35 素直なポレット
その日、ポレットは夢で早速ディザに訊ねた。
純粋に、ディザの師匠の話を聞いてみたかったのだ。
しかし、ディザの答えはポレットの思っていたものとは違った。
『師匠? そんなのいないわ』
「そう、なの?」
『ええ。魔力があることに気付いて、自分でたくさん調べたの。それで魔法を使えるようになったのよ』
「すごい」
自分の力だけで魔法を使えるようになるなど、ポレットには考えつかないことだ。
ポレットも天才の類ではあるが、なんとなく使い方がわかっても一度見せてもらわないとうまく使えない。
師匠であるテオドールもかなりの天才だと思うが、ディザの魔法に関する能力は一線を画している。
これならポレットが気になっていたことも、ディザに教えてもらえるかもしれない。
そう思ったポレットは、テオドールに注意されてむっとした時のことを相談することにした。
『感情を抑える、ね。本で見たことがあるわ。でもね、ちょっとなら平気だと思うな、あたしは』
しつこいくらいに「抑えろ、抑えろ」と言われ続けていたポレットにとって、ディザの答えは目から鱗だった。
しかしちょっとなら平気とはどういうことだろうか。
不思議な顔で続きを待っていると、ディザはこそこそと耳打ちをするように小声で告げた。
『だってね、イライラした時に魔法を使うと、いつもより威力が増すの』
「いりょく、が?」
『ええ。それから悲しい時に魔法を使うと、いつもより広がる感じがするわ。嬉しい時に使うと、効きが良いしね』
「そうなんだ」
『でも、あんたの師匠の言うことも本当よ。本に書いてあったことも。気を付けないと暴走するのは事実だもの。あたしは制御出来るから感情も利用しちゃうってだけ』
「ずるい!」
結局のところ、ポレットは我慢しなきゃだめと言われたようで、ポレットは頬を膨らませて文句を言った。
ディザはくすくす笑ってポレットの額を人差し指でつつく。
『仕方ないでしょ。あたしは魔法の天才なんだから』
「テオも、てんさい」
『へぇ? でもきっと、あたしには負けるわ』
ディザは自信満々で腰に手を当て、胸を張っている。
結局我慢するしかなさそうなポレットは一人不服顔だ。
そんなポレットに寄り添うように、ディザはとても近くに座った。
その際、ポレットの背に腕を回し、ぎゅっと抱き寄せてくれる。それがなんだか恥ずかしくも嬉しくて、ポレットはこてんとディザの肩に頭を預けた。
『ねぇ、ポレットも天才よ? でもまだ子どもでしょ? だからもっと勉強して、訓練して、大きくなってからじゃないとやっちゃだめよ。ポレットが危険な目に遭うのは嫌だもの』
「ディザだって、こども」
『あたしは天才の中の天才だからいいの!』
「ずるい」
今度の「ずるい」は、さっきほど悲しくはなかった。ポレットもディザが本当の天才だと思うからだ。
それに、抱き寄せて明るく笑うディザが可愛いから。ただそれだけで許してしまえる気がした。
『師匠だって、ポレットが心配なのよ。意地悪なのはどうかと思うけど、言うことは聞いておいたほうがいいわ』
「むー……わかった」
『良い子ね。人の話をきちんと聞ける子は、きっとものすごい魔法使いになれるわよ』
なんだかディザは、ポレットのことをものすごく子ども扱いしている気がする。お姉さん風を吹かせているともいう。
けれどポレットはそれが心地好かった。姉がいたら、こんな感じなのかもしれない。
『あっ、あと力も大事よ!』
「ちから?」
『そう。ポレットったら本当に細いんだもの。しっかり食べて、しっかりした筋肉をつけなきゃ』
「きんにく……」
そう聞いて、ポレットの脳裏にモッシュの顔が浮かぶ。モッシュは誰よりも体が大きく、筋肉もたくさんついている力持ちだ。
ポレットが筋肉をつける方法も何か知っているかもしれない。
『魔法にばっかり頼ってちゃダメになるわ。あたしもそこが弱点だから、最近はトレーニングもするようにしてるの。剣術の稽古を盗み見て真似したりね。……ポレットは、誰かに教えてもらえるといいわね』
ディザは最後にそう言い残して、ほんの少しだけ悲しそうな笑みを浮かべた。
◇
翌日、ポレットは自由時間になるとモッシュに駆け寄って服の裾を掴んだ。
モッシュは驚いたように振り返ると、その場にしゃがみ込む。それでもモッシュのほうが背が高く、ポレットは見上げたままモッシュの腕をペタペタ触った。
「ど、どうしたんだ、ポレット?」
「きんにく」
「んん?」
モッシュが聞き直した後、ポレットは腕まくりをし、力こぶを作ってみた。
もちろんそこに力こぶはなく、白くて細い腕があるだけだ。
ポレットはしょんぼりしながらモッシュを見上げると、切実な眼差しで訴える。
「うで、むきってしたい」
「ん"ん"っ……筋肉をつけたい、ってことか?」
「うん」
笑いそうになったのを必死でこらえたらしいモッシュは、真剣なポレットに対しとても誠実な対応をみせてくれている。
モッシュは少しだけ口元に手を当てて間を取ると、ごほんと咳ばらいをしてから真面目に答えてくれた。
「小さい頃から鍛えると成長を阻害しかねない。まだ早いと思うんだが」
「そがい?」
「あー……子どもの頃から筋肉をつけると、背が伸びなかったりするんだ」
「こまる!」
「そうだろ? だがやるな、とは言わない。少しずつ、適切な訓練をしていこうな」
「モッシュ、おしえて、くれる?」
「ああ、もちろん。今から少しやるか?」
「やる!」
この日から、毎朝モッシュとポレットが並んで簡単な体操をするようになった。
次第に人が増えていき、今ではカオンとリグだけでなく宿舎にいる傭兵の別チームのみんなも参加している。
「よくそんなこと、毎日続けられるよねぇ」
「テオも、やる」
「やらないよ。僕はその時間があったら寝ていたいもん」
「そんなんだから体力ないんだよ」
「余計なお世話! 人並みにあればいーの!」
唯一、朝の弱いテオドールだけが不参加だ。
リグとポレットは珍しくテオドールに反撃出来て、互いに顔を見合わせて笑った。




