66 いざ王城へ
ミリューはかなり癖のある女性だったが融通はきくらしく、リグたちが朝食を食べ終えるまで待っていてくれた。
当然かのように自分も一緒に注文し、食事をしているという点で、自分も食べたかっただけかもしれないという可能性は高いが。
「ん~~~、美味しいわね! ルームサービスってこんなに質が良いんだ。知らなかったわ~」
「ねぇ、図々しすぎない?」
「あら、別に空腹のまま王城に連れて行ってもよかったのよ?」
「ミリューが食べたかっただけでしょ!」
テオドールとのやり取りはまるで気心の知れた昔馴染みのようだ。
実際、若い頃からの知り合いらしいのでその通りなのだろうが、初めてキスした相手だと聞いたのもあってリグには不思議でならない。
(気まずいとか、そういうのはないのかな……?)
常々、魔法使いというのは特殊だと思ってはいたが……リグは深く考えるのを止めた。
「時間をくれるというのなら安いものですよ。食べ盛りのポレットやリグにお腹を空かせるような思いはさせたくありませんでしたし」
「なんかごめんな、カオン。昨日もいっぱい食べちゃったし」
「いいのですよ。本当に大した金額ではありませんから。金遣いの荒い馬鹿共はこの奥ゆかしさを見習えばいいのに」
やや暗いカオンの一面を垣間見て、リグはこちらもそれ以上考えるのを止めた。
ごたごたはあったものの、リグたちはしっかり準備を整えてから王城へ向かえた。
心構えなんてものは出来る気がしないが、急に連れて行かれて大混乱という事態だけは避けられたはずだ。
馬車に揺られてすぐ目的地に到着するも、リグは実感がいまだに湧かないでいる。
「……でけぇ」
王城の前で下ろされるかと思いきや、どうやら中まで馬車で向かうようだ。
減速した馬車の窓から見える王城は、端が見えないほど大きく、神聖な場所に見える。おかげで小さな子どものような感想だけが口をついて出てきてしまった。
(今さらながら、城に来るなんてとんでもないことだよな……)
周りがすごい人ばかりで麻痺しがちだが、リグのような普通の少年が入城することなんてまずあり得ない。
あまりにも場違い。しかもこんな薄汚れた格好でいたらつまみ出されるのではなかろうか。
もじもじし始めたリグに何かを察したのか、カオンがフォローの言葉をかけてくれる。
「大丈夫ですよ、リグ。一人ではないのですから」
「カオン……でもさ、俺、なんかみすぼらしく見えないか?」
着古されたシャツとズボンは、何度も洗って着ているせいでよれよれだ。ところどころ、汚れが落ち切っていないところすらある。
突然呼び出された平民なんてこんなものだと思いつつも、いざ王城を前にすると本当にいいのかと縮こまってしまうのだ。
そんなリグに、カオンはクスッと笑って軽く両手を広げてみせた。
「傭兵なんてみんなそんなものですよ。よく見てください。私も、モッシュやテオドールだって、長旅で草臥れた旅装ですよ」
「……たしかに。この中で一番ポレットが綺麗な服着てる」
「ポレットは女の子ですからね。着飾るに越したことはありません」
「それはもちろん! 可愛いし!」
しかもポレットは比較的新しい服を着用している。どこから見つけてくるのかカオンが質のいい、それでいてお値打ちで手に入れられる古着を調達してくれるおかげだった。
「ポレットが可愛ければそれでいっか」
「ええ。私たちは引き立て役です。それにもし文句があるならそちらで服を用意しろと主張すればいいのですよ」
「そ、それはさすがに……! ってかそんなこと言い出せるのカオンくらいだよ」
もちろん、カオンだって本気ではないだろう。……恐らく。
ただ、おかげでずいぶん肩の力が抜けたように思う。リグは己の情けなさに落ち込むと同時に、カオンに感謝した。
◇
王城内は広く、リグたちは案内されるままに奥へと進む。
広い煌びやかな廊下を通り、中庭に面した外廊下を渡り、別棟に入ってさらに進んだところで応接室らしき部屋へと通された。
簡素な作りの部屋ながら、置いてある家具は一目で高級品とわかる。
革製のソファーは滑りやすく、リグは初めての座り心地に落ち着かなかった。
「お、俺も立ってたほうが……」
「リグとモッシュはポレットの保護者ですから。私とテオドールは付き添いなので立っていますけどね」
「変わってあげたいのは山々なんだけどねー。ミリューがどうしても隣に立ちたいって言うから、痛っ、ちょ、耳を引っ張るのはやめてよぉ」
「減らず口にはこうするのが効果的なのよ。いいから大人しく立ってて。あんたほどの魔法使いからこのあたしが離れるわけないでしょ」
どうやらテオドールは要注意人物らしい。気持ちはわかる。
よく見ると、カオンの近くにも屈強な兵士が二人もぴったり張り付いている。カオンはニコニコしているが、きっと自分も警戒されていることがわかっているのだろう。
カオンもとんでもなく強い剣士だ。武器を入り口で預けてしまったとはいえ、その戦闘能力を無視は出来ないのだろう。
実際、武器などなくてもカオンは恐ろしく強い。本気を出せばそこの兵士二人くらい簡単に倒せてしまうくらいに。
「来たようだ」
モッシュの静かな声にハッと姿勢を伸ばす。
応接室のドアが開かれ、何やら身分の高そうな男と魔法使い数人が入室してきた。
リグはモッシュに合わせて慌てて立ち上がると、隣でずっとしがみついたままのポレットのこともゆっくりと立たせてやった。
(緊張しているみたいだ。無理もないよな。俺だってこんな有様だし)
馬車に乗ってからというもの、ポレットは一言も発さないでずっと緊張状態だ。
そのことに心配を覚えつつ、リグはしっかり顔を上げて前を向いた。




