42 小さな胸の内の大きな不安
翌朝、リグは小さな衝撃を感じて目を覚ます。
眠りについたのが深夜だったため、まだ頭も体も重かったが、あまりにも連続して身体を叩かれていたので堪らず目を開けた。
見ると頬を膨らませたポレットがベッドに座り、無言でリグのことをポカポカと殴り続けている。
その姿を見た瞬間リグは全てを思い出し、慌てて上半身を起こした。
「ポレット、おはよう。怒ってるよな? ごめん……」
「……う、うぅ~~~~~!!」
「ご、ごめんって! あ、いたた」
ポレットはこれ以上は膨らまないのではというほど頬をぷくっと膨らませてさらに殴り続けてくる。
物理的には全く痛くないパンチと愛らしい姿にリグは笑いそうになるのをグッと堪える。
罪悪感から精神的に痛いのは本当だ。
「な、なぁ! 昨日約束したろ? 今から一緒にお風呂に入らないか?」
「や!」
「うっ、嫌かぁ……」
切り札として取っておいたお風呂も、今のポレットには効果を発揮しないようだ。
昨日はトロール戦の後、入らずに我慢していただけにリグもほんの少し残念に思う。
それがつい顔に出てしまったのか、ポレットの動きが止まった。
どうしたのかとリグがポレットに視線を向けると、ポレットはプイッと顔を背けながらぽつりと言った。
「は、はいる……」
「えっ、本当に!? じゃあすぐに行こう。風呂上がりのジュースも作るからな!」
「……ん」
まだご機嫌は斜めのようだが、ほんの少しだけ態度が緩和したようだ。
リグは困ったように笑うと、ポレットとともにお風呂に向かう準備を進めた。
昨晩の戦いが精神的に疲れたこともあって、今日の朝風呂は格別だった。
テオドールの魔法で綺麗にはしてもらったが、頭から足の先まで念入りに洗ったリグはポレットとともに湯船に浸かる。
いつもはご機嫌でお風呂に入るポレットはずっと静かで、湯船に浸かった今もリグに背を向けたままだ。
幼児というのは後ろ姿まで可愛い。
チラッと見えるむくれた頬はお風呂の温かさでピンクに色づいており、それもまた可愛かった。
とはいえ、当の本人はまだ怒っているのだ。リグはこれからポレットに許しを請わねばならない。
「ポレット、まだ怒ってる?」
「……ふーんだ」
「本当に悪いと思ってるんだ。ごめんな。けど、謝られたってポレットは許したくないよな」
リグには、なんとなくポレットが許したくない気持ちがわかる気がした。
自分だってまだ子どもみたいなものだ。もう大人だと言い張りたい気持ちはいつも持っているが、だからこそ大人の子どもへの気遣いが、時に子どもを悲しませることも知っている。
自分のためだとわかっていても、寂しいものは寂しい。
行き場のない怒りを持て余す、その気持ちが痛いほどよくわかる。
リグはポレットの背中に向かって語りかけるように告げた。
「よかったらさ、ポレットが思ってること言ってくれないか? 馬鹿とか嘘つきとか、悪口だって好きなだけ言っていいから。ちゃんと全部聞くから」
気持ちがわかるからこそ、全部吐き出してもらいたかった。
ポレットの小さな胸の内に抱えている大きな不安を外に出してやりたい。
「……さびしい、かった」
後ろを向いたままそう言ったポレットは、ゆっくり振り返ると涙をいっぱい溜めた目でリグを見つめている。
泣くまいと我慢しているのか、口がひん曲がっていた。
「なかまはずれ、いや。おいてけぼり、いや。……ひとり、いや」
「ポレット……」
けれど、我慢しきれずにぽろぽろと大粒の涙が溢れていく。
唇は震え、フーンフーンと我慢の声が漏れている。その姿があまりに健気で、リグはポレットを引き寄せて抱きしめた。
ちゃんと寂しいと言ってくれたことが、とても嬉しかった。
「そっか、寂しかったんだな。置いていかれて悲しかったんだな。どんなに危険で、夜遅くても、一緒に行きたかったんだな」
「う、ん……いっしょ、がいい……っ!」
「そうだよな。ポレットも俺たちの仲間だもんな」
ふんふんと鼻を鳴らしながら答えてくれたポレットはようやくリグに抱きついて泣いてくれた。
(きっとポレットにとって一番怖いのは、一人にされることなんだろうな)
それが記憶にない過去の出来事によるものなのかはわからないが、一番怖いと思うことから守ってやるのが何より大事だ。
ポレットはテオドール直伝の結界が使えるのだから、たとえ深夜だろうが、周囲の人から子どもを連れていく非道なヤツだと思われようが構わない。
途中で眠ってしまったら抱えて戦えばいい。
言いたいヤツには好きなように言わせておけばいい。
「今度からは一緒に行こうな」
「ほん、と?」
「うん。でもさ、俺たちはポレットがすっごく大切だから、危険な思いも怖い思いもさせたくないんだ。だから昨日は留守番してもらった。これは知っていてほしいんだ」
「うん、わ、わかる」
「そっか。ありがとな。ポレットは優しいな」
頭を撫でながらそう言うと、ポレットがふにゃりと笑う。
なんだか久しぶりにポレットの笑顔を見た気がした。
「リグにぃ、すき」
「うん。俺もポレットが大好きだよ」
それからリグは、昨晩の話を聞いた。
おばさんが寝る前にホットミルクを入れてくれたとか、温かいタオルで顔を吹いてくれたとか、一緒にベッドに入ってお話を聞かせてくれたという話を。
きっとおばさんがしてくれたことも、ポレットはとても嬉しかったのだろう。
リグはしっかり覚えておいて、今度は自分がしてやろうと思った。
「怖い夢は見なかったか? 俺がいる間は魘されてなかったけど。あと、その。ディザの夢とか」
「……みない」
「そっか……」
結局、あれからポレットの夢に変化はない。
ポレットのことを思えば見ないほうがいいのだろうが、夢の中とはいえ友達に会えないのが寂しいのか、ポレットの表情も暗く沈んでいる。
「また夢で会えるといいな。ポレットは、ディザの友達なんだろ?」
「うん。また、あいたい」
「その時はさ、ポレットもディザの話を聞いてあげるといいよ。今俺がしたみたいに」
「たくさん、きく!」
「よし。じゃあそろそろ出ようか。ジュースを飲んで、朝食の準備しよう」
「うん!」
きっと夢の中のディザというのは厄災の魔女で間違いないのだろう。
だとしたら、なぜポレットが魔女の夢を見るのか。
(前世の記憶を夢で見ている、とか? あるいは……ポレットの中に魔女が潜んでいる? 操られている、とかも……)
悪い推測が浮かんでは消え、そしてそれら全てを否定することが出来ない。
リグだけでこの問題を解決するには知識も経験もなにもかも足りなかった。
(でも、ポレットと約束してる。誰にも話さないって)
リグはまだ、約束通り誰かに話すつもりはない。
ただこの判断が正しいのかどうか、リグの勘も何も知らせてはくれなかった。




