20 素直すぎる幼女
その日の夜は、別チームと食事の時間が被ることとなった。
一応の和解はしたとはいえ、気まずい雰囲気は漂ったままだ。
主に向こうのチームが居た堪れない様子で、カオンとテオドールに関しては全く気にもしていない様子だ。
「俺の感覚がおかしいのかな、モッシュ」
「いや、お前はそのまま育ってくれよな、リグ」
特にテオドールはあれほど喧嘩を売ったというのにあまりにも友好的で、カオンが作った料理をこれもおいしい、あれもおいしいと向こうのチームに勧める始末だ。
カオンもカオンで、たくさん作ったのでどうぞ、と笑顔で差し出している。
当然、食費はただではないので彼らもいくらか支払うことにはなるのだが、まるで今日の諍いなどなかったかのような対応に相手のほうがたじたじである。
ポレットが何も気にした様子がないのは、状況を理解していない幼児だからだ。
彼らを怖がっていなくてよかったと安堵していいやら、警戒したほうがいいやらでリグの心中は複雑だった。
とはいえ、今は向こうのチームからも敵対オーラは感じない。リグのよく冴える勘も問題ないと言っていた。
「気にしたって仕方なさそうだよな。俺も食べる」
「順応性が高くて助かる。良い子に育ったなぁ」
「や、やめろよ、子ども扱いすんのはっ」
モッシュにぽんと頭に手を置かれ、慌ててそれを払いのける。
リグにとって子ども扱いは絶対にやめてほしいことの一つだ。特にポレットの前では余計に。
「そうだな。もう兄貴だもんな。悪かった」
「わ、わかってくれればいいよ。モッシュは親みたいなもんだし」
「そういう素直なとこがお前の……ああ、睨むな。もう言わない」
また子ども扱いされそうな気配を察知して睨むリグに、モッシュは眉尻を下げて笑った。
「嬢ちゃん、俺たちが怖くないのか?」
「? ない」
「そ、そうか。なかなか見どころのある嬢ちゃんだな……?」
気付けばポレットはすでに向こうのチームと会話までしていた。
出会った当初は常にビクビクしていたというのに、短時間でずいぶん成長したように感じる。
もしかするとこれが本来のポレットで、危機的状況に陥っていたからこそ言葉も喋れないほど憔悴していたのかもしれない。
だとしたら、今のポレットがあるのはリグたちといて安心出来ると感じてくれているから、ということになる。
それが何よりもリグを嬉しい気持ちにさせた。
「お前らのチームは飯が美味くていいなぁ。嬢ちゃん、たくさん食べてでっかくなれよ」
「! たべる!」
「おぉ、そうか。おい、届くか? 取ってやるよ」
あの男たちも、根っからの悪というわけではないのだろう。
そもそも、そうでもなければ人々のために戦う傭兵などやっていないのだ。もちろん、ただ暴れたいだけの馬鹿もいるにはいるが、彼らは一応話せばわかる救いようのあるヤツらだったということだ。
そうとわかればリグも特に気にしない。
今後も害になるようなことさえなければ、どうせ移動の時期がきたら離れ離れになる間柄。そこそこの付き合いが出来ればそれでよかった。
食事を終え、向こうのチームは片づけを申し出てきた。
食事代はもちろん支払うとして、最初に迷惑をかけた詫びだという。
当然リグたちに否はなく、ありがたく任せることにした。
なにせポレットが満腹ですでに舟を漕いでいる。寝る前に身体を綺麗にして、着替えと歯磨きをさせたかった。
「リグ、にぃ」
「ん? どうした、ポレット」
「ポレット、おおきく、なった?」
質問の意図が読めなかったが、そういえば先ほど男たちに「たくさん食べて大きくなれ」というようなことを言われていたと思い出し、リグは小さく笑う。
「そうだなぁ。これからもしっかり食べて、よく寝たら大きくなるかも」
「まだ、おおきく、ない?」
「うん、残念ながら。けど、ポレットならすぐに大きくなるよ」
「ん……」
うとうとと半分寝かけながら告げるポレットが可愛らしい。
この時のリグは、まだポレットの質問攻撃の厄介さを理解していなかった。
◇
翌朝、スッキリ目覚めた顔でポレットは朝の挨拶より先にみんなに訊ねた。
「いっぱいねた。ポレット、おおきくなった?」
リグを含め、みんなが目を丸くしてポレットを見たが、それぞれがにこやかに対応する。
しかし、これだけでは終わらない。
「いっぱいたべた。おおきくなった?」
「たくさんねた。おおきくなった?」
「すごくうんどう、した。おおきくなった?」
ことあるごとにポレットが「大きくなった?」と聞いてくる。
さすがにおかしいと気付いたリグは、ようやくその原因に思い当たった。
「もしかして、大きくなったら使える魔法が増えるって俺たちが言ったから……?」
「わぁ、間違いなくそれだね! ポレットちゃんが素直すぎる~」
どうすればポレットを傷付けずに納得してもらえるか。
一同は揃って頭を悩ませた。
「これ、ずっと聞かれるやつかなぁ……?」
「毎日どころか、毎食後……いや、何かが終わる度に聞かれるもんな」
テオドールの言葉にモッシュが苦笑しながら答える。
一方、カオンは幼い子どもの扱いに慣れているからか、こういったことはよくあるようで、クスクス笑う余裕を見せていた。
「子どもって面白いですよね。私たちはそんなにすぐ大きくなるわけないと知っていますが、ポレットの中ではたくさん食べた分、すごく大きくなった気持ちになるのでしょう」
「うあああ、俺が適当なことを言ったばっかりに!!」
カオンの言うことはよくわかる。だが自分の軽率な発言のせいでややこしいことになってしまったことに、リグは頭を抱えてしまう。
リグ、テオドール、モッシュの三人が助けを求めるようにカオンを見た。
カオンはその視線を受けて少し考えると、何か思いついたように一つ手を打つとポレットに話しかけた。
「ポレットは早く大きくなりたいのですね?」
「うん。たくさん、まほう、つかう」
「なるほど。とても良い心がけです。けれど、人はそんなにすぐには大きくなれないのですよ」
「えっ」
意外とちゃんと現実を教えるカオンに、ポレットだけでなくみんなが驚いた。
だが、大切なことでもある。一同は固唾を呑んで悲しそうな顔になるポレットを見守った。
「でもポレットはまだ幼いですから、この中の誰よりも大きくなるのは早いです。なのでこういうのはどうですか?」
さすがはカオン、きちんと代案も考えていたらしい。
顔を上げるポレットに指を立てながら丁寧に説明を続けている。
「この前、たくさんの洋服を買ってもらいましたよね? その洋服が小さくなったら、ポレットが大きくなった証拠。その時に使える魔法を増やしてもらいましょう」
「! わかった」
「すごい、わかりやすい! ありがとう、カオン」
「いえいえ。お役に立てたなら嬉しいです」
こうしてポレットの「大きくなった?」騒動は一応の収束を——
「こらこらこらーっ! ポレットちゃん! 洋服が小さくなったらってそういうことじゃなーい!」
──収束は、しなかった。
ポレットはなんと、テオドールの前で買ってもらった服を魔法で小さくして見せたのだ。
ポレットは、胸を張って実に得意げである。
「子育てって、難しい……っ!」
リグは再び地面に両手をついて無力さを思い知らされたのだった。




