28 ポレットに伝える怖い話
ポレットが夢で魘されている時、リグはいつも同じベッドに入り、ポレットを抱きしめながら眠った。
この町に来て季節が二つ巡ろうとしている。
ポレットも随分体力がつき、肉付きもよくなった。ほっぺがふくふくしてきて、可愛らしさも増したように思う。
これならモッシュとの保護者登録の「仮」を取ってもらえるだろう。
けれど心のほうは判断が難しい。
いまだにポレットはこうして、時々夜中に魘されることがあるのだ。
そうして夜に魘され目覚めた朝、リグは必ずポレットに確認するようにしている。
もし、何かを思い出して怯えるようなことがあったら、少しでも不安を取り除いてやりたいからだ。
もぞもぞと腕の中の小さな体が動いたことで目覚めたリグは、くあっと欠伸をするポレットを見ながらつい微笑んでしまう。
もし怖い夢を覚えていたら様子がおかしいはず。その兆候が見られないため安心したとも言える。
「おはよう、ポレット。……あのさ。怖い夢とか、見た?」
「おはよ……んー? わかんない」
ポレットはまだ寝ぼけた様子で、目をこすりながら思い出すように首を傾げている。
やはりなんとなく夢を見たことは覚えていても、内容は忘れてしまっているようだった。
ただ、目元に涙の痕が残っている。
怖かったのか悲しかったのかはわからないが、今は平気そうでも夢の中で苦しんだのだろうことがわかってリグはキュッと眉根を寄せた。
「また夜中に魘されてたんだ。大丈夫か? 元気ならいいんだけど」
「げんき。ゆめ、わすれちゃった」
「そっか。……よし! それなら顔を洗って朝食にしよう」
「うん!」
本人が気にしていないのならそれ以上聞くのもよくない。
リグは自分が切り替えるためにも、あえて明るい声を出してベッドから下りた。
朝食、と聞いて嬉しそうにベッドから飛び降りるポレットを慌てて抱き止める。
だいぶ肉付きはよくなったが身長はまだ低いのだ。ベッドから飛び降りたら怪我をしたっておかしくない。
だというのにこちらの気も知らないで、ポレットは無邪気に笑っていた。
(今日は、今日こそはポレットに話すんだ)
この笑顔を曇らせることになるであろう、魔女検査の話。
そろそろ移動の日が近付いているため、これ以上の先延ばしは出来ない。
直前に話すということも考えたのだが、何度もモッシュたちと話し合って、少し時間に余裕をもって説明しようと決めたのだ。
幼くとも、ポレットにだって考える時間を与えたい、と。
◇
「ポレットにさ、大事な話があるんだ。……怖い話」
朝食を終えた後、いつもは誰か一人が残ってポレットと留守番をするか、一緒に見回りの仕事に向かうはずなのに今日はみんなが揃って一部屋に集まっている。
その時点でポレットは何かを感じ取ったのか、リグの服の裾をギュッと掴みっぱなしだった。
過去の経験を体で覚えているのか、もともと観察眼が鋭いのか、ポレットはこうした周囲の空気の変化というものに敏感だ。
だからこそ話を切り出すのが心苦しかったが、リグはポレットと目の高さを合わせて話始めた。
「こわいの……?」
「うん。あんまり怖がらせたくはないんだけどさ、それでも知らないままはきっと、もっと怖いから」
少しでも安心してほしくて口元には笑みを浮かべるようにしているが、楽しい話ではないため目は真剣だ。
この複雑な心が幼いポレットにどれほど伝わるのかはわからないが、どんな反応が返ってこようとリグは最後までしっかり向き合う覚悟だった。
不安に瞳を揺らしながらも、ポレットはリグの服ではなく腕をしっかりつかみ直して答えた。
「……きく。リグにぃ……ぎゅっ、してて?」
「ああ。ずっとギュッとしてるからな」
リグはポレットを抱き上げると椅子に座り、膝の上に向かい合うように座らせた。
ポレットがいつでも抱き着けるように。リグがいつでも抱きしめられるように。
それからリグは一つ一つ説明をしていった。
北の山に封印されていた厄災の魔女という恐ろしい存在が最近消えてしまったことから始まり、世界のどこかに魔女が潜んでいるかもしれないこと、その魔女を探すために国中の人が血を取って検査すること。
「それで……ポレットは魔力がすごく多いから。もしかしたら魔女だって言われて連れていかれるかもしれないんだ」
もちろん、この場にいる誰かが検査に引っかかってしまうこともあるかもしれない、とリグは付け足した。
ポレットはただ黙って最後まで話を聞き、リグが話し終えた後もしばらくじっとしていた。
リグはもちろん、モッシュたちもポレットの反応を緊張の面持ちで待つ。
それから少しして、ポレットは脅えたように口を開いた。
「ち、とるの、こわい」
「そ、そこかぁ……」
その場にいた全員が思い切り脱力した。
やはり、幼い子に理解は難しかったのかもしれない。
しかしちゃんと聞いていた部分もあったようで、ポレットはギュッとリグに抱き着いた。
「ポレット、つれてかれないよ」
「え……?」
「リグにぃと、ずっといっしょ、いるもん」
「うん。俺も……ポレットとずっと一緒にいたいよ」
リグがたまらなくなってポレットを抱きしめ返すと、ポレットはその状態で上を向いた。
「へーき。だってポレット、まじょ、ちがうもん」
それはとても純粋で、真っ直ぐな言葉だった。
本当に大丈夫なんじゃないかという気にさせてくる。
ポレットの中では自分が検査に引っかかるという考え自体がないのだ。だからこそ、血を取るという部分だけが怖いと感じたのだろう。
(なんか、緊張しっぱなしでこっちがバカバカしく思えてきた)
リグはフッと肩の力を抜いて笑った。
「そーだな。ポレットは魔女じゃないから、検査に引っかからないよな」
「うん」
結局のところ、今どれだけ心配したところでやらなければならないことは変わらないのだ。
それなら思い悩んで過ごすよりもポレットのように少しでも前向きに考えていたほうがいい。
もし魔女として連れていかれる結果になるのだとしたらなおのこと、楽しい時間を過ごしてやったほうがいいに決まっている。
顔を上げてモッシュたちを見ると、皆同じことを思ったのだろう、柔らかな目でポレットを見つめていた。
(ポレットはすごいな。一瞬でみんなの悩みを和らげてくれた)
最も過酷な運命が待っているかもしれないポレットに、みんなが励まされたのだ。
リグは、たとえどんな結果が待っていようと、ポレットを諦めることはしないと心に誓った。




