59 珍しく疲労困憊
ランチタイムを過ぎて数時間ほどが経過した頃、ルームサービスで思う存分食べ放題を満喫していたリグたちの下に、疲れた顔をしたカオンが帰ってきた。
テオドールの部屋に入るなり一瞬だけその動きを止めたカオンだったが、荒れた室内について叱り飛ばすこともなくフラフラとベッドに向かい、バタリと倒れ込む。
あまりにも珍しすぎるカオンの姿に、三人は揃って顔を見合わせてしまった。
カオンのお金で好き勝手にいろんな物を注文しただけでなく、片付けることもせず荒れた室内を見れば、説教が始まるだろうと覚悟していたので余計に、だ。
リグとテオドールがどう声をかけようか迷っている間に、ポレットがカオンのいるベッドにぴょんと飛び乗った。
そのまま近くに座ったポレットは、カオンの頭を撫で始める。
「カオン、だいじょぶ? つかれた?」
「……大丈夫ですよ、ありがとうございます。ああ、ポレットは癒されますね……もう少しこうしてもらってもいいですか?」
「うん、いいよ」
されるがままどころか、ポレットにもっと頭を撫でてほしいと頼むカオンの要求に、リグとテオドールはさらに目を丸くした。
「本当に疲れたんだな、精神的に……」
「カオンって根が真面目だからねー。そんなにしんどいなら、大暴れでもしてどうにか縁を切ってもらえばいいのに」
「そんな簡単な問題じゃないだろ」
「そ、世襲制の貴族ってお家問題があるからほんと大変。その点、一代限りの僕のようなのは気楽~。身分なんていつでもはく奪してもらっていいし」
一代限りの貴族もそんなに気楽なものではないと思うのだが、テオドールを見ていると本当に気楽そうなためリグは首を傾げてしまう。貴族の義務などは良いのだろうか。
やはり貴族というのは難解だ。自分に縁がなくてよかった、とこういう時につくづく思う。
テオドールの言葉に返事をしたのはカオンだった。
まだベッドの上で倒れ込み、ポレットに頭を撫でられながらゆるりと顔をテオドールに向けた。
「テオドールの貴族籍は、どれだけ仕事をしなかろうとはく奪出来ないでしょう。国がどうにか貴方を繋ぎ止めておける唯一の綱なのですから」
「あはは、まぁね。はく奪されたらすぐにでも他国に行くのは間違いないよ。気ままに旅でもしたいよね!」
「その旅が、貴方の場合は洒落にならないのですよ。いつ他国と手を結ばれるかわかったものではありませんし」
テオドールの魔法使いとしての能力は実のところ洒落にならないほど影響力が大きい。
そのため、この国としてはなんとしてでもテオドールにはこの国の人間でいてほしいのだ。
魔塔を飛び出し傭兵団に身を置くということが許されているのもそのためだ。
その辺りもわかった上で、色々と便宜を図ってくれることと天秤にかけた結果、テオドールは今の立場を受け入れている。
だが気分屋のためいつ心変わりをするか、国としては気が気ではないだろう。
「心外だなぁ。これでも僕、今のところは人生に満足してるんだ。ある日急に他国と手を結ぶなんて裏切りはしないよ」
「今のところは、ですか。まったく恐ろしい魔法使いですね」
言葉と態度の端々から気分屋であることが窺える。
やはり油断はならず、テオドールを鎖に繋いでおくことなど誰にも出来ないのかもしれない。
「ポレットちゃんは、貴族籍なんてもらわないほうがいいかもね」
「う?」
「今は何も気にしなくていいよ。一緒にいろんな世界を見て、いずれ自分で決めるべきことさ!」
テオドールの言葉でリグもハッとなる。
おそらく、ポレットもテオドールに匹敵する実力の魔法使いに成長するだろう。
つまりポレットもまた、いずれは国が引き込みたいとあの手この手を使ってくる可能性が高いのだ。
モッシュという保護者がいて、テオドールという師匠がいて、さらにカオンが守るポレットにそう簡単に手を出すような真似をする馬鹿な貴族はいないだろうが、常にその可能性は頭に入れておかねばならない。
(俺にはまだ何も出来ないけど……いつか、迂闊に手を出したらやばいって思ってもらえるくらいには実力をつけてやる)
結局のところ、リグも強くなるしかないという考えに戻ってくる。
何度も思い知らされているのだが、その度に気が引き締まる思いだ。
「それにしても、やっぱりモッシュは時間がかかってるみたいだねー」
「そうですね。私と違って、モッシュは求められていますから。王族に請われてしまえば断るのも一苦労でしょう」
きっと王族の誰かしらに引き留められているのだろう。
そうなるとリグも少し不安になってしまう。
「モッシュ、戻ってくるよな? このまま、また城で働くなんてことになったら……」
いくら本人が拒否しても、王族に命令されれば断れないのではないか。
リグはずっとその不安が拭えずにいるのだ。
ここでようやくカオンがゆっくり起き上がる。
頭を撫でてくれたポレットの頭を、今度はカオンが撫でながら口を開いた。
「大丈夫ですよ。モッシュは責任感の塊のような男ですよ? 少なくとも、リグやポレットが成人するまで戻ったりしません」
「ポレットはともかく俺はもうすぐじゃん、成人」
ポレットと出会っていなかったら、今頃は城に戻る方向で話が進んでいたかもしれない。
モッシュ本人は居心地の悪い城で働きたくないと思っていても、断る理由がなくなればわからないのだ。
「なんかさ、意外とこのチームって、いつ離れ離れになってもおかしくないメンバーなんだな」
つい、しんみりとした声が出た。
モッシュも、カオンも、テオドールも、いつフラッと別の道に進んでしまってもおかしくないのだ。
リグの存在がこれまでこの三人を繋ぎ止めていただけ。そして今はそこにポレットが加わっただけ。
彼らの人生のお荷物であることは否めなかった。それがわかっていながらも、リグは彼らとはずっと一緒にいたいと願ってしまう。
「私は戦えなくなるまで傭兵を続けるつもりですよ。テオドールのような自由人はわかりませんが」
「えー、なにそれ酷くない? 僕だってまだまだ傭兵続けるしー。ポレットちゃんという弟子を独り立ちさせなきゃいけないし?」
二人が自分を気遣ってそう言ってくれているのもわかっている。
本心なのかもしれないが、本人の希望通りにいかないことだってある。
それでも、リグやポレットのために前向きな言葉をかけてくれるのが嬉しい。
「でもポレットちゃんは優秀すぎるからなー。独り立ちも早かったりして。ね、リグ寂しい? 寂しい?」
「鬱陶しい」
「リグ、酷ーい」
こうしてわざとリグをからかい、明るさを保とうとしてくれるテオドールのことも、今はありがたいと感じる。
もちろん、悔しいので言わないのだが。
「ところで三人とも、私がいない間に随分とたくさん注文してくれたようですね」
ようやく気力を取り戻したカオンの言葉と笑顔に、リグはテオドールとともに硬直した。
油断した。てっきりカオンは許してくれたのだと思っていたのだ。
リグはテオドールと顔を見合わせ、一緒になって冷や汗を流す。
そんな二人に、カオンは笑顔でこう言った。
「私も注文しますからね」
「……あはっ、そうこなくっちゃ!」
やはり、このメンバーが大好きだ。リグはしみじみそう思った。




