32 魔法使いとリグの勘
リグがポレットを部屋に寝かせて戻ると、カオンがテオドールに詰め寄っているところだった。
「あれは一体どういうことですか?」
「んー、少し気になった程度なんだけどね? ポレットちゃんが血を取られている間、なんとなく変な感じがしたんだ」
「少し気になった程度であんな聞き方ですか。ポレットはまだ幼いのですよ?」
「出た出た、過保護。別に悪口言ったり攻撃したりしてないでしょー」
「していたら私が相手してましたよ」
「へぇ、僕とやんの?」
ピリピリとした空気が漂い始め、リグは思わず足を止める。
珍しい光景に驚いたというのもあるが、実力トップクラスの二人がぶつかればちょっとした喧嘩などではすまない。
そんな二人を止めたのはモッシュだった。
軽いゲンコツを二人に食らわすと、鋭い眼光が二人を交互に射抜く。
とんでもない殺気にリグはぶるりと身を震わせた。至近距離で直接殺気を向けられている二人はさらに食らっていることだろう。
さすがの二人も冷や汗を流しているのがわかった。
「くだらねぇことで争うんじゃねぇ」
「……すみません。冷静さを欠きました」
「悪かったよ……」
二人が謝罪を口にしたことでフッと空気が弛緩し、リグもようやく息を吐く。
この二人を止められるのはモッシュくらいのものだろう。
それからリグは、意を決して三人の近くへと歩み寄る。
テオドールの言ったことが気になったからだ。
近付いてきたリグに気付き、モッシュが先に質問を口にした。
「テオドール、ちゃんと説明してくれ。もしあの時ポレットが魔法を使ったのだとしたら、お前が真っ先に気付いたはずだな?」
「そうなんだよねー。そこら辺の魔法使いなら気付かないものでも、僕だったら絶対に気付く自信もある。でもあの時魔法の気配はなかった。でも違和感はあって……だから気になってさ」
そもそも、テオドールの質問自体も曖昧なものだった。
もし本当にポレットが魔法を使っていたのなら、「使っていたよね?」と彼なら聞くはずなのだから。
つまり、テオドールですら何が起きたのかわからなかったということ。
リグは思い切って、あの時感じた妙な感覚を伝えることにした。
「あ、あのさ。本当に気のせいかもしれないんだけど。俺もあの時、ちょっと妙な感じがして」
「リグの勘が? 信憑性が増したな」
「ちょっと、僕の魔法使いとしての経験だけじゃ信じられないってこと?」
「単純に、同じことを言う人が増えたことによるものですよ、テオドール」
「ちぇ、そういうことにしといてあげる」
あまり信用されても困るのだが、実のところ本当にリグの勘は侮れない。
百発百中といっていいほど、リグが何かを察知した時は良いも悪いも当たるのだ。
ただ今回は、それが良いものなのか悪いものなのかリグにはわからない。
そういう時は特別な何かを見つけた時。ポレットを森で見つけた時にも似た感覚があった。
「俺が妙だと思うってことはさ、魔法じゃない何かが起きてた、とか?」
「あり得るね。ただ僕が感じたから魔法が無関係ではないとも言える。とはいえ、結局それがなんなんだって話に戻るんだけど」
「テオドールがわからないなら、この場にいる誰もわかんないよ」
魔法が関係していなければ、テオドールが何かを感じ取ることはなかったはずなのだ。
魔法に関する何かが、あの時にあったのは間違いない。
テオドールは顎に手を当てつつ、考察を口にする。
「ポレットちゃんが魔女じゃないって証明されたのは良かったんだけどさ。だとすると、封印されたあの膨大な魔力はなんなんだって疑問が残るんだよ」
「それは……まぁ、そうだな」
「潜在的に封じられているわけないから、必ず誰かの手が介入してるはずなんだ。でもこの僕が形跡さえ掴めない……あーっ、ほんっとうに謎だらけ!」
リグとしてもそこは気になっていたところだ。
ポレットの中に膨大な魔力が封印されていると知ったからこそ、魔女で間違いないとここにいるみんなが思ったのだから。
魔女として連れて行かれなくて良かったのは事実だが、ポレットについては謎が深まった形となる。
テオドールはひとしきり頭を抱えた後、パッとみんなに向き直って真面目な顔で宣言した。
「だから今、はっきり言っておく」
それぞれが姿勢を正し、テオドールに注目した。
テオドールは順番にみんなの目を見た後、意を決したように告げる。
「僕は、ポレットちゃんが厄災の魔女だと思ってる。たとえ検査で白だったとしてもね」
「……さすがにないでしょう? 血液検査ですよ? 誤魔化しようがないとテオドールも言っていたではないですか」
「それでも、だよ。何かが起きたのは間違いないし……そういう心構えは持ってたほうがいい」
「それは……ああ、そうですね」
最後まで信じられないといった態度だったカオンも、楽観的にとらえて何かがあった時よりいいと判断したのだろう、諦めたように頷いた。
「俺も、少しそんな気がしてる」
「リグが言うなら、そうなのかもしれませんね……」
「うん。でもさ、ちょっと違う気もしてるんだ。なんか、うまく言えないんだけど」
「それも勘、か?」
「うん、勘。ただ、ポレットを一人にしちゃいけないって、それは強く思う」
リグの中では一つ、確信に近い推測があった。
——厄災の魔女は、決して悪い魔女ではない。
だからこそ、ポレットが魔女だったとしても守らなくてはと思うのだ。
「……わかった。俺たちも心構えは常にしておこう」
「そうですね。引き続き、魔女についての調査は進めましょう」
モッシュとカオンの二人が理解を示してくれたことで、リグはホッと肩の力を抜く。
ちょうどその時ポンと肩に手を置かれたので見上げると、そこには苦笑したテオドールの、どこか嬉しそうな顔があった。




