39 ナイショの話
「……ト! ポレット!!」
「っ、は」
名前を呼ばれて目覚めたポレットは、ボロボロと涙を流していた。
視線の先ではリグがとても心配そうな顔でポレットの顔を覗き込んでおり、夢の名残と安心とでポレットはさらに泣いた。
「大丈夫だ、ポレット。きっと怖い夢を見たんだよな」
「うぅ、うぅぅぅっ!!」
抱きしめてくれるリグにしがみついたら、ポレットの涙はさらに溢れてくる。
リグは落ち着くまでずっと背中を撫でてくれ、少しずつポレットも落ち着いてきた。
ようやく喋れるようになったポレットは、リグにしがみついたまま告げる。
「こわい、ない……ひっく、かな、しい」
「悲しい……?」
「うぇ、うぇぇぇん……」
「そっか、悲しい夢だったんだな。でも大丈夫だ。それは夢だからな」
気持ちを伝えたらまた悲しい気持ちがこみ上げてきて、再び泣きじゃくってしまった。
結局、ポレットが泣き疲れてもう一度眠ったのは明け方近くのこと。リグにも迷惑をかけてしまった。
翌朝、目覚めたポレットが再び泣くことはなかったが、胸の奥には悲しい気持ちがずっと残っていた。
いつも通りの日常が戻り、少しずつ元気を取り戻していったが、ポレットにはずっと気がかりなことがある。
この日以降、ディザの夢を見ることがなくなってしまったのだ。
◇
大きな町では、その分傭兵が見回る場所も多い。
そのため、この町に滞在する傭兵チームは五つと少し多かった。
実のところ宿舎も二つに分かれており、建物自体も広く綺麗だ。
リグたちのいる宿舎にはもう一チームが滞在していて、東側に立つ宿舎に残りの三チームがいる。
キッチンはそれぞれの宿舎にあるが、水浴び場は共有だった。
人数が多ければ気も使うが、良い点もある。
その一つが、大きなお風呂だった。
「気持ちいいよな。俺もお湯に浸かるの好きなんだよ」
「ポレットも、おふろすき」
「あったまるよなー」
傭兵としてモッシュたちとともに過ごすようになり、大きな宿舎で初めてお風呂に入った時はリグも感動したものだ。
ただ、大体はお湯を張る手間が面倒なのと、水の節約のためほとんど使われていない。
せっかくの設備がもったいないとも思うのだが、傭兵は面倒くさがりが多いのだ。
使うのは主に女傭兵。だがそもそも女傭兵の数も少ないので、必然的にあまり使われないということになる。
現在、この町にいる傭兵チームの中に女性はいない。
そのため湯船は使い放題かと思いきや、夜だと水浴びをしにくる他の人たちが平気で入ってきてしまうのだ。
女性が一人でもいれば気にしてくれるのだが、幼いポレットは対象外のようである。
しかしリグはポレットを守るために、人のいない早朝に入れてあげることにしている。
夜、寝る前に軽く身体を綺麗にし、起きた後すぐにお風呂に向かうのが最近の習慣となっていた。
(ポレットだって女の子なんだから、気を付けてやらないとな)
身体を洗うため、どうしてもリグはポレットの裸を見てしまうことになるが、極力ポレットの顔だけを見るように努めていた。
リグはそういった面を気にする紳士の心を持っているのだ。
「リグにぃ、せなか、あらってあげるね」
「ははっ、ありがとな」
しかしポレットはまだ幼い。純粋な善意で言い出してくれるのが可愛らしい。
リグの身体はそこまで大きくないが、小さなポレットからすれば背中は大きいのだろう。いつも腕を大きく動かしながら一生懸命洗ってくれるのがくすぐったかった。
(いつまで一緒に入ってくれるかな。あと一、二年くらいか?)
子育ての経験など当然ないリグにはわからないことだ。
ただ、今のこの幸せを噛みしめるのみ。
ちなみに、これまでは湯船に湯を張るのはテオドールの役目だった。
深夜であれば簡単にやってくれるのだが、テオドールはとにかく朝に弱い。
この宿舎に来たばかりの頃は無理やり起こして湯を張ってもらっていたのだが。
『う~~~、もうやだよぉ。ポレット、教えてあげるからさー、許可も出すからお湯張りは自分でやって』
とのことで、毎朝ポレットが自分でお湯を張るようになった。
きちんとテオドールの教えを守り、それ以外で魔法は使わない。しかも湯加減や水の量などいつも完璧で、失敗したこともなかった。
ポレットは優秀な魔法使いと言えるだろう。加えてとても良い子だ。
「ポレットのおかげで、俺も毎日お風呂に入れるんだよな」
「リグにぃ、うれし?」
「ああ、嬉しい。すっごくな! いつもありがとうな」
「えへへ」
お風呂で身体が温まったポレットの頬は赤くなっている。それがより可愛らしいのだが、そろそろ上がらないとのぼせてしまうかもしれない。
「そろそろ出ようか。いつも通り、浴槽も洗わないとな」
「ポレット、やる!」
任せきりになってしまうのが申し訳ないが、ポレットの魔法で洗浄したほうが綺麗な上に早い。
そのため、リグはお風呂から上がったポレットをタオルでしっかり拭いてから魔法を頼むことにしている。
「いつもありがとな。今日も特製ジュース作ってやるから」
「うん! あれ、おいしくて、だいすき」
「へへ、カオンに教えてもらったヤツだけどな!」
その後、着替えを済ませて髪を乾かし、食堂に向かってジュースを飲むのがいつもの流れだ。
このジュースを飲んで休んでいる間に、ポレットと他愛もない話をする。この時間がリグは好きだった。
「……あのね、リグにぃ」
「ん? どうした?」
今日はどうもポレットの様子が変だ。
やはり夜中に見た悲しい夢とやらが関係しているのだろうか。
とはいえ、さっきまでいつも通りご機嫌だったというのに、突然どうしたことだろうと首を傾げていると、ポレットは俯いたまま口を開いた。
「ないしょのはなし、あるの」
「内緒の話?」
聞き返してみたものの、ポレットはまだ迷っているようで口を開けては閉じを繰り返している。
もしかしたら、と思い当たることがあったリグは、小さな声で訊ねた。
「モッシュやカオン、テオドールにも内緒にしたい話か?」
「! うん、そう」
つまり二人だけの秘密ということだ。
一体どんな話が飛び出してくるのかはわからないが、ポレットが勇気を出して切り出してくれたことはわかる。
その時、リグの勘が働いた。
(あ、これ……聞かなきゃダメなやつだ。それで、ちゃんと秘密を守らないといけない)
そう感じた瞬間、きっとポレットにとってとても重要で、大事な話だと察したリグは、言葉を選んでポレットに告げた。
「ポレットが話したいって思ってくれたなら、俺はちゃんと聞くよ。他の誰にも話したりしないって約束する」
「……ぜったい?」
「うん。絶対」
しばし真剣な眼差しでポレットを見つめていると、ポレットはようやく話し始めてくれた。
「ゆめ……」
「夢?」
「ポレット、まえにへんなゆめ、みてた。いつもおなじおんなのこが、でてくるゆめ」
「……うん」
ポレットのたどたどしい説明で理解するのは難しかったが、リグは根気強く、そして確認しながらポレットの話を最後まで聞いた。
ポレットの夢の話は、リグに大きな衝撃を与えることとなった。




