41 留守番ポレット
大きな町へやってきて、数カ月ほどが経過した。
リグたちは大小さまざまな依頼を受けながら今日も傭兵としての日々を送っている。
基本的には平和だが、傭兵基準の平和は一般人のそれとは大きく異なる。
なぜなら一般人は魔物と戦ったりなどしないからだ。
傭兵は数の増えた魔物の討伐を行うこともある。強大な魔物が出た場合は必ず向かわなければならない。
兵士や騎士は場合によっては町の守りに専念せねばならず、冒険者は討伐に向かうも向かわないも選ぶことが出来る。
真っ先に討伐へ向かう使い捨ての出来る駒が傭兵だ。
そう言うと聞こえは悪いがこの国の傭兵は待遇もいいため、意外と独身者には人気の高い職業でもあった。
「うえぇ、気持ち悪い……」
「思いっきり返り血を浴びましたね。すみません」
「いや、あのタイミングは完璧だったし。覚悟はしてたし」
今日は渓谷に出現したというトロールの討伐に駆り出されていた。
時間は真夜中。動きが少しでも鈍る時間帯を狙ってのことだ。
基本的に縄張りから出てくることのないトロールだが、数年に一度繁殖のために食料を求めて人の住む場所にまで現れることがある。
この時期のトロールは普段の数倍は頭が悪く、生き物と見ればなんでも捕食してしまうため被害が大きくなる前に数を減らすのだ。
リグたちは実力の高いチームであるため、トロールの目撃情報の多い場所へ向かわされる。
情報通りに現れたトロールは大きな個体で、頑丈で動きも速く、なかなか強敵だった。
しかしチームワークをいかし、最終的にカオンが首を刎ねることで討伐完了。巨大なトロールの木の幹のような首を一刀両断したカオンの実力は計り知れない。
その際、リグとモッシュがたくさんの返り血を浴びたというわけだ。
「もはや誰かわからないレベルだな。俺も人のことは言えないが」
「あっはははは! 二人とも血みどろ!」
陽動作戦としてトロールの身体に登り、駆けまわっていたリグは、カオンが刎ねた首から噴き出す血をもろに浴びてしまった。
盾役として至近距離にいたモッシュもまた、頭から浴びた形となり、二人は特に酷い有様だ。
一方で首を刎ねたカオンは動き回っていたのもあってほとんど浴びておらず、遠距離で支援していたテオドールは一切浴びていない。
「風呂に入りたい……」
「同感だ」
普段は湯船に浸からないモッシュであっても、ここまで酷いと入りたくなるようだ。
綺麗にしたいのはもちろんだが、どちらかというと精神的な回復を求めているのだろう。
「ひとまず洗浄魔法をかけておくねー」
テオドールが魔杖を一振りすると、血みどろだったリグとモッシュがあっという間に綺麗になる。
血の匂いまで綺麗さっぱり消えるのはいいのだが、まとわりついた感覚はそう簡単に拭えないものだ。
「ありがと、テオドール。でもやっぱり風呂には入りたい」
「帰ったら入るか……」
「ポレットも入るって言いだすかなぁ。ぐっすり寝ていたらいいけど」
今日の任務は珍しくポレットは留守番だ。
理由は単純に時間帯。子どもは寝ている時間だということと、宿舎の管理をしてくれているおばさんが一緒にいてくれると申し出てくれたことも大きい。
わざわざ危険な場所につれて行く必要もないため、ポレットを任せることにしたのだが……出発前は大変だった。
『やだ! ポレットもいく!』
『うわぁぁぁん! ずっといっしょ、いった!』
『リグにぃのうそつきぃ! うそつきぃ! うわぁぁぁん!』
とまぁこんな調子が続いて大騒ぎで、リグは討伐よりもポレットの対応に精神を抉られた。
帰ったら一緒にお風呂に入ろうな、と言って出かけたものの、宿舎を出た外までポレットの泣き声は響き、後ろ髪を引かれる思いで討伐に出かけたのだ。
おばさんはきっと大変な思いをしただろう。
彼女には五人の子どもがいるため対応には慣れた様子だったが、迷惑をかけて申し訳ない気持ちはある。
「帰ったらお風呂に入るって約束していましたもんね。あれだけ泣いていたら疲れて寝ているかと思いますが……」
「頑張って起きている可能性もあるな」
「うーん、他の人が入ってこなければいいけど」
リグの心配はその一点のみだ。たとえ潔癖と思われたとしても、ポレットを守るのはリグの使命だと感じているのだから。
「リグってそういうところ気にするよねー。まだ幼いんだからいいじゃん」
「ダメだよ、ポレットは女の子なんだから。世の中には変態もいるんだぞ!」
「傭兵チームの中に変態がいるって言ってる? 僕らの中にも? 心外だなぁ。僕もたまにはポレットちゃんとお風呂に入りたいのになー」
「ダメったら、ダメ」
誰がなんと言おうと、だ。
そんなリグの心配をよそに、リグたちが宿舎に帰るとポレットはぐっすり眠っていた。
おばさんいわく、あっという間だったとのこと。寝かしつけのプロだとリグは思った。
「ずっとリグの名前を呼んでいたよ。明日は一日中一緒にいておやり。たとえ嫌い! なーんて言われてもね」
「わ、わかった! おばさん、本当にありがとう! 今度お礼に行くね」
「いいよ、そんなの。あたしも久しぶりに小さな子の面倒が見れて楽しかったよ」
遅い時間までかかったというのに嫌な顔一つせず、笑顔で対応してくれるおばさんは人格者だ。
ただ、彼女も態度の悪い傭兵には鬼のように容赦がないらしい。
リグたちはそんな姿を見たことがないので半信半疑だが、荒くれ傭兵でも軽くあしらえると聞く。実に頼もしい。
「モッシュ、俺は明日の朝ポレットと入るよ」
「ああ、そうしてやれ。俺は今日の内に入っておく。悪いがテオドール……」
「オッケー、文字通り身体を張ってくれたからね。久しぶりに僕も入ろうかなぁ」
「それなら、私もご一緒させてください。トロールの匂いが鼻について……」
「わかる。じゃ、男同士裸の付き合いってことでー!」
リグはモッシュたちの会話を聞きながらポレットの眠る寝室に向かった。
(俺も、ちょっと参加したかったかも。裸の付き合い……)
とはいえ、今日明日はポレットのご機嫌を取るのが最優先。
リグは軽く頬を叩くと、前を向いて寝室への扉を開けた。




