70 首の皮一枚
魔法使いたちが一斉に戦闘態勢を取った。
もちろん、リグたちも瞬時にポレットを守るべく態勢を整えている。
「やはりその子は、厄災の魔女なのだな!?」
「違う! ポレットは、ポレットだ!」
「引き渡せ! さもないと……」
「さもないと、何?」
ぎゅっとポレットを抱きしめながらリグが言い返すと、テオドールの低い声が響いた。
味方であるはずのリグでさえ、背筋が凍るほどの。
「国ってのは闇を抱えてるもんだよ。ねぇ、君たちは知らないでしょ? 厄災の魔女が本当はどんな人物だったか」
魔杖を手に取り、肩をトントン叩きながら部屋をゆっくり歩きまわるテオドールは、優しくも有無を言わさぬ声色で語り続けている。
(もしかして、ディザの事情を話すつもりか?)
少し焦ったリグだが、今はテオドールに任せたほうがいい。
この状況を打破するため、必要であるなら話したほうがいいこともあるのだ。
「一部の悪ーい貴族たちの悪ーい出来事ってさ、隠蔽するのが常だよね。そのためにはなんの罪もないたった一人の人間を平気で犠牲にするんだ。そういうところ、僕、大嫌い」
ざわっ、と空気が揺れる。
誰もがピクリとも身体を動かせない状況が続いた。
「優秀な魔法使いを敵に回すと厄災になる。君たちは歴史から学ぶべきだったね。なぁ……僕も厄災になってやろうか」
ゴォッという音と共に、テオドールの魔力が放出される。
部屋にあったテーブルやイスが吹き飛び、窓ガラスが割れ、壁や天井にヒビが入った。
(っ、テオドールが本気を出したら、氷山の一角だって吹き飛びそうだ。厄災の魔女が、したように……!)
リグはポレットを守るように身体を縮こませるので精一杯だったが、カオンとモッシュが暴走するテオドールを難なく止めてくれた。
二人は両サイドからテオドールの肩を叩き、ただじっと見つめただけ。きっと、テオドールがこれ以上は手出ししないとわかっていたのだろう。
これまでチームとして組んできたからこそ、出来ることでもあった。
テオドールは長く深い息を吐くと、ゆっくりと顔を上げる。
先ほどまでの恐ろしい気配は消え、いつもの調子に戻っていた。
とはいえ、たった今とんでもない魔力に中てられたばかり。
誰もが彼に対し怯えた目を向けている。
(複雑だけど……あの時みたいに、対象を自分に変えてくれたんだ)
それまではポレットを恐ろしいものだという扱いをしていたのが、今は対象がテオドールになっている。
やはりテオドールは、しっかりとポレットの師匠なのだ。
「仕方ないから少しだけ教えてあげるよ。この子ね、ポレットちゃん。隠してたけどさ、本当は厄災の魔女の影響を受けてるよ。驚くべきことに、彼女の記憶を受け取っているんだ」
「なっ」
「貴重な歴史的財産だよ。でもポレット自身には魔女の記憶がない。本人だと断定は出来ないからね」
「や、やはりその子は……!」
「はい、それー」
テオドールがビシッと指差したことで、口を挟んだ魔法使いがビクッと肩を震わせた。
「有無を言わさず魔女だと断定してさ、この子を乱暴に扱う気だったんじゃないの? 乱暴にしないまでも、拘束して閉じ込めて……尋問して怖がらせたり寂しがらせたりしたでしょ。だから隠していたんだよ。ねぇ、本当に見てわからない? ポレットちゃんは普通の、幼い女の子なんだってこと」
怯えた様子の魔法使いたちが揃ってポレットに視線を向けた。
その目はいまだ疑わしいと言わんばかりであったが、気を失ってぐったりしている幼い女の子を見て、その勢いが少しだけ削がれた様子だ。
厄災の魔女と聞くと、誰だって警戒する。
しかし目の前にいるのは、か弱くて幼い、まだ世間知らずの女の子なのだ。
「たしかにポレットちゃんは魔女に影響を与えられている貴重な人材だ。でもね、同時に陛下のお気に入りでもある元近衛兵のモッシュが保護者であり、この僕の大切な弟子なんだよ。……扱いには気をつけたほうがいい」
再び不穏な空気を漂わせながらそう言うテオドールに、今度はモッシュが口を挟んだ。
「ポレットの膨大な魔力については、正直こちらとしても心配な部分がある。身体の小ささに対して潜在魔力があまりにも多すぎるからな。専門機関で調べて、安全を確保するためなら俺たちも協力する」
「そーそー。最初から魔女だと、排除対象だと決めつけるような態度をとるのが気に入らないだけー。そういうのが続くなら、僕らはまとめて他国へ移住するからね」
恐らく、協力するというのが落としどころなのだろう。ここで何が何でも拒否すればいいというものではないということくらい、リグにもわかった。
どんな検査をするのか、その結果ポレットがどうなるのか、まだ何もわからない。
だが、どうにか首の皮一枚で繋がったようだ。
「俺は、みんなでいられるならこの国じゃなくてもいいよ。きっとポレットも……そう言うと思う」
「ええ、そうですね、リグ。私もどこまでも付き合いますよ」
「と、いうわけだ。こちらはいつでも国を出る準備ができている。一度、話を持ち帰って上と相談してくるといい」
「あ! それと、そこの肥えた勘違い貴族みたいなのは二度と連れて来ないでよね」
それぞれが言いたい放題だ。もはやヤケになっている気がしないでもない。
だが、そんな仲間たちが心強い。リグは改めて、みんなの仲間で良かったと思った。




