60 魔女の変わらぬ運命
数日後、深夜になってようやくモッシュが帰ってきた。
すでにポレットは熟睡しており、リグもそろそろ寝ようかと思っていたところだ。
「モッシュ! よかった、帰ってきて」
「ただいま、リグ。なんだ、心配してたのか」
「そりゃあ、まぁ。だって王族が相手だろ? ……断れないようなこと、言われたりとか」
素直に言うのがなんだか照れ臭く、ぼそぼそとした言い方になる。
そんな時、モッシュはいつだってリグの頭を撫でるのだ。
「ありがとな。いろいろ言われはしたが、あの方たちは無理強いだけはしてこない。嫌な貴族どもはたくさんいるが、今の王族は信頼出来る。心配いらない」
「そう、なのか?」
「ああ。俺の立場も理解して、気持ちを汲んでくださる。……まぁ、情に訴えてあれこれと引き止めはされたがな。おかげで時間がかかっちまった」
「そっか。……そっか」
モッシュはこういう時に嘘を吐かない。隠し事をすることはあっても、リグに対して誤魔化したりはしてこないのだ。
だからこそ今の言葉も真っ直ぐ信じることが出来たリグはホッと安堵の息を漏らした。
「さ、もう遅い。俺も自分の部屋に戻って寝るとするよ」
「うん。ゆっくり休んで……あれ、ポレット?」
リグもそろそろ寝よう、とベッドに視線を向けた時、二人は揃って異変に気付く。
ポレットが、魘され始めたのだ。
◇
『軍事利用はしない約束だったでしょう!?』
ポレットは、突然響いた大きな声でビクッと肩を震わせた。
身体を縮こませながら振り返ると、そこにはこの前に見た時よりもずっと大人になったディザの姿。
前に見た時より表情が険しくなっていて、知らない大人みたいだった。
けれどポレットにはわかるのだ。この女性がディザだということが。
『そんな約束をいつしたというのだ。我々はお前の編み出した魔法を、国民のために使うと約束したのだ。大丈夫、これは国を守るために必要な切り札。使うことはないだろうよ』
ディザの向かい側に立つ、ヒラヒラとした服を着たでっぷりとしたおじさんが、豊かな髭を撫でながらそう言った。
ポレットには言葉の意味まではわからなかったが、馬鹿にしたような雰囲気が伝わって少し嫌な気持ちになる。
と同時に、不思議な感覚に襲われた。
(ポレット、しってる。みたこと、ある)
初めて見たはずの光景なのに、ポレットはこのやり取りをどこかで見たような気がした。
もしかすると、前に同じ夢を見たことがあるのかもしれなかった。
『散布魔法は畑に肥料や水を効率よく撒くためのものよ。警備ゴーレムだって、守りが薄い辺境の村を魔物から守るためのもの。治療目的で考えた精神干渉魔法は悪用される危険があるから、使用するには厳しい試験が——』
『ええい、うるさいぞ! ちょっと魔法が使えるからといってただの平民風情が生意気な!』
『なっ……』
貴族のおじさんはディザに近付くと、片手で乱暴に顎を掴んでディザの顔を上に向かせた。
『貴様のような平民が持っていても宝の持ち腐れだろう。それを、私が有効利用してやると言っているのだ。光栄に思うべきだろう』
『っ、話が、違う……! 軍事利用しないって、契約書にも……え、これ。契約書?』
なおも反論するディザに対し、貴族はペラッと一枚の紙を見せつけた。
それに目を通すディザは、ふいにカッと目を見開き、掴まれていた顎を振りほどいて叫ぶ。
『何よ、これ! 私がサインした契約書と内容が違うわ!』
『言いがかりはやめたまえ。そのサインは間違いなくお前のものだろう』
『そんなはず……なっ、何かの間違いよ! それか、卑怯な手を使っ、うっ……!』
なおも叫ぶディザの言葉が切れたのは、貴族がディザの頬を思い切りはたいたからだ。
ポレットも思わず頭を抱えて縮こまってしまう。
