76 嫌われてしまった保護者たち
真っ先に我に返ったのはモッシュだ。
「陛下、ご無事ですか」
「うむ。問題ない、が……ははっ、全員みっともない姿になってしまったな」
国王の軽い笑い声のおかげで、ようやく全員がほぅと安堵の息を漏らす。
実際、風がすごかっただけで他に危険はなかった。ここに国王がいなければ、全員で笑い転げていたであろう出来事だったのだ。
「……ポレット、だめ、だった?」
「いえ、少し驚いただけですよ。気にしなくて大丈夫です」
「えと。ごめん、さい?」
「わっはっは! 良い子だのう。そなたは何も悪くないが、謝罪の言葉は受け取ろう」
国王がさらに声を上げて笑ってくれたことで、今度こそ緊張していた場の雰囲気が緩和された。
きっと意図したことだろうとわかる程度には、リグも色々と察せるようになってきている。
雰囲気は良くなったとはいえ、起きた現象については考えなくてはならない。
魔法使いが一度こほんと咳をすると、皆が彼に注目した。
「先ほどの風の威力でおわかりいただけたかと思いますが、妹様の魔力量はとんでもないことになっていますね。ただ、それ以上に魔力の質が少し……」
魔力の質、と聞いてリグの肩がピクリと揺れる。
厄災の魔女と同じだというのだろうか、ポレットがそうだと言われてしまうのだろうか、という緊張感が走った。
「厄災の魔女のものとは違う、と思います。ただまったく違うかと言われると……」
「はっきりせぬな」
「申し訳ありません。この違和感をうまく説明できないのです。次の検査に移らせていただきますね」
よくはわからないが、今のところポレットが厄災の魔女だと断定されることはなさそうだ。それでも、何か違和感を見つけられてしまったらしいことはわかる。
(まだ、油断は出来ないな……)
リグはギュッと拳を作り、引き続き気を引き締めた。
魔力についてもう少し詳しい検査をするため、今度は採血をするという。
魔女検査の時にしたものより少し多く採るとのことで、今回は注射器が用意されていた。
リグは慌ててポレットのほうに振り返る。痛いことはない、と信じきっていたポレットは、案の定すでに涙目であった。
「ちくっ、するの? いたい? いたい?」
「うっ、その。えっと……少しだけ」
「うぅぅぅぅ」
大きな目に涙がみるみるうちに溜まっていき、今にも零れ落ちそうだ。
リグはポレットを抱き上げた。
「ポレット、俺と一緒に針を刺そう。一緒ならきっと怖くないぞ」
「うぅ、やだよぉ……ふぇ」
やはり針は怖いらしい。リグの抱っこ程度では泣き止んでくれそうになかった。
小さな体を縮こませて震えるポレットを抱きしめてあやしていると、魔法使いがとても言いにくそうに口を開く。
「あの、その。採血は、二回行う必要が、あってですね……」
「うわ……」
なんでも、魔法を使わない状態と使っている時の状態を比べるために二回採る必要があるのだという。
リグは天を仰いでふぅと一つ息を吐くと、モッシュと目配せをした。
モッシュが頷いたのに合わせてリグも頷くと、ポレットの頭を撫でながら無慈悲に告げる。
「ポレット。頑張ろうな……」
「いやぁぁぁぁ!!」
結局、泣き叫ぶポレットを押さえつけるような形で採血は行われた。
暴れると余計に危ないので、二回目はモッシュと協力して押さえたほどだ。
こんなにも小さいのに二人がかりになるとは。
幼児とはいえ、本気で暴れた時の力は侮れない、とリグは初めて思い知った。
「え、ええと。血液検査の結果が出るには、少しだけ時間がかかります。それまでに他の検査を済ませてしまいましょう。いえ……小休憩でしょうか」
「そう、だな。陛下、申し訳ありませんが少しお時間をいただけますか」
「構わぬ。幼い子どもには辛かろう。どれ、美味い菓子とお茶を出してやろうな」
無理やり注射をされた、ということでポレットに嫌われてしまったモッシュとリグは、何とも言えない気持ちでポレットに視線を向ける。
部屋の隅っこで背を向け、いまだぐすぐすと鼻をすすりながら座るその姿はなんとも可愛ら……かわいそうだ。
ポレットは甘い物が大好きなため、国王の気遣いに感謝した。
今回の血液を使った検査は、魔女検査をした時よりもかなり細かく成分を調べるという。そのため半日ほどの時間を要するそうだ。
(それだけの時間があれば、ポレットも機嫌を直してくれるかな……?)
向かい側の席、なぜか恐れ多くも国王の膝の上に座ってお菓子を食べるポレットに視線を向ける。
それに気付いたのかポレットがチラッとこちらを見たが、すぐにプイッと顔を背けられてしまった。まだまだ時間がかかりそうである。
「おーさま、あと、どのくらい?」
「そうじゃなぁ……」
こうして見ると祖父と孫のようでほっこりとした絵面なのだが、祖父役が国王だと胃が痛む思いだ。
だが、ポレットが懐くほど国王の人柄が良いことがわかる。願わくば、最悪の結果が出たとしても変わらずにいてくれたらと思うものだが。
(立場上、そういうわけにもいかないよな)
もしそのような結果になった時、国王は胸中さえ悟らせずに迷うことなく非情な判断を下せてしまうのだろう。
穏やかな休憩時間であればあるほど、心が痛む。
今日という日は、リグの人生で最も長い一日になりそうだった。




