49 夢と希望と大きな不安
翌朝、リグはポレットが目覚めたのを見て、微笑みながら声をかけた。
「おはよう、ポレット。なんだかすごくニコニコしながら寝てたぞ。楽しい夢でも見たのか?」
先に目覚めたリグは、昨日の光景からポレットが怖い夢を見やしないかとずっと心配していたのだ。
おかげで夜中に何度も目覚め、その度にポレットの様子を確認してしまった。
しかしリグの心配は杞憂で、日が昇る前に再び目覚めたリグが見たのは、魘されるどころか寝ながらニコニコしているポレットの姿だった。
時折クスクスと笑い声まで上げるその様子があまりにも可愛らしくて、結局リグはポレットが目覚めるまで寝顔を眺め続けていたのだ。
「たのしい……? あ、うん。あのね、ディザにあったの」
「えっ。それは、大丈夫だったのか……?」
久しぶりに聞いたその名前に驚いたリグだったが、ポレットはずっと嬉しそうだ。
まだ周囲で寝ている人たちを起こさないよう、ひそひそと話す間もずっと楽しそうだった。
一体どんな夢だったのかをポレットから聞いたリグは、ご機嫌だった理由が判明して肩の力を抜く。
「そっか、ディザは悲しみを乗り越えたんだな」
「しあわせって、いってた」
「なるほど。ディザは幸せな日々を送れていたのか。それを聞いて俺も安心したよ」
どうりでポレットが楽しそうだったわけだ。
まだ心配は残るが、リグはこの状況でポレットの心が疲弊するような夢でなくてよかったと思うことにした。
「それにしても、大きな花壇か……なんかさ、この町みたいじゃないか?」
「このまち、かだん、ないよ?」
「なくなっちゃったんだよ。ほら、大きな地震のせいで。門の扉だってなくなっていただろ? 本当は門を開けてすぐのところに立派な花壇があったんだって」
リグでさえ、人から聞かなければそれが花壇だとは思わなかっただろう。
瓦礫や土ばかりでぐちゃぐちゃなあの場所に、かつては美しい光景が広がっていたのかと思うとより残念でならない。
と同時に、リグには確信のようなものがあった。
「もしかしたら、ディザに関係のある場所に来た時、ポレットの夢にディザが出てくるのかもしれないな」
「ディザ、このまちにいるの!?」
「こ、声が大きいよ! えーっと……」
会えるかもしれない、と目を輝かせるポレットに、リグはなんと説明すればいいのか慌ててしまう。
しかしちらっと視線を巡らすも、ポレットの元気な声でみんなが起きる気配はなかった。
ホッと胸を撫でおろしたリグは改めて考え込む。
リグの予想だと、夢に出てくるディザは過去の厄災の魔女だ。
ポレットは恐らく、厄災の魔女の歴史を追うように夢を見ているのだろう。いわゆる追体験というやつだ。
そうなると、当然この町どころかこの世界に夢の中と同じディザは存在しない。
魔女が行方不明である以上、本人とどこかで遭遇する可能性はわずかに残ってはいるが、少なくとも当時の魔女に会えることは決してないのだ。
しかし、こんなにも期待に満ちたポレットの様子を見ていると「会えないんだよ」とハッキリ言うのもためらわれる。
それでいて、「会えるかもしれないね」と希望を与えるのも間違っている気がした。
悩んだ挙句、リグは困ったように告げる。
「夢の中で、この町は綺麗な状態だったろ? だから今はここにいないんじゃない、かなぁ」
リグとしては、夢と今は時間が違うのだと伝えたかったのだが。
「じゃあ、かだん、つくる」
「え」
「かだんつくって、おはないっぱいになったら……ディザもくる」
「う、うーん……」
ポレットは花壇が元通りになったらディザが来ると思ったようだ。
その言葉に対し、リグが戸惑って返事をしないでいると、ポレットはぷくっと頬を膨らませた。
「きっとくるもん」
「そ、そっか。うん、来たら嬉しいよな」
「うん」
結局、リグに否定しきることは出来ず、曖昧な言い方をすることとなってしまった。
(ずるいよな、俺って。大人っていつもこんな気持ちだったんだ)
奇しくもこんなところで大人の苦労を理解したリグは、苦笑しつつポレットに朝の身支度をするよう声をかけた。
自身も支度を整えながら、リグは思う。
(もし厄災の魔女の追体験をしているのだとしたら……)
厄災の魔女にも幸せだった日々があることが知れた。これは重要な情報であり、リグも安心出来た。
しかしそれは同時に、大きな不安ももたらす。
(この先もずっと幸せな夢とは、限らないんだよな)
厄災の魔女の行く末を、リグは知っている。
聞かされていた彼女の噂から察するに、大人になってから先の魔女の運命は過酷なものだろう。
語り継がれている魔女の歴史がどの程度本当なのかはわからないが、氷山に封印される結末は変わらない。
どれだけ前向きな想像をしてみても、幸せとは言えないだろうとわかってしまうのだ。
(もし、当時のディザの夢を見る日がきたら……ポレットは耐えられるのか?)
そもそも、なぜポレットに魔女の魔力が封印されているのか、なぜこうして夢を見るのかだってわかっていない。
もしかしたら本当にポレットは厄災の魔女で、旅を続けるうちに少しずつ記憶を思い出しているだけなのかもしれない。
(ポレットは、厄災の魔女かもしれない。でも……)
身支度が出来たよ、と笑顔で振り向くポレットに微笑み返す。
リグはポレットの頭を撫でると一緒に朝食の準備をするため立ち上がった。
カオンが起きてくる前に、二人で材料の準備くらいはしておくのだ。
(どうも、俺にはポレットが魔女には思えないんだよな。そう思いたいだけかもしれないけど)
結論は出ない。だが、いつかわかる日が来るかもしれない。
カオンを起こすために意気揚々と身体を揺するポレットを眺めながら、リグは複雑な胸中をしまい込むため両頬を軽く叩いた。




