62 兄ちゃんなんだから
翌朝、リグはハッとなって目を覚ます。
ポレットはすでに目覚めており、リグの隣でぼんやりしたまま上半身を起こしていた。
「ポレット! ……おはよう。体調はどうだ?」
「……おはよ。げんき、ない」
「もしかして、夢のことを覚えてるのか?」
ぼんやりした様子から薄々そんな気はしていたが、小さく頷いたことでリグはグッと言葉に詰まる。
もしかすると、夢の内容を自分の中で飲み込もうとしている途中だったのかもしれない。
ここで聞きだすのが正解なのかがわからなかったため、リグは本人に委ねることにした。
「聞かせてくれるか? 話すのが辛かったら、無理に言わなくてもいい」
「……へいき。はなす」
「そっか。ゆっくりでいいぞ」
思っていたよりも冷静なポレットに、リグは余計に心配になる。
(ダメだな、泣き喚いてくれたほうが安心するなんて思っちまうなんて)
ポレットくらい幼い子が、静かに落ち込んでいる姿というのは大泣きする姿よりも心にくるものがあった。
そんな状態のまま、ポレットは夢の内容をぽつりぽつりと教えてくれた。
聞かされた内容は概ねリグの予想通りだったが、ディザの目線で語られたためか思っていた以上に悲惨なものだった。
どれほどの恐怖、悲しみ、絶望だっただろう。
想像すら出来ない痛みを、ポレットは夢の中で追体験したというわけだ。
「そうか。ディザが、そんな目に……」
「ディザ、わるくないのに。みんなにわるいっていわれながら、しんじゃ……っ」
どうやらポレットはあのままディザが死んでしまったと思ったようだ。
目に涙をいっぱい溜め、今ようやく泣こうとしている。
しかし本当のディザは死んでいない。
……死ぬ以上に辛い日々を過ごしたという事実を打ち明けるべきか、リグは少し悩んだが。
(ポレットにはもう、隠しごとはしないほうがいい気がする)
リグは己の勘を信じることにした。
「ディザはな、死んでないんだ。ちょっとポレットには難しいかもしれないんだけど……最後まで聞けるか?」
「? ……うん」
「ポレットが夢で見ているディザなんだけど……たぶん、それは厄災の魔女と呼ばれている人物なんだと思う」
「やくさいの、まじょ?」
「ああ。一つ一つ説明するな。わからなくても、一応聞いていてくれ」
「わかった」
目に溜まっていた涙をグイッと腕で拭いたポレットの目は、力強いものだった。
幼くとも覚悟の決まった目。真実を受け止めようと必死なのが伝わってくる。
リグもうまく話せるほうではないが、せめて誠実に、自分の知る限りの話を聞かせてやろうと決意した。
「……というわけだ。ただこの話は世間でそう伝わっているというだけで、全てが本当のこととは限らない。でも、ポレットの見た夢と照らし合わせると、きっと同じ人物なんだと俺は思う」
話を締めくくったところで、しばらくの沈黙が流れる。
ポレットは途中で口を挟むこともなく最後まで真剣に聞いていた。
それからゆっくりと口を開く。
「ディザ、いきてるの?」
「わからない。封印されていた氷山が爆発して、行方不明だって噂は聞いているけど」
「ディザ、ずっとひとりぼっちで、ひょうざん、いたの?」
「……そうだな」
「っ、かわいそう」
ポレットの目に再び涙が浮かぶ。
「かわいそう、ディザ、わるくないのにっ」
「そうだな。俺もそう思う」
リグはそっとポレットを抱きしめた。
素直に「かわいそう」という言葉が出てくるポレットが羨ましくもあった。
「でもさ、みんなそのことを知らないんだ。厄災の魔女は怖い存在だって、俺だってそう思ってた」
「リグにぃ、ひどい」
「ごめん。でも知らないってことは、そういうことなんだ。ポレットが夢で見てくれたから、俺も知ることが出来た」
少し難しかったのか、思うところがあるのか、ポレットはリグにしがみついたまま黙り込む。
リグはポレットの背中を撫でながら、思案した。
(これで厄災の魔女のことはだいたい共有できた。ディザの過去も。あとは……ポレットの存在が、ディザなのかということだけど)
さすがに核心部分までを、今この場で聞くことは出来ないと思った。
リグ一人では、うまく受け止められる自信がない。
リグはそっとポレットの身体を離すと、少しだけ言い淀んでから告げる。
「……なぁ、ポレット。俺さ、このことをモッシュたちにも話したいって思う。でも約束したろ? 誰にも言わないって。……今も、黙っていてほしいか?」
まっすぐ目を見つめてくるポレットの視線が痛い。
責められるんじゃないかと思うと、リグのほうが泣きたい気持ちだった。
「情けないんだけど、俺もさ、まだ子どもなんだよ。一人ではこの大きな問題に立ち向かえないんだ。弱くて、頼りにならない兄ちゃんだろ?」
必死で笑顔を作ってそう言うと、間髪入れずにポレットが言う。
「よわくない」
「え?」
「なさけなくない、たよりにならなくないっ」
「ポ、ポレット」
「リグにぃ、せかいいち、かっこいいよ!!」
ディザの話をした時以上に、ポレットがぼろぼろと泣いていた。
「ポレットのこと、たすけてくれた。リグにぃ、だいすき。リグにぃ、かっこいい!」
「ポレット……」
「はなしてもいい。モッシュ、カオン、テオ、みんなにも、はなしていい」
ぎゅっと小さな両手でリグの手を握ってくる。
今のリグは、過去最高に情けない顔をしているかもしれない。
「そしたら、リグにぃ……かなしいかお、ない?」
「え……」
ポレットが大粒の涙を流す理由は、リグが泣きそうだからだった。
誰よりも大好きな兄が自分のせいで悲しんでいる、ポレットはそう感じたのだ。
リグはくしゃっと顔を歪めると、片手で目元を覆い、顔を天井に向ける。
「は、はは……俺、ずっとポレットにこんな顔向けてたのかよ」
情けない。恥ずかしい。
だがそれ以上に、いまだかつて感じたことがないほど嬉しかった。
パンッと一つ両頬を叩き、改めてポレットに笑顔を向ける。
今度は引きつったりなどせず、うまく笑えたはずだ。
「ありがとな、ポレット。うん、悲しい顔はもうしない。でもポレットが嫌なら別に話さなくても……」
「はなす! ポレット、みんなのこともすき、もん!」
子どもの純粋な「好き」の威力ははかりしれない。
きっとみんなも受け入れてくれるはずだ。
「わかった。じゃあ、一緒に相談してみようか」
「うん。リグにぃ、ひみつ、ずっとまもってくれて、ありがと」
兄だからしっかりしないと、と思っていた。
弱みなんか見せたら不安にさせる、と。
(馬鹿だなぁ、俺。隠しごとをされるのが一番不安に決まっているのに。モッシュたちから学んでるだろ)
ベッドから下り、嬉しそうに微笑むポレットに笑い返す。
「兄ちゃんなんだから、当然だろ!」
明るくそう返事をした瞬間、リグのお腹がぐぅと鳴る。
やっぱり締まらないな、などと思いながら、ポレットと二人吹き出して笑った。




