33 秘密の友達
「おはよう、ポレット」
「んむぅ、おあよ。リグにぃ……」
「ははっ、寝癖がついてる」
ポレットが大きなあくびをしていると、リグが笑いながら髪を撫でてくる。
いつも優しいその手が、ポレットは大好きだった。
「そういえばポレット、最近は魘されなくなったな。変な夢は見なくなったか?」
「んー……わかん、ない?」
「そっか」
リグはこうして朝、ポレットに聞いてくることがある。その度にポレットは少し考えてから首を傾げるのだ。
何もないとわかると、リグはすぐに笑顔で答えてくれた。そしてそのまま、顔を洗って着替えるいつもの流れとなる。
けれどポレットは、リグに隠していることがあった。
実は検査を受けた日以降、ポレットは夢の中で頻繁に友達と会っている。
その夢はこれまでの悪夢と違い、ポレットが起きた後も忘れることはない。
同じようで少し違う夢。
変な夢であることは間違いないのだが、ポレットはその夢で怖い思いをしたことはない。
むしろ秘密の友達が出来たみたいで、ポレットは夢を見るのが楽しみなくらいだった。
(でも。だれにも、いわないほうが、よさそう)
これだけ楽しい夢なら話したくなるものだ。しかしポレットの中にある漠然とした予感が、口を閉ざしたほうがいいと告げてくる。
リグになら話していいかとも思ったのだが、リグに話せばチームのみんなにも知られることになる。
別にモッシュやカオンに知られるのが嫌だというわけではない。テオドールも、意地悪だが信用はしている。
(はなしていいのは、リグにぃ、だけ)
それでも、リグ以外に伝わるのはなぜか嫌なのだ。
ポレットはその部分だけは大事に守りたかった。
初めて夢でその子と会った時、ポレットはその子のあまりにも寂しそうな背中に思わず声をかけた。
『だれ……?』
後ろを向いて蹲っていたその子は黒い髪の美しい女の子で、ポレットより少し年上くらいの子どもだった。
ポレットの声を聞いてハッと振り向いたその子の瞳は血のような赤。
つり目なのもあってか、彼女の強気な性格が表れているかのように力強い印象を受けた。
『あたしは、ディザ』
『ディザ……ポレットは、ポレット』
ディザと名乗った女の子はポレットの存在に驚くでもなく、はきはきと名乗るとキュッと口を引き結ぶ。
しかし、ポレットのふわふわした返し言葉に片眉を上げると、プッと吹き出して笑った。
『ふふっ、なにそれ。いいわ、ポレットね』
ポレットはディザの、その笑った顔がとても可愛いと思った。
ディザとは夢の中でいろんな話をした。おかげでポレットはディザのことをいろいろ知っている。
『あたしね、人より魔力が多いの。だから、みんなの助けになれることをするんだ!』
『すごい』
『でしょ? すごい魔法を使って見せたら、きっとみんな褒めてくれるよね。あたしのこと、ちゃんと見てくれるはず』
『? うん』
ただ時々、ポレットにはディザの言う意味が理解出来ないことがある。
(すごいまほう、つかわなくても、ほめてくれるのに)
ディザの言い方では、まるですごい魔法でも使わない限り誰も褒めてくれないみたいだ。
だがその違和感が、幼いポレットには理解しきれないでいた。
『ポレット、応援してくれる?』
『うん。おうえん、する。がんばって』
『ええ!』
だからポレットは純粋に、ディザの応援をすることにした。
ディザは夢の中で自在に魔力を操り、いろんな魔法を見せてくれる。
その度にポレットは目を輝かせ、夢中になって魔法を眺めた。
『ポレットも、やってみたい』
『え? 魔力がたくさんなきゃ、無理よ』
『ある。やってみる』
今日は夢の中で、ついにポレットも魔法を使ってみることにした。
本当はテオドールの許可なく、それも見ていない場所で魔法を使うのはいけないことなのだが、夢だから大丈夫だと思ったのだ。
それと、ディザが見せてくれたシャボン玉の魔法があまりに綺麗で、どうしてもやってみたくなったというのが一番の理由かもしれない。
ディザが見せてくれたシャボン玉をジッと見つめたポレットは、イメージだけで魔法を放つ。
すると、ポレットの広げた両手から一つ、また一つとシャボン玉が現れ始めた。
しかしそれは次第にスピードと数を増やし続け、あっという間に目の前が見えなくなるほどのシャボン玉で埋め尽くされる。
『だしすぎ、ちゃった』
ポレットがシャボン玉に埋もれながら失敗を口にすると、同じように埋もれたディザがシャボン玉をかき分けて顔を出す。
それから少しして、大きな声で笑いだした。
『ぷはっ。……ぷっ、あはははっ! 本当に出しすぎよ! でもポレット、あんたやるじゃない』
『えへへ』
『これはすごいわ! ね、一緒に魔法を極めましょ! あたしたちならなんだって出来るわ!』
『うん。いっしょに、まほうがんばる』
魔法の上手なディザに褒められて、笑ってもらえて、ポレットはとても嬉しかった。
これからも意地悪なテオドールに魔法を教えてもらうのが、少しだけ楽しみになるくらいに──
「……ット! ポレット!!」
「んえ?」
夢の中でディザと笑い合っていたと思ったポレットだが、次の瞬間リグに呼ばれて目を覚ます。
ただリグの声が妙に焦っているように聞こえ、ポレットは目をこすりながらゆっくりと瞼を開ける。
「良かった、起きた! ポレット、いますぐ魔法を止めてくれ!」
「まほー……あれ?」
ようやく目をぱっちり開けたポレットは上半身を起こすと、部屋の状態を見てとても驚いた。
リグと一緒に寝ていた部屋は、夢の中と同じようにシャボン玉で埋め尽くされていたからだ。
どうやら夢の中で使った魔法を、無意識に現実でも使っていたようだ。
ポレットは慌てて魔法を止めるも、出してしまったシャボン玉はすぐに消えてくれない。
普通のシャボン玉のように簡単には割れてくれないところがまた厄介だった。
「……なんの夢を見てたんだ? ポレット」
「ん、と。ごめん、なさい。でも、たのしかった」
「……ふはっ、そっか。良い夢だったんだな」
ポレットは反省した。テオドールの見ていない場所で魔法を使うという約束破りをして罰が当たったのだと。
これがシャボン玉でよかったと思うべきなのかもしれない。もし火を使っていたら、宿舎は今頃丸焦げになっていたかもしれないのだから。
(ゆめのなかでも、まほうは、つかわない……!)
ディザに魔法を見てもらえないのは残念だが、事情を伝えればきっとわかってもらえる。
ポレットはそう思いながらも、今はこのシャボン玉をどうすべきかを考えることにした。




