38 町を守った英雄
その日の夢は、いつもとは雰囲気が違った。
ポレットはいつも通りディザの姿を探しながら夢の中を歩き回る。しかし、いくら探しても見つからないのだ。
「ディザ……?」
名前を呼んでも返事がない。
それでもこの空間にいる、という予感だけは確実にあった。
諦めずに歩き回っていると、ようやく何かの気配を感じ取る。
それは叫び声のようで、ポレットはわずかに警戒した。
なぜなら、その声はディザだけのものではなく、複数聞こえてきたからだ。それにどこか物々しい雰囲気で、ポレットはギュッと自分の身体を抱きしめた。
それでもディザを見つけたかったポレットは歩き続けた。
声はどんどん大きくなり、何かただならぬ事件が起きているかのような騒ぎだということがわかる。
ふと、前方に逃げるように走るたくさんの人影が見えてきた。
人ではなく、人の形をした影だ。はっきりと顔がわからないのは、ここが夢の中だからだろうか。
ドキドキする胸を押さえながら思わず立ち止まった時、ポレットの目は見慣れた黒髪が駆け抜けていく姿を捉えた。
「ディザ!」
『っ、え? ポレット!? なんでこんなところに……ううん、そんなことより、あんたも早く逃げなさい!』
「えっと、なにが、あったの!?」
立ち止まらずに走り続けるディザを追いかけながら、ポレットは叫ぶように訊ねた。
ディザはちらっと一瞬だけポレットを振り返ると、走りながら答える。
『魔物が現れたのよ。森からバジリスクがね!』
ポレットはバジリスクがなんなのか知らなかったが、どうやら危険な魔物らしいことはわかった。
『もう畑のところにまで来ているらしいの。私、倒してくる!』
「あぶない、よ!」
『平気よ。それに、バジリスクを倒して見せたら町の人たちだって……今度こそ私を認めてくれるわ!』
そんなにも強そうな魔物を、ディザは簡単に倒すと言う。
それが心配で、ポレットは引き止めたかったが、ディザの足は止まるどころがどんどん速くなっていく。
ポレットとの差が開いていき、やがて視線の先にとても大きなヘビが暴れているのが見えた。
初めて見る大きな魔物。リグたちとともに見回りをした時に小型から中型の魔物を見たことはあるが、建物よりも大きい魔物は初めてだった。
ポレットは恐怖で足がすくみ、それ以上近付くことが出来ない。
何より恐ろしかったのは、ディザが小さな身体でバシリスクに突進していく姿だった。
『こんな町でも、あたし結構気に入ってるのよ。食べ物は美味しいし、気味が悪いってだけで町の人たちは石を投げてこないし。逃げ込んで辿り着いただけの何の縁もない町だし、誰も目を合わせてくれないのはちょっと不満だけど……』
離れた位置で叫ぶディザの声が、なぜか近くで聞こえてくる。
まるで脳内に直接話しかけられているかのような、不思議な感覚だった。
怖くて身体が震え、ポレットはその場から一歩も動けなかったが、ディザから目を離すことも出来なかった。
『覚悟しなさい、バジリスク。いくわよ……! 業火よ!!』
ディザからは少し怒っているような気配を感じた。
そういえば、ディザは感情も少し利用したほうが、魔法の効果が上がると言っていた。
今は怒りの感情を込めることで、威力を増したのかもしれない。
ディザが放った魔法はとてつもない威力だった。
炎が何重にも重なって渦巻き、何もかもを燃やし尽くしてしまうかのような恐ろしさを感じた。
直撃したバジリスクは町中に響き渡るほどの鳴き声を上げており、その断末魔はいつまでも耳に残ってしまうような錯覚を覚える。
何より、業火に焼かれ続けるバジリスクの姿は生きたバジリスクよりも恐ろしく見えた。
まるでここが、地獄だと錯覚してしまうほどに。
どれほどの時間が過ぎただろうか。
気付けば業火は消え、バジリスクは骨も残らず燃え尽きた。
周囲の土は真っ赤に染まっており、ポレットはこの光景に見覚えがあった。
『はぁ、はぁ……やったわ……』
呆然とする中、脳内にディザの声が響く。
ハッとなってディザの姿を探すと、達成感に満ち溢れた飛び切りの笑顔で振り向くディザが見えた。
すぐに駆け寄ってすごいと言いたかった。でもポレットの足はまだ恐怖ですくんでいて、すぐには立ち上がれそうにない。
『見て! みんな、もうだいじょ——』
ディザはバジリスクと戦おうと集まっていた人たちに向かって高らかに声をかけたが、その言葉が不自然に止まり、顔が一瞬で凍り付く。
なぜなら、この光景を見ていた人たちが恐怖に目を見開き、身体を震わせながらディザを見つめていたからだ。
『ば、ばけもの……!』
『え……』
一人の男がそう言ったのをきっかけに、人々は叫び声を上げながら逃げ去っていく。
誰一人、ディザにお礼はおろか、労いの言葉をかけることさえなかった。
ポレットは、胸がぎゅっと締め付けられる思いがした。
声をかけたいのに、なんと言えばいいのかわからず、口の開け閉めを繰り返す。
足は、いまだに動いてくれなかった。
『は、はは……そうよね。うん、わかってたわ』
しばらくしてディザが口を開いた。ポレットはようやく掠れた声で彼女の名を呼ぶ。
「ディ——」
『怖がるのも仕方ないわ! だってあたしは天才なんだもの。そうよ、別に……みんなに褒めてもらいたかったわけじゃ……』
ポレットの声は届く前に彼女自身の声でかき消された。
ディザはさらに、自分に言い聞かせるように大きな声で叫ぶ。
『これでこの町はもう安全よ! あたしは人知れず町を守った英雄だわ! 誰にも認められなくたって……っ!!』
どこまでも強気な声だったが、最後にはついに言葉を詰まらせ、ディザは下を向いたまま走り出す。
「っ、ディザ!」
ポレットがようやく大きな声で叫んでも、ディザが立ち止まってくれることはなかった。




