67 くだらない言い争いの発展
「……そこのみすぼらしい娘が例の? なんだその髪の色は、気持ち悪い」
身なりのいい貴族らしき男が第一声に放った言葉を理解するのに、数秒ほどを要した。
これまで、ポレットの存在自体を邪魔だと思われることはあったが、こんなにもあからさまな悪意に満ちた言葉をかけられたのは初めてだからだ。
(っ、ポレットは! 世界一可愛いだろうがっ!!)
リグは今にも殴りかかりたい気持ちでいっぱいだったが、きちんと耐えた。少し前の自分だったら、無謀にも拳を振りかぶっていたところだっただろう。
だが今、それは出来ない。リグにぴったりとくっついて離れないポレットがいるからだ。
それに、自分の行動一つでポレットの立場が悪くなるようなことは出来ない。
どれほど悔しかろうと、貴族に逆らってはダメだ。
ただでさえ、平民というだけで絶対的に損をするのだから。
ピリッとした空気を最初に破ってくれたのはモッシュだ。
「失礼ですが、貴方様は……?」
「口を開くな、平民風情が!」
どこまでも冷静に告げた言葉ですら、聞く耳を持たない有様だ。
リグの中で怒りと不満が膨れ上がっていく。それでも我慢出来ているのは、より強く抱きしめてくるポレットの温もりがあるからだった。
(っ、大丈夫。俺は一人じゃない。悔しいのだって、俺だけじゃないはず)
実際それはその通りで、さすがに許容できなかったのかカオンが一歩前に出た。
「口が過ぎますよ、グレゴリオ殿」
「ふん、ライスナーの倅か。落ちぶれたほうの」
「ええ。おっしゃる通り私は落ちぶれておりますので、きちんと説明していただかないと何もわからないのです。まさか、貴殿ほどのお方から罵倒程度しか出てこないなんてことはありますまい」
「この……っ」
カオンが怖い。誰もがそう思ったことだろう。
笑顔を崩さず流暢に嫌味を言ってのけた。
もっと恐ろしいのは、たとえグレゴリオが激昂して襲い掛かったとしても、カオンに掠りすら出来ないほどの実力があることだ。
しかし、今日は話を聞きに来ているのであって戦をしにきているわけではない。
このままでは収拾がつかないと判断したのか、面倒だと判断したのか、リグたちを連れれきたミリューが口を開いた。
「そこまででしてよ、グレゴリオ卿。貴方、勘違いしていますわ」
「はぁ? 勘違いだぁ?」
「これだから頭の弱い貴族って嫌ですの。見てくれだけで人を判断するのですもの。ご自分の首を絞める結果となりましてよ」
「女が偉そうな口を利くな。ああ、何か? そこの男共は全員お手付きか?」
「やだ、下品」
ミリューはそちらの手の者ではなかったのか、とリグは思ったが、どうやらそうでもないらしい。
彼女は軽蔑の眼差しでグレゴリオを見ているし、ひょっとすると依頼人と依頼主程度の仲なのかもしれない。
そう考えると、決して味方ではないことはわかっているがほんの少しだけ心強い気もした。
「ミリュー、君って意外といいところもあるんだねぇ。僕らを庇ってくれたのぉ?」
「勘違いが得意なようね、テオドール。下品なブ男が大嫌いなだけよ」
ただし、歯に衣着せない物言いがテオドールと同じで、なぜかこちらがヒヤヒヤしてしまう。
喧嘩や腹の探り合いは別でやってほしいとリグは心から思った。
「わかった、わかった。ねー、そこの偉そうな人。僕らは低俗でみすぼらしい最底辺の傭兵風情でいいからさぁ、さっさと話を進めてくんない? 早く復興作業を手伝いに行きたいんだけどー」
「貴様らは呼んでないだろうが! さっさと行けばいい!」
「チームメイトが呼ばれたんだから来ないわけにはいかないでしょ。そんなこともわかんないの? 偉そうな人なのに」
今日もテオドールは絶好調である。
意外だったのは、グレゴリオはテオドールにだけはそれ以上言い返してこないところだ。
さすがに国がどうにか引き留めたがっているほどの天才魔法使いが相手だと、分が悪いことをわかっているのだ。
相手の立場によってあからさまに態度を変える。そういった貴族が実は多いと聞いてはいたが、あまりにもわかりやすくて怒りより呆れてくる思いだ。
そのわかりやすいグレゴリオは、苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべながらようやく要件を口にした。
「……その娘に厄災の魔女の嫌疑がかけられている。精密検査をしてやるからさっさと引き渡せ」
しかし態度は相変わらず上から目線で、リグはいちいち鼻につく言い方をしないと死ぬ病でも患っているのだろう、と考えることにした。
「そもそも、なぜ娘だけを連れてこんのだ。汚らわしい傭兵などに城門をくぐらせるんじゃない。こっちが汚れてしまう」
「へー、汚らわしいものの近くにいるだけで汚れちゃうんだ。底が浅いから水もすぐ汚れちゃうってことー?」
「テオドール、話が進まないから少し黙ってろ……」
「黙るのはお前だ! 平民の発言は許しておらん!!」
モッシュが少し口を開いただけでこれだ。もはや怒りも湧いてこないとリグが思いかけた時、急激に室温が下がるのを感じた。
ふと見回すと、周囲に霜がおりている。
(えっ、霜!?)
ハッと顔を上げると、テオドールが魔杖を出して男の足元を魔法で凍らせていることに気付いた。
隣ではミリューがそれ以上の進行を防いでいるのか、魔法陣が二つ浮かんでいた。
それからワンテンポ遅れて相手側の魔法使いや護衛兵たちが杖や剣を抜き、テオドールに向けている。
室内には、一触即発の空気が流れていた。




