?」
「ふん」
「冷たぁい!」
これでいつでもポレットはエルザに手紙が出せるし、エルザも返事を書いて寄越せるようになった。
こういう時、テオドールは本当に良い仕事をする。
「友達が出来て、よかったな」
リグはポレットを見下ろし、頭を撫でながら告げる。
ポレットはエルザからもらった手紙を大事そうに胸に抱きかかえると、嬉しそうにリグを見上げて笑った。




