64 かつての同僚
窓の外の女性、恐らく魔法使いだろう彼女とテオドールの間には一触即発の雰囲気が漂っている。
(二人とも穏やかに微笑んでるのに、寒気がやばい)
リグは自然とポレットを守るように背中に隠しながら内心で冷や汗を流していた。
そんなリグを守るように、モッシュとカオンがさり気なく前に出てくれている。
普段なら自分じゃ頼りないのかと落ち込むところだが、圧倒的強者を前にした今、みんなの存在は凄まじく頼もしい。
「だ、誰なんだ……?」
「魔法省の魔法使いですよ。テオドールの元同僚ですね。魔法の腕はかなりのものだと聞いています」
小声でリグが呟くと、視線を女性から離すことなくカオンが同じく小声で教えてくれた。
それはテオドールとどちらが強いのだろうか。漂う雰囲気からしてとんでもなく強い魔法使いということだけはわかる。
リグはポレットの手を握る力を少し強めた。
「やぁ、ミリュー。久しぶりだねぇ。夜に窓からの訪問だなんて、情熱的すぎない?」
「あら、男女の逢瀬は夜が一番じゃない。内緒話も、ね」
「二人きりなら良かったんだけどー。で? 内緒話をこっそり聞きに来たの? 君はミステリアスな男が好きじゃなかったっけ」
「ふふ、まぁね。でも隠しごとって暴く時が一番楽しいのよ。知っているでしょう?」
会話を聞いただけでわかる。
間違いなくテオドールと同類の人間だ、と。
ミリューと呼ばれた女性はふわりと窓から室内に入ると、テオドールに一気に近付いた。
テオドールの張っていた結界をあまりにも綺麗に破壊したため、いつ魔法を使ったのかさえリグにはわからない。
(やっぱりこの人、すごく強い……)
ミリューはテオドールの胸にしなだれかかり、甘えたような声を出す。
なんだか見てはいけないもののような気がして、リグはポレットと一緒にくるっと後ろを向いた。
「ねぇ、教えてくれないの? こーんなに強固な結界まで張って何をお喋りしていたのかしら。……その子について、だったりして」
「えー? 子どもの話だったらここまで隠さないよー。僕らは傭兵のチームなんだから、仕事の話に決まってるでしょ。これでも口は堅いんだ」
「相変わらず息をするように嘘を吐くのね。私に隠しごとなんてつれないわ。キスした仲じゃない。それも、初めての」
「僕にとっては、ね。君は違うんでしょ? あれはショックだったなー」
そういえばポレットの名前を考えた時にそのような話を聞いた覚えがある。あの時の名前はたしか「ミリュー」だった。
別に思い出したくもないことを思い出してしまい、リグはややげんなりした。
「まぁいいわ。どのみちその子は連れて行くから」
「なっ」
しかし、続けられたミリューの言葉には黙ってなどいられない。
リグは慌てて振り返り、ポレットをギュッと抱きしめる。
腕の中のポレットはわけもわからないといった表情を浮かべており、ただならぬ雰囲気を感じ取って不安そうにリグにしがみ付いていた。
「調査よ。情報は上がっているのよ? まだ幼い女の子がとんでもない魔法をバンバン使うって」
「才能ある子なのはたしかだね。でもそれって事前に通達が来るもんじゃないの? こんな夜に、まるで襲撃するみたいに来るのはどうかと思うね」
「テオドール。そろそろ茶番はおしまいにしてちょうだい。わかっているでしょう? 今、世の中が魔法使いに対して過敏になっていることくらい」
遠回しな言い方をしたが、もちろんテオドールにはわかっている。
それどころか、リグも、モッシュたちもだ。
行方不明の厄災の魔女。
魔力を多く持つ子どもなら目をつけられやすいとわかってはいたが、さすがに目立ちすぎたのかもしれない。
それでも、検査でシロだったことも調査済みのはず。こんな手段に出るのは納得がいかなかった。
「さぁ、わかんないな。非常識な訪問に対する答えになってないね」
「へぇ、反抗するっていうの。この私に? ずいぶん偉くなったようね、坊や。ただの傭兵に成り下がったくせに」
ミリューはそう告げると右手で指を鳴らす。その瞬間、窓の外に十数人の魔法警備隊が
飛んできた。
すでにこの宿は包囲されていたのだろう。逃がす気はないようだ。
「勝手に魔法省を出て行った恩知らずに説明する義務はないわ。私はただ任務を遂行するだけ。そこの可愛い子を大人しく渡しなさい。怪我をしたくなければね」
「おい、聞き捨てならないな。その子の保護者は俺だ。テオドールはともかく俺には話を通すべきだろう」
「ちょっと。僕がどうでもいいみたいなこと言わないでよね、モッシュ」
前に出たモッシュの背中が大きく見える。
身体が大きく威圧感のあるモッシュを前にすると、大抵の人はわずかに怯むのだがミリューにそんな素振りは見られなかった。
それどころか、嬉しそうに笑いながら軽口を言う始末だ。
「あら、モッシュ。噂通りの良い身体ね。私、筋肉質な男って好きなの」
「えー、あの頃は僕みたいな男が好きって言ってたのに~」
「好みって年齢と共に変わるものよ、テオドール。出直して」
終始軽い調子で話がされているが、リグにそれを楽しむ余裕などない。
つまりこのミリューという魔法使いは、ポレットを連れて行こうとしているのだ。それも、どうやら少し強引に。
この状況で笑っていられるわけがない。
リグはギュッと奥歯を噛み締めてから口を開いた。
「っ、俺も行く!!」
思わず声が出た。頭の中はポレットを守らなければと、それでいっぱいだった。
情けないことに足が震えていたが、今ここで声を出さなければリグは一生後悔すると思ったのだ。
この場にいる全員が驚いたようにリグを見ている。
「どうしてもポレットが必要っていうなら、俺も行く!! 一人でなんか行かせないからな!」
決意を込めて言い放った言葉は、室内にやけに響いて聞こえた。




