57 過去のしがらみ
「お待たせしました。ついでに宿も取ってもらいましたので、真っ直ぐ向かいましょう」
しばらくして、カオンが笑顔で戻ってきた。
門兵と話す時間が少し長かったような気がするが、いろいろとあるのだろうと察してリグは何も言わずにおいた。
一方、テオドールはそんな空気も読まずに宿を取ってもらえたことを素直に喜んだ。
「さっすがー! たしかカオンとこの実家って、宿屋もやってるんだっけ?」
「ええ。特に王都の宿屋はほとんどがライスナー系列ですからね。個人経営をしている安宿でもよかったのですが、バレると面倒そうなので」
「あはっ、ライスナーの宿に泊まったとしても面倒じゃない?」
「マシなほうを選んだだけですよ。それに、問題があってももみ消せますから」
「……怖ぁ」
なにやら不穏な雰囲気も感じ取ったが、リグは聞こえないフリをした。
宿に到着すると、まずその高級感溢れる佇まいに怯む。
この場で高級宿に尻込みする反応を見せているのはリグだけだ。
「きらきら! おっきいねー、リグにぃ!」
「あ、ああ、そうだな」
今だけは幼いポレットのように純粋に喜べたらと思わずにはいられない。
(つくづく、この三人とは住む世界が違うんだなって思うよ)
もはや劣等感すら感じないほどの差。今までもあまり気にしたことはなかったが、こうして目の当たりにすると複雑な気持ちにはなる。
しかし気にしていたって仕方がない。リグはポレットと手を繋ぎ、その無邪気な心をわけてもらうことにした。
高級宿というだけあって、従業員は一見して傭兵団とわかるリグたちを他の客と同じように気持ちよく出迎えてくれた。
内心でどう思っているのかまではわからないが、プロの仕事だと感心する。
「ここがリグの部屋ですよ。私は隣の部屋を使いますから、何かあれば呼んでください」
「こ、こんなに広い部屋を、一人で使ってもいいなんて……」
「リグにぃ! おふろ! おふろ、あるぅ!」
「嘘だろ、部屋の中にお風呂がついてるのか……?」
部屋に案内された後は、カオンが従業員を下がらせた。おかげで少しだけ肩の力は抜けたが、部屋のあまりの豪華さに説明もほとんど耳に入らないほど。
大興奮のポレットと目を丸くして驚くリグを、大人たち三人は微笑ましげに見ている。
「でも……ポレット、ひとり、いや。リグにぃと、ねる」
「そうだな。俺も一人じゃ広すぎて落ち着かないや」
「ふふっ、そう言うと思って最初から二人は同じ部屋にしてあります。念のため、反対側の隣室も取ってありますけどね」
「何に使うんだよ……」
「もしまた二人が喧嘩した時、ポレットが一人になれる用、ですかね」
「け、喧嘩なんかしないし」
喧嘩はせずとも、ポレットの機嫌を損ねる可能性はある。
リグは目を泳がせた。
ひとまずそれぞれの部屋に荷物を置き、一度カオンの部屋に集まる。王都での行動を確認するためだ。
最初に憂鬱そうな顔で告げたのはカオンである。
「面倒ですが、明日は昼前に実家へ顔を出してきます。嫌がられるでしょうが、挨拶もないなどと後で小言を言われるのは癪ですし」
「俺も王城に行かないとだな……朝一で行ってくる」
「二人とも大変だねー。じゃ、僕がリグとポレットちゃんと一緒にいるよ」
どうやらカオンは実家に、モッシュはかつての職場である王城に行かねばならないらしい。
嫌なら行かなきゃいいのに、と思わなくもないが、大人の事情というやつがあるのだろう。
それならばテオドールも行くべきでは? と思ったリグはそのまま質問を口にした。
「テオドールは魔法省に行かなくていいのか?」
「絶対に行かない。行ったら引き留められるに決まってるもん。それよりもさー! 高級宿だからルームサービス頼んで三人でのんびりしようよ!」
「いいのかなぁ、それで」
気にはなるが、それ以上リグが何か言ったところでテオドールの意思は変わらないだろう。
そもそも、ちょっと言っただけで変わるならモッシュやカオンも言っているはずだ。
二人は最初から言っても無駄だとわかっているのか、テオドールのほうを向きすらしていない。
リグとしても、高級宿にポレットと二人で取り残されるのには不安が残るので助かる。
(森の中ならポレットを守る自信あるけど……こういう場は苦手だ)
いつかは自分も、大人三人のようにどこにいてもポレットを守れるようになりたいとは思っているが、今はまだ無理だともわかっていた。
ぼんやりそんなことを考えていると、モッシュから声をかけられる。
「悪いな、リグ。相手は国王陛下だからどれだけ時間を取られるかわからない。ひょっとすると数日自由にしてもらえない可能性がある」
「元近衛兵隊長は大変だねー。円満退職したはずなのに、また戻ってほしいとか言われてるんでしょ? 断るのも僕たちみたいに簡単にはいかないよねぇ」
「全盛期ほどの腕がないのは陛下もご存じのはずなんだがな。後進の育成をしてほしいらしい。そんな面ど……責任ある仕事は俺なんかにゃ無理だ」
「本音が漏れてましたよ、モッシュ」
もはや話の次元が違う。リグは曖昧に笑うことしか出来なかった。
だがそんなリグの複雑な心中などお見通しなのだろう、モッシュはぽんとリグの頭に手を置くと、眉尻を下げながら言う。
「俺は平民出身だし、いくら出世しても肩身は狭かった。気ままな傭兵が性に合ってる」
「それでも、近衛兵にまでなったんだろ?」
「まぁ……若気の至りってやつだ。名を上げたいとがむしゃらだった時期があるんだよ」
「え、意外」
今のモッシュしか知らないリグにしてみれば、出世したいとがむしゃらになる姿など想像出来ない。
けれど、それが嘘だとは思わなかった。モッシュにはモッシュの人生の物語があるのだろう。
「私は軽く挨拶してすぐに戻ってくる予定ですから。引き留めようとする者も伯爵家にはいませんし」
「うーん、ドライだね! でも、羨ましいなぁ。僕も魔法省からそのくらい突き放されたい」
それぞれに複雑な事情がある。ポレットにも、そしてリグにだって。
だが、それをわざわざ詮索せず、話せる範囲でこうして聞かせてくれる関係がリグにはとても居心地が良かった。




