40 兄として守れるように
ポレットから夢の話を聞いた後、リグは度々考え込むことがあった。
「リグ、どうした? ぼーっとして」
「え? ああ、ちょっと考えごと」
「なになにー? 好きな子でも出来た?」
「そんなんじゃないし」
モッシュには不思議がられ、テオドールにはからかわれ、カオンには先ほど心配されたばかりだ。
(こんなんじゃ、ポレットとの秘密にするって約束を守れないよな。しっかりしなきゃ)
リグはすぐ顔や態度に出るタイプだ。そのせいでテオドールにからかわれるのだが、今回ばかりは本格的に気を付けなくてはならない。
ポレットと約束した以上、絶対に悟られるわけにはいかないのだ。
そこでリグは、別の言い訳を話すことにした。
こういう時は嘘を吐くのではなく別の話題にすり替えたほうがいいというのはカオンの受け売りだ。
「……お風呂に入る時さ、準備も掃除もポレットの魔法に頼りきりで悪いなって」
「適材適所だろう。ポレットだって、テオドールがいない場所で使える唯一の魔法だからはりきっているじゃないか」
「まぁ、それはそうなんだけど。ポレットの魔法が完璧すぎるんだよ。兄として負けてられないなって。そう思っただけ!」
実際に思っていたことでもあるので少し照れ臭いが、背に腹は代えられない。
モッシュに苦笑いをされてしまったリグは、恥ずかしそうにそっぽを向いた。
(モッシュたちはいつまでも俺を子ども扱いするんだもんな)
早く大人になってみんなに追いつきたいと思っているリグにとっては不満だ。
だが、それもこれもリグに対する愛情なのだということくらいはわかっていた。だからこそ強く反発も出来ないのだ。
ポレットはリグにとって初めて出来た年下で、守るべき存在。
そんなポレットが自分よりはるかに強い力を持っていて、天才でもあるというのがリグを焦らせている。
「なるほどねー。お兄ちゃんなら妹に良いところ見せたいか」
「そうは言っても、リグは十分すごい実力者ですけどね」
「ああ。俺がリグくらいの時は、ようやく一人で魔物討伐を許されたくらいだ。見張り付きでな」
「それが普通ですよ。独り立ちは十六か十七くらいがほとんどですから」
最強の盾といっても過言ではないモッシュにそんな時代があった、というのがリグにはいまいち想像できないが、誰しも子どもの頃はある。
そう考えれば十四歳で森の奥に一人で向かわせてもらい、十五歳の時には単独で討伐、十六歳の今ではゴブリンの小さな群れくらいなら任せてもらえるリグは恵まれているのかもしれない。
「でも、俺なんてまだまだだよ。みんなに頼りっぱなしだしさ」
リグが自信なさげにそう言った時、宿舎の外から騒ぎ声と助けを呼ぶ声が聞こえてきた。
「誰かーっ! 捕らえた火鼠が逃げちまった! 捕まえてくれーっ!」
「火鼠の大脱出ですか」
「一体何匹逃げたんだろうな」
生きたまま捕らえて素材を採取する魔物はいくつかある。
その中の一つで特に使用用途の多い魔物が火鼠だ。
火を吹く能力は魔道具に使え、切っても生えてくる尻尾や爪、丈夫な髭などもあらゆる薬や道具に使えて重宝されている。
一方で今回のように運搬中、なんらかのトラブルで逃げ出す事故がたまに起こるのだ。
そうなると逃げ回る火鼠のせいで町中のあちらこちらで小火騒ぎが起き、軽いパニック状態となる。
いくら小さくて人をほとんど襲わない魔物とはいえ、魔物であることに変わりはない。
怪我や大きな事故に繋がることもあるため、早急に捕らえる必要があった。
そういったトラブルを解決するのも、傭兵の仕事の一つだ。
「俺、捕まえてくるよ」
「頼みます。一人で大丈夫ですか?」
「うん。他にもたくさん人がいるみたいだし」
