61 未熟な自分
これまでも何度か夢を見て魘されることはあったが、今回の魘され方は尋常ではない。
リグの中に嫌な予感が駆け巡り、今すぐポレットを起こさなければならないと肩を揺する。
「ポレット! 起きてくれ、ポレット!」
「っ、は、ぁ、うっ」
「リグ、過呼吸だ。上半身を起こせ」
「わかった」
モッシュもすぐに異変に気付き、一緒になってポレットの側にきてくれた。
過呼吸というのがどういうものかリグにはよくわからなかったが、息をするのが苦しそうなことは見ていてわかる。
「ポレット、大丈夫だ。落ち着いて、ゆっくり息を吐いて。ふぅ、ふぅ、そう、その調子」
幸いすぐに目を覚ましたからか、酷くなる前だったからか、モッシュの声かけに合わせて呼吸を整えると少しずつ落ち着いてきた。
薄っすらと目を開けたポレットを見て、リグは何度も声をかける。
「よっぽど怖い夢を見たんだな。大丈夫だぞ。俺はここにいる」
「っく、ぅ、はぁ、リグ、ひっく、にぃ……」
「ああ、兄ちゃんはここだ。ほら、ゆっくり息をするんだぞ」
背中をさすりながらぎゅっとポレットを抱きしめていると、次第にポレットの身体から力が抜け、数十分後には再び寝息を立て始めた。
ホッと安堵の息を吐いたリグは、モッシュから濡れたタオルを受け取って泣きじゃくったポレットの顔を優しく拭う。
腫れた目と頬に残る涙の跡がリグの心を締め付けた。
「リグ、ポレットはよく発作を起こすのか?」
「ううん、発作は初めてだ。でも……時々、魘されることはあった」
そっとポレットをベッドに寝かせ、モッシュの言葉に返事をする。
リグは迷った。どこまで話すべきかを。
「……怖い夢を見てるんだろうと思って、翌朝に聞いてみるんだけどさ。いつもポレットはなんにも覚えてなくて。元気だし、様子を見ようと思ってて。……ごめん、ちゃんと報告してればよかった」
「いや、いいんだ。リグがポレットのことを思って見守ってたんだろう?」
全て本当のことだ。嘘は一つもない。
ただ全てを話していないだけ。
「だがこうなると心配だな。続くようなら医者に見せたほうがいいかもしれん」
モッシュがそっとポレットの頭を撫でる。
モッシュの大きな手は、ポレットの頭がすっぽりと収まるほどだ。
(……頼りがいのある大きな手。手だけじゃない。実力も、立場も……心だって)
全てリグに足りないものだ。
欲しくても簡単には手に入らず、だからこそ今もずっと努力し続けている。
(でも、今欲しいんだ。今、その強さがないとダメなのに)
グッと奥歯を噛み締める。
「一体、どんな夢を見ているんだろうな。やはり、俺たちと出会う前の、ポレットが忘れている記憶、か?」
「……わからない」
嘘だった。初めて嘘を吐いた。心当たりなんて一つしかない。
(きっとポレットは、ディザの夢を見たんだ。くそっ、ここは王都なんだから、ディザにまつわる嫌な記憶を追体験する可能性は高かったのに……!)
完全に失念していた。ディザに関係する場所に来たとき、ポレットが夢に見ることを予想出来ていたというのに、王都が該当するという頭がなかったのだ。
考えなくとも、断罪された場所は間違いなく主要な町だとわかる。
きっとディザにとって王都は忌まわしい場所なのだ。そこに思い至れなかった己の不甲斐なさに怒りすら沸く。
ただ、王都に来ることは決定事項で、この事態は避けられなかったことだ。
それでも何か対策が出来たかもしれないことを思うと、リグの悔しさは増す一方だった。
(モッシュに打ち明けたほうがいいのかな。でも、ポレットとの約束が……)
自分一人で解決出来たら、その力があればどれほどよかったことか。
しかし悔しがっても急に力が身につくわけでもない。
「……リグ? どうした」
ずっと黙り込むリグを心配に思ったか、モッシュが顔を覗き込んでくる。
リグは迷った。そして、決めた。
「モッシュ。実はさ、俺……ポレットと、秘密の約束をしてて」
「秘密の約束?」
「ポレットがさ、他の人にはまだ話さないでって言うから、俺も誰にも言わないって誓ったんだ。でも……俺一人では、抱えきれなくなってきてて」
約束は守る。けれど一人で抱えるには限界を感じていた。
その気持ちを打ち明ければいい。きっとモッシュはそれすらも察して受け止めてくれる。
リグにはまだ、導いてくれる大人の存在が必要なのだ。
情けないことだが、頼ることしか出来ない。しかし今はそれが正解なのだとわかる。
リグは顔を上げると、まっすぐモッシュを見上げる。
意地を張り続けるリグはもうどこにもいなかった。
「でもさ、俺……ポレットとの約束は破りたくないんだ。それと同じくらい、なんとかしてやりたいって思う。だけど俺一人じゃ、どうにも、ならな……くそっ」
話している途中で涙がこみ上げてきた。悔し涙だ。
流れてくる涙が鬱陶しく、リグは乱暴に腕で拭った。
「わかった」
「え……?」
「わかったよ。お前の立場が」
モッシュはリグの背中を軽く叩き、リグの隣に立つ。
リグの顔を見なくて済む場所に移動してくれたのだと、遅れて気付いた。
「出来ることなら、俺は今すぐ事情を聞きたい。だが、約束をしたのなら守るべきだ」
「モッシュ……」
「だからな、リグ。その悩みは、ポレットに相談してみたらどうだ?」
「え。いや、だってそれは……」
「ポレットが許してくれたら、俺たちに話せるだろ?」
目から鱗だった。自分一人ではたどり着けなかった提案だ。
「自分が情けないなんて思うなよ? 大人だろうが抱えきれなくなることはある。特にポレットの問題は複雑だ。俺だってカオンやテオドール、そしてリグ。お前にも相談していつも助けてもらってる。だろ?」
大人だって抱えきれなくなることはある。
この一言に、リグは救われた気がした。
(そっか。大人になったからって、人に頼っちゃいけないってことはないもんな)
もしかすると大人というのは、人への頼り方をちゃんと知っている人のことを言うのかもしれない。
自分より年下や子ども、弱い立場の者に頼るなんて、と戸惑ううちはきっとまだ未熟なのだろう。
「……うん。明日、ポレットの様子が落ち着いていたら相談してみるよ」
「ああ。それまでは俺も何も聞かない」
「……ありがとう、モッシュ」
「礼なんていらない。頼ってもらえると、親としては嬉しいもんだ」
最後にモッシュはぐりぐりとリグの頭を強めに撫でると、また明日なと言い残して部屋を出て行った。
リグはますます、モッシュみたいな大人になりたいという思いを強めることとなった。




