29 何かのために何かを譲歩するということ
場の雰囲気が和らいだところで、テオドールが思い出したかのように手を打ち、懐から一通の手紙を取り出した。
「そうだ、ポレットちゃん。またエルザちゃんから手紙が届いてたよ」
「! よむ!」
「はい、どうぞ。『ポレット以外、読むの禁止』って書いてあるけど……読める?」
「よめる! みんな、みたら、だめ」
「はいはい」
森の奥の村でひと悶着あった少女エルザとポレットは、約束通り数回ほど手紙のやりとりをしており、今回で届いたのは四通目だ。
ポレットはまだほとんど字を書けないので挨拶程度の手紙なのに対し、エルザはしっかり文章を書いてきていた。
そのおかげもあって、ポレットは読むことに関してはめきめき上達し、今ではリグが読んであげなくても問題ないほどとなっていた。
ポレットがエルザに出す手紙の返信には、リグも補足としてメモを一緒に書いている。
だからエルザは、ポレットだけが読む手紙とやらを書いたのだろう。
「女の子同士の秘密の手紙、ってやつ? 可愛いことするよねぇ」
テオドールは頬杖を突きながらポレットの姿を眺めながらそう言った。
リグにはよくわからないが、女の子というのはそういう小さな秘密の共有が大好きなのだそうだ。
実際、内緒の手紙というものに目を輝かせるポレットはとても喜んでいるのがわかり、見ていて思わず頬が緩む。
ポレットがいそいそと手紙を読んでいるのを横目に、リグは思い出したように疑問を口にした。
「そういえばさ、検査のこと……エルザは大丈夫なのかな。ほら、魔女に怯えてたじゃん」
「そうでしたね。けれど彼女は頭が良さそうでしたから、村長の説明を聞けば納得しそうです」
「そうだといいけど……ポレットじゃなくても、子どもは検査なんて怖いだろうなって」
「何? リグ坊やも怖いのかな~?」
「そんなこと言ってないだろっ!」
緊張感の漂う「怖い話」はいつの間にか終わり、温かな雰囲気が漂っている。
たとえ問題の先送りでも、リグはいつだってこの雰囲気を大事にしたいと心から思った。
◇
ついに、この町を出る日がやってきた。
前の月に一チームが移動し、新たなチームがやってきて、次はリグたちのチームが移動する。
数か月後にはネネのチームも別の町に移動するという。
こうして傭兵は定期的に入れ替わり、町の治安を守っていくのだ。
幸い、移動先の町は例の大地震の影響が比較的少ない町だという。
大昔には魔物の襲撃が絶えない地域だったらしく、その名残で建物が丈夫な造りになっているのだそうだ。
移動先を決める際、幼いポレットがいることを考えて役人が配慮してくれたのかもしれない。
それでも、今いる町よりずっと多くの被害がある。土砂崩れで家が押しつぶされた地区もあれば、道が割れて通れなくなっている場所もあるらしい。
次の町でのリグたちの仕事は、そういった復興も手伝うことになるだろう。
しかし、目下の問題はそこではない。
「次の町はぐっと王都に近付きます。魔女検査も……行われている町です」
「いまや検査が行われていない町のほうが少なくなってきたがな」
移動先は早い段階でわかっていた。魔女検査は中央からじわじわと広がるように周辺の町へと広がり、国中で浸透し始めている。
テオドールの蜘蛛から、魔女の反応に近い者もちらほら現れ始め、要観察対象への対応に関する情報も集まっていた。
それによると、観察対象の行動は制限されてはいないらしい。
個人情報を他の者よりも詳しく調べられ、居場所を逐一知らせなければならない程度だ。
もちろん、怪しい点が見られればその限りではなくなるのだろうが、今のところそういった情報は入ってきていなかった。
このメンバーの中に観察対象がいたとしても問題ないことがわかっただけで十分だ。傭兵というだけで、対応は今とほとんど変わらないのだから。
ただポレットが要観察として引っかかった場合、調べるために時間を取られる可能性はある。なにせポレットを拾う前までの情報が記憶も含めて一切ないのだ。
テオドールという凄腕の魔法使いの診断と国の調査は大差ないからこそ、検査が長引くという恐れもある。
ポレットに関しては、観察対象になるのも不安要素。そもそも、魔女だと確定されれば有無を言わさず連れて行かれるのだ。
運命の瞬間が近付いている。
自然と顔が強張るのも仕方のないことだった。
「大丈夫ですよ、リグ。もし引っかかった時の対応策もたくさん考えたでしょう?」
「う、そうだけど。それだってテオドールやカオンに頼りきりの策じゃん……」
「使える物はなんでも使う、これは鉄則ですから」
「俺だって出来ることならなんだってやりたいのに、それが出来ないのが歯痒いんじゃないか」
いざという時、テオドールの魔法使いとしての地位や、カオンの家柄は交渉材料になる。
実をいうとカオンは貴族で、伯爵家の長男だ。
詳しいことまではリグも聞かされていないが、家の事情でいろいろと問題があって傭兵として活動しているだけで、今も伯爵家長男であることに変わりはないらしい。
そしてテオドールは元々魔法省の上層部で働いており、いわゆる権力者の中でもかなり強い立場にいたそうだ。
これもまたリグは詳しく知らないのだが、いろいろあってうんざりしたテオドールが自らその身分を捨てて魔法省を飛び出したと聞いている。
とはいえその実力を放っておくことは出来ず、立場も権力も所持したまま傭兵として活動しているのだ。
要は二人とも事情があって魔法省や家を飛び出した身。
出来れば二度と関わり合いにはなりたくないと思っていることくらい、リグにだってわかっていた。
それなのに、ポレットのためにひと肌脱ぐという。
何も出来ない自分に無力感を覚えるのも当然だった。
「リグにだって、いつかそういう時がくるかもしれません」
「え……?」
「何かのために、何かを譲歩する時が。今回は私やテオドールの番というだけです」
カオンはフッと眉尻を下げると、リグの肩にぽんと手を置いた。
「順番ですよ。横入りはずるいです」
「ずるいって……ははっ、うん。わかった」
つくづく、この傭兵チームは心身ともに強い者が多いとリグは思う。
ならばリグも、そうあればいいだけ。
一同は、次の町に向かって歩き始めた。




