27 泡沫の悪夢
──ポレットは夢を見ていた。
ここ最近、同じ夢を見ることが多く、起きた時にはいつも全て忘れている。
だがこうして夢を見ると思い出すのだ。これは何度も見ているいつもの夢だということを。
夢の中のポレットは黒髪で、もっと大人だった。
艶やかな黒髪は美しく、その髪を耳にかけたところで誰かから名前を呼ばれ、夢は始まる。
『ディザ! あの魔法のおかげで村に魔物が来なくなったよ』
『川まで水汲みに行くのに危険な目に遭わないから本当に助かるわ。ありがとう、ディザ』
『ディザの魔法は素敵な魔法ね。みんなを幸せにしてくれるもの!』
たくさんの人から感謝され、愛され、ディザは嬉しかった。
自分の有り余る魔力によって、人々の助けとなれることが彼女の生き甲斐。
『でもディザ、そんなに素晴らしい魔法が使えるのに、攻撃魔法は使わないのね?』
『冒険者や、国の防衛機関で働く気はないの?』
この時代、魔法は派手な攻撃魔法を使える者ほど強く、出世しがちだった。
むしろ、それ以外の魔法を使う者は魔法使いとして未熟者とされ、扱いは酷く働き口もない。
『……私はそういう魔法が苦手なの。どうしても人や動物や環境が傷付くから……』
『はぁぁ、ディザは優しいんだねぇ。使えるのに使わない道を選ぶなんて、まるで聖女だね』
『本当だったら魔法使いの頂点に上りつめて、誰よりも大金持ちになる未来だってあるのになぁ』
『毎日暮らしていけるお金さえあればいいわ。それに、こうしてみんなの役に立てるのが嬉しいの』
それは本心で、ディザには魔法を使って成り上がろうなんて気持ちは微塵もない。
むしろそうしたギスギスした環境が嫌になって、魔法省で勤めていたのを数年で辞めてこうして各地を転々と旅しながら生活しているのだ。
ディザが向かうのは辺境にある村ばかり。
貧困層の生活改善をし、病や事故で人が亡くなる数を減らすのが主な目的だった。
そうすることが、結果的に国が豊かになることを理解しているのだ。
今でこそその考えは浸透しているが、この頃はそれが当たり前ではなかった。
貧民や平民の生活改善の重要さを知らしめたのは、ディザの大きな功績の一つ。
しかし、それが大々的に語られたのはほんの一時だけだった。
『軍事利用はしない約束だったでしょう!?』
『そんな約束をいつしたというのだ。我々はお前の編み出した魔法を、国民のために使うと約束したのだ。大丈夫、これは国を守るために必要な切り札。使うことはないだろうよ』
いつしかディザの編み出した、畑に肥料や水を効率よく撒くための散布魔法や、警備ゴーレム、治療目的で考えた精神干渉魔法、その他多数の魔法が国からの命によって改良され、使われるようになった。
そうなることを恐れて、交換条件として軍事利用をしないことを契約書に記載されていたはずなのに、いつの間にか書き換えられている。
『そもそも、新しい魔法の提供の交換条件として、辺境の村への援助の増額、医院や施設の増設もしてやっただろう。今更文句を言われる筋合いはない。それとも……それらを取り壊してもいいというのか?』
『っ、そんな……!』
『理解してくれたまえ。女の身でここまで国の役に立てているのだ。誇りに思うがいい』
貴族でもなく、すでに魔法省から出ていった身。それも女ということでディザの意見は聞き入れてもらえない。
せめて、その改良された危険極まりない魔法が使われないことを祈ることしか出来なかった。
しかし、その祈りは届かない。
ディザが編み出し、好き勝手改良された魔法は戦争に用いられた。
そのせいで多くの人々が死に、国が滅んだ。
ディザは、戦犯としてあらゆる国から追われる身となった。
『魔女め! お前なんかが存在するからこんなことに!』
『国を返せ! 平和を返せ!!』
ついに捕らえられたディザに浴びせられたのは怒声や罵声、呪いの言葉。
かつてディザに感謝し、聖女だと褒めてくれた人々はすでにこの世にいない。
魔力を多く持つディザは、人より寿命が長かった。
『首を刎ねろ!』
『火あぶりだ!』
ディザが整えたライフラインを当たり前のように使う人々から飛んでくるのは、言葉の刃と石だけ。
処刑されるかと思われたディザだったが、その魔力の高さから国の研究材料としてあらゆる実験をされることとなった。
度重なる拷問にも似た実験と、回復の繰り返し。
終わりの見えない人体実験を繰り返された結果、いつの間にかディザは不老不死の身体となっていた。
『死にたい』
ずっと願うのは「終わり」だけ。しかしそれも叶わない。
捕らえられた牢を吹き飛ばし、外に出て、がむしゃらに暴れた。
世界を三分の一ほどを破壊しつくした。
必死で守ってきた平和など、どうでもよかった。
そうして暴れ続ければ、いつか誰かが自分を殺してくれる。そう願って。
『どうして、死ねないの』
けれどディザを殺すことは誰にも出来なかった。
結局ディザは北にある氷山に、意識を保ったまま封印される。
『ああ、もう……何も、考えたくない』
ただそこに在るだけとなったディザに転機が訪れたのは、封印されてから数百年が過ぎた頃のことだった。
『暗い……静かすぎて耳が痛い…………寒い』
ディザはここへ来て初めて、有り余る魔力を自分のためだけに使うようになったのだ。
──気付くとポレットは涙を流しながら朝を迎えていた。
なんだか怖くて悲しい夢を見たような気がする、という気持ちだけを残して。