『口を慎め、ゴミが。それとも、不当な契約破棄手続きでもするか? ああ、悪い。お前は治療院だの孤児だの、くだらんもののために金を使い切っているんだったな。違約金など支払えなかったか!』
『そ、そのくらい、払え……なっ!? 桁が違うわ! こんな金額じゃなかったはずよ!』
『まだ言うか! ここに書いてあることがすべてだ! 支払えないのなら話は終わりだ!』
はたかれた頬を真っ赤にしながらも、ディザは怯んだ様子もなく食って掛かっている。
書面の偽造に憤慨しているのだ。
しかし貴族はそんなことなど知らぬとばかりに鼻で笑っている。
『そもそも、新しい魔法の提供の交換条件として、辺境の村への援助の増額、医院や施設の増設もしてやっただろう。今更文句を言われる筋合いはない。それとも……それらを取り壊してもいいというのか?』
『っ、そんな……!』
『理解してくれたまえ。平民の、それも女の身で国の役に立てるのだ。誇りに思うがいい』
貴族の猫なで声に、ポレットの背筋はぞわぞわした。
射殺さんばかりに貴族を睨むディザの目も、今は恐ろしく見える。
『絶対に、許さない……』
『ほう? どうすると言うのかね? 魔法省から出て行った落ちこぼれが。誰もお前の後ろ盾になってくれやしないというのに』
『くっ……!』
当時、貴族でもない女の立場はあまりにも弱かった。魔法省ではディザの意見は聞き入れてもらえず、それならばと現地に赴いて役に立つ魔法を開発し続けてきたのだ。
しかし、実力だけは認められていたため、こうして貴族の援助を受けることが出来たのだが、結局のところどいつもこいつもディザを利用しようとする者ばかり。
結局ディザは、せめてその改良された危険極まりない魔法が使われないことを祈ることしか出来なかった。
——しかし、その祈りは届かない。
ディザが編み出し、好き勝手に改良された魔法は戦争に用いられた。
そのせいで多くの人々が死に、国が滅んだ。
『魔女め! お前なんかが存在するからこんなことに!』
『国を返せ! 平和を返せ!!』
『首を刎ねろ!』
『火あぶりだ!』
急に場面が変わり、ポレットの目には磔にされたディザの姿が映る。
何が起こったのか、どういう状況なのかわからない。
ただ、よくないことだということだけは伝わり、ポレットはガタガタ震えた。
『どうして……っ、どうしてよっ! 私はただ、苦しむ人たちの役に立ちたかっただけなのに!』
磔にされたボロボロなディザが泣きながら叫んでいる。
『どうして、あなたたちまで……。助けてあげたのに。ありがとうって感謝してくれたのに』
身体が震えたが、ポレットは立ち上がる。
目の前で絶望に打ちひしがれる大事な友達を、放ってなどおけるはずもないのだ。
『……許さない。絶対に。もう誰も信じない。人間は、みんな裏切り者だっ!!』
「っ、ディザ!!」
『っ!?』
ポレットは勇気を振り絞って名を叫んだ。
「ディザ、ディザぁ……」
『……ポレット? あんた、なんでここに』
けれど、うまく言葉が出てこない。なんと言ったらいいのかわからなかった。
(それでも、なにか、つたえなきゃ)
衝動に突き動かされ、ポレットは拙い言葉を叫ぶ。
「ポレットは、ポレットはずっと! ディザのこと! だいすきだよ!!」
『っ!?』
「ディザはわるくないのに、ひどい。かなしい。どうして」
結局、それ以上のことを言うことが出来ず、ポレットは泣いた。わんわん泣いた。
『……もっとはやく』
「え?」
そんな時、静かで優しい声がポレットの脳裏に響く。
『もっとはやく、貴女と会えていたら。運命は違ったのかもしれないわね』
「ディザ……?」
『あの時、私に一人でも味方がいれば。たった一人でも、側でそう言ってくれる人がいたらよかったのに』
その言葉を最後に、ポレットの意識は暗闇に飲み込まれていった。




