34 魔法使いたるもの
部屋が元通りになったのはあっという間だった。
リグが騒いでいてのもあって、何があったのかとみんなが様子を見に来てくれたからだ。
「なるほどねー。寝ぼけて魔法を使っちゃったのかぁ。それは盲点」
「ごめん、なさい」
「あー、悪気はないんだから仕方ないでしょ。でも、対策は必要かもねー」
テオドールは部屋の状況を見た瞬間すぐに察し、キャンセル魔法をかけてくれた。
その後、クリーン魔法や乾燥などの魔法を駆使し、部屋はみるみる元通りに。
ポレットが目を輝かせて見ていたのは言うまでもない。
「ポレットも、いまの、やりたい」
「クリーン魔法や乾燥は出来ると思うけど、キャンセルは難しいと思うなぁ」
「やりたい!」
「好奇心旺盛なお嬢様だねぇ。ま、やってみればわかるでしょ」
呆れ半分で魔法のキャンセルを教わったポレットは意気揚々と試してみたのだが、これまでの魔法と違いいくらやってもうまくいかない。
ぷくっ、と頬を膨らませたポレットに、テオドールのにやけ顔が並ぶ。
「ほらね? いくら天才といえど感覚派に出来ることは限られてるのさ! ざーんねーんでーしたぁぁぁ!」
「むーっ!」
「テオドール、いちいち煽るな……」
モッシュの呆れ声も聞こえているはずなのに、テオドールはポレットをからかうことをやめない。
ちなみに、魔法のキャンセルは魔法理論に基づいた術式を用いるとかで、理解出来ないと使えないという。まだ幼いポレットが理解出来ずに使えないのは当たり前のことだったのだ。
「つかえたら、よかったのに」
「そっか、ポレットはまた同じことがあっても、自分でなんとか出来たらよかったのにって思ってるんだな?」
「うん。めいわく、だから……」
しゅん、と俯いてしまったポレットの頭をリグが撫でる。
さらにその上からテオドールの手が乗った。
「弟子の失敗は師匠がなんとかするもんなの! 反省や悔しさは訓練で活かしてよね」
「でも、ポレット……ゆめで、まほうつかった、から」
「ん? どういうこと?」
テオドールが暗に気にするなと言っているのだが、ポレットはまだもじもじと元気がないままだ。
リグはしばし考える様子を見せると、思いついたように告げる。
「たぶんポレットは、夢の中で魔法を使ったこともテオドールとの約束を破ったことになる、って思ってるんじゃないかな」
リグの視線を受け、ポレットは申し訳なさそうに頷いた。
夢の中だからいいやと思って魔法を使った自覚があるからだ。
それはそれとして、からかってくるテオドールに対して素直に謝る気が起きず、ポレットはずっともじもじしていた。
そんな幼児の考えなど手に取るようにわかるのだろう、テオドールはさらに笑みを深めてポレットの顔を覗き込む。
「なーるほど? それはたしかに約束破りだねぇ。どんなお仕置きしてやろうかなぁ」
「ひぐっ」
「テオドール!!」
怯えて肩を揺らすポレットを、リグが守るように抱きしめた。
そんな二人の様子まで愉快だと言わんばかりに、テオドールはお腹を抱えて笑っている。
「冗談だよぉ! そこまで非道じゃないよ、僕は。信じちゃったぁ? ポレットちゃんはからかい甲斐があるよねぇ! あっはははは!!」
「……テオ、きらい」
「そういうとこだぞ!」
「あは、また嫌われちゃったー」
鋭い眼差しでポレットがテオドールを睨みつけているが、愛らしい幼女の視線など痛くもかゆくもないのだろう。
それが余計に腹立たしく、ポレットは再びむくれてそっぽを向いた。
しかし、テオドールは次の瞬間には小さくため息を吐き、静かな声で諭すように言う。
「でもね、ポレットちゃん。魔法使いたるもの、そう簡単に感情に振り回されちゃダメだよ。いつでも心に余裕を持たなきゃ」
それは魔法を教わる時に毎回言われていることでもあった。
(おこっちゃダメってこと? でも、おこりたいもん)
感情の抑制についてはうまく出来ない大人も多いほど。幼いポレットにやれと言って出来るわけもない。
しかしテオドールとて言い続けないわけにはいかない大切なことだった。
「魔法は簡単に心に左右されるからね。特に君は膨大な魔力を秘めている。人より暴走しやすいんだよ。だから感情の制御を今の内から覚えないと」
「なんども、きいた」
「何度だって言うよ。だって君は理解していないから。すぐに怒ったり泣いたり喜んだりするでしょ? もしそういうことがあっても、自分の中で落ち着かせられるようにならないとね」
むすっと不貞腐れながら、ポレットはぽつりと溢す。
「……むずかしい」
「だからこの僕がいつも訓練してあげてるの! この程度はさらっと流せるようになってもらいたいね。はー、嫌われ役を買って出る僕! やっさしー!」
「テオドールの場合、楽しんでる部分が多そうだけどな」
「酷いなぁ、リグ。そーんな意地悪言ったらもっとからかいたくなっちゃう」
「や、め、ろ!」
やり方自体に思うところはあるが、テオドールが魔法に関して言うことは大抵正しい。それが余計に腹立たしいのだ。
(おこらないように……ディザも、そうしてるのかな)
少しだけお姉さんでありまだ子どものディザのことを思い出す。
夢の中では自由自在に魔法を操るディザ。
いつでも自信に溢れていて、笑顔で、そんなディザにポレットは憧れを抱いている。
(でも、しょんぼりしてることも、あった?)
最初に見つけた時、ディザは座り込んでいた。
ただ休憩していただけにも思えたが、ポレットにはあの後姿が悲しそうに見えた。
それが少し、気になる。
(また、ゆめであったら、きいてみよう)
ついでに、テオドールの意地悪についての愚痴を聞いてもらおうと決め、ポレットは小さく口元に笑みを浮かべた。




