4 頼られる喜び
時間をかけて器に半分程度入っていたスープを飲み終えた幼女は、お腹いっぱいになったようだった。
おかわりはどうかと訊ねても首を横に振る幼女に対し、リグは遠慮をしているのではないかと心配したが、カオンが言うには長らく食べていない子は少しずつ食べる量を増やしていくので今はこれでいいという。
それでも、あまりにも少ない食事量にリグはどうしても心配になる。
「もっと食べたいとか、飲みたいとか……そういうのは絶対に言ってくれよ? 遠慮は心配になるからな!」
必死でそう告げるリグに対し、幼女は小さく首を縦に振った。
(いつか、肉とかお菓子とかたっくさん食わせてやりたいな)
焦りは禁物。リグは手慣れたカオンに嫉妬はするが、指示には従う。
カオンの言うことが正しいと理解しているからだ。
ふと、カオンが顎に手を当てながら言う。
「髪が傷んでいますね。それにこれだけ長いと前が見えなくて目が悪くなってしまうかも」
「えっ!?」
「髪を切りましょうか? 嫌なら無理はしなくていいですよ」
目が悪くなっては大変だ。リグは驚いて声を上げてしまったが、カオンはまたしても幼女に無理はしなくていいと言う。
穏やかな声に、優しい言葉。リグにはないものだ。
リグの胸中にまたしてもモヤモヤが広がっていく。
一方、言われた幼女は戸惑っている様子で、首を縦にも横にも振らない。
リグは気持ちを切り替えて幼女を安心させようと声をかけた。
「髪を切るのは怖くないぞ。大丈夫、俺も伸びてきたらよくカオンに切ってもらってるから」
幼女の背に手を当ててそう言うと、ほんの少しだけ肩の力が抜けたのが見て取れた。
リグもまた、その様子にホッとしていた矢先。
「いいね! んじゃ、僕が切ってあげるよー! とびきり可愛くしてあげちゃう!」
空気を読まない男、テオドールが笑顔とともに大きな声で割り込んできたものだから、幼女はまたしてもビクッと全身を硬直させてしまった。
しばし場に流れる沈黙。
テオドールは硬直した幼女を見ると、にこーっとさらに笑みを深める。
とても嫌な予感がしたが、一歩遅かった。
「……わっ!!」
唐突にしゃがみこんだテオドールが意味もなく大声を出して驚かすと、幼女はさらに驚いてぴょんと跳ねた。
その様子がおかしかったのか、テオドールは腹を抱えて笑いだす。
「あっははは! ごめん、ごめん。驚いた顔が可愛くってさぁ!」
「テオドール!」
「悪かったってー。お詫びに、君のこと可愛くしてあげるから」
せっかく幼女の緊張を解いたというのに台無しだ。
リグは目を吊り上げてテオドールに向かって叫んだが、悪びれた様子もない。
「わぁ、すごく嫌そうな顔してるぅ。んふ、その顔も面白いね!」
ご機嫌な様子でそういうテオドールの言葉に、リグは慌てて幼女に目を向けた。
表情こそ変わらないが、眉根が寄って目が据わっているように見える。
一連の流れを見ていたのだろう、モッシュとカオンが呆れたように口を開いた。
「嫌われたな」
「嫌われましたね」
「テオドールの自業自得だっ」
「えーっ、そんなぁ! 仲良くしようよぉ」
気付けば幼女はリグのズボンをギュッと握りしめてテオドールから隠れており、こんな時だとういうのにリグは頼られたようで嬉しい気持ちも感じていた。
「このお調子者は私が叱っておきますからね。それで、髪は切りますか? どうします?」
「そうだった! どうかな? カオンは本当に上手いから安心して……ん?」
幼女はさらに服をギュッと握りながらリグを見上げている。何か言いたいことがあるのかと考えたリグだが、ふと思い至って目を丸くした。
「も、もしかして、俺に切ってって言ってる?」
まさかな、と思いながらの質問だったが、幼女は迷わず頷いた。
「え、本当に俺? 俺が切るの?」
「ふふ、リグはこの子に信頼されているんですね」
信頼されている。
カオンではなく、リグのことを。
(なんだ、これ。なんだこれ。胸の奥が、くすぐったい)
口をもにょもにょさせながら、リグはほんのり頬を染める。
だが問題はリグに人の髪を切った経験がないということだった。
「どうしよ、うまくできるかな……」
「大丈夫ですよ、リグ。私がアドバイスしますから。近くにいてもいいですか?」
カオンの言葉に幼女が頷いたことで、リグは腹を括った。
「よし、じゃあ頑張ってみる!」
幼女は他の誰でもないリグを頼ってくれたのだ。俄然やる気がみなぎった。
◇
「ちょ、ちょっと前髪が斜めになっちゃったかな……」
「初めてにしては上出来ですよ。女の子は気にするかもしれませんが……どうでしょう」
「いいじゃん、いいじゃん。可愛いよ! ほら、君も見てごらん!」
モッシュによって幼女から距離を取らされたテオドールが、魔法で幼女の前に鏡を出した。
離れた位置にいるというのに器用なものだ。
幼女は目をぱちくりさせながら鏡に映る自分を見つめる。
長くぼさぼさだった髪は傷んでいたため肩口まで短くなっているが、前髪以外はそれなりに長さが均一だ。
隠れていた顔が露わになり、幼女が愛らしい女の子だということが誰の目から見てもわかるようになっていた。
美しいアース・アイは、まん丸に見開かれている。
数秒後、幼女はわずかに口角を上げた。心なしか頬も赤くなったような気がする。
「笑、った……?」
「きっと気に入ってくれたのでしょう」
幼女はテオドールの風の魔法で切った髪を綺麗に吹き飛ばしてもらうと、リグのほうに身体を向けてギュッと足に抱きついた。
「わ、っと。気に入った?」
リグが訊ねると、幼女は首を何度も縦に振る。
(可愛い……)
そっと頭を撫でると、幼女は気持ちよさそうに目を細めた。その姿を見てリグの心はさらにギュッとなる。
これでちゃんとした服を着ていたら、もっと可愛くなるだろう。
美味しいご飯をたくさん食べて、もう少し肉付きが良くなったらさらに可愛く。
ついでに自分の髪を切る腕がもっと上手であったなら、さらにさらに可愛くなるに違いない。
「次に髪を切ることがあったら、もっと可愛くしてやるからな!」
その頃まで幼女が自分たちと一緒にいるかはわからない。保護者のもとに返すのが一番だとはわかっている。
それでも、リグは自然と「次」を口にしていた。
もうすでに、この子と別れたくないと思っていることには、まだ気付かぬままに。