他の傭兵や兵士、または善意で冒険者が動いてくれることもある。
今も外を見れば様々な人たちが火鼠を捕らえようと悪戦苦闘しているのが見えた。
「俺たちは混乱している人たちの誘導に行くか。テオドール、安全地帯を作ってくれ」
「えー、大げさだなぁ」
「安心の提供ですよ。火鼠を怖がる人も多いですから」
「はぁい、わかったよー」
こうしてリグが防火袋を持って飛び出し、モッシュたちが町の人たちの避難誘導を行ってからものの数十分ほど。
リグは軽い足取りで広場へ戻ってきた。
火鼠を逃がしてしまった男のもとに、担いでいた防火袋を渡す。
蠢く袋の中を開けると、中にはたくさんの火鼠がひしめきあっていた。
早いところケージに入れてやらないと、火鼠たちが互いに火を吹き合って商品価値が下がってしまうためスピード勝負だ。
「すごい、全部いる……! 状態もいいし、こんな短時間で」
「逃げ出してすぐだったから。時間がたてばたつほど遠くに行っちゃうからね」
「いやぁ、助かったよ! 謝礼を……」
「あっ、それなら傭兵組合にお願い。俺、傭兵だから」
「傭兵!? ……君のような傭兵もいるんだねぇ。名前を聞いていいかい?」
「リグ! それじゃ、もう逃がさないようにね!」
リグはそれだけを言い残し、モッシュたちのいる場所まで駆けていく。
問題が解決したので、テオドールは作った安全地帯の結界を消し、人々が解散していった。
「おかえりなさい、リグ。どうでしたか?」
「全部捕まえたよ。十五匹いた」
「……全部リグが?」
「そうだけど……何?」
リグは探知能力が優れている。気配を読むことにとにかく長けているのだ。
普通であれば人間かそうでないか、悪意があるかないかくらいの判断しか出来ないところ、リグはあらゆる生物の気配や繊細な感情の機微まで細かく捉えることが出来る。
その上、リグの動きは俊敏で気配を消すのもうまい。要は、狩りがとんでもなくうまいのだ。
たった一人で火鼠を十五匹、それもこんなにも短時間で捕まえられるのはリグくらいだろう。
モッシュもカオンも、魔法を使って探知出来るテオドールであっても無理な芸当だった。
「自己評価が低すぎるのは、俺たちと一緒にいるせい、か?」
「絶対にそうー! でもさ、調子に乗りまくるよりマシだと思うよ。謙虚な姿勢って大事じゃん」
「その言葉、そのまま貴方に贈りたいですね。テオドール」
「えー? 仕方ないじゃん。僕が天才なのは事実なんだから」
大人たちがそんな話をしていることなど知らず、リグはポレットにただいまと言いにいく。
ポレットはなぜか目をキラキラ輝かせてリグを見ていた。
「リグにぃ、かっこいい!」
「えっ」
「びゅんって、はしって、あっというまに、ねずみつかまえた!」
「うん、えっと」
「かっこいい!」
「う、ぇ?」
妹分にそう言ってもらえるのは素直に嬉しい。
いや、とんでもなく嬉しく、リグの顔がみるみる赤くなっていく。
(少しは兄ちゃんっぽくなれてる、のかな?)
ギュッと腰に抱き着いてくるポレットの頭を撫でながら、リグはほんの少しだけ自信をつけた。
(これから少しずつ力をつけていけばいいんだ。ポレットの夢のことも、焦らず考えていこう)
そうはいっても焦ってしまうのがリグの性格なのだが、こうしてポレットが笑ってくれたらその都度思い出せそうだ。
リグはポレットを抱き上げ、一気に高く持ち上げる。
「わ、ぁ! わぁぁぁ!」
「ありがとな! ポレット!」
「うん! きゃあ! たかい! きゃははは!」
リグは改めて決意したのだ。
何があっても必ずポレットを守れるように。
この笑顔をずっと、守れるように。




