2 少し変わった髪色
リグが子どもを連れて来た道を戻ろうとした時、向こう側から仲間たちが来た。
仲間はリグの他に三人。
すでに討伐済みのゴブリンを見て感心したような顔を浮かべながら軽く手を振っている。
「よくやったな、リグ。怪我は?」
「ないよ! ただ……」
大柄なリーダー、モッシュに声をかけられたリグは足早に彼らに近付くと、難しい顔を浮かべて腕の中の子どもを見せた。
子どもは安心してくれたのか、リグに抱えられながらぐっすり眠っている。
そんな子どもを見て、仲間たちは一様に息を呑み言葉を失ったが、金髪の魔法使いテオドールが軽い調子で口を開いたことで沈黙が破られた。
「リグ……君ったらどこで攫ってきたの?」
「攫ってない!」
「あはっ、冗談、冗談! しっかしこれかぁ、リグの勘が告げていたのは」
「俺だってまさかこんな出会いがあるとは思わなかったよ」
仲間たちもリグの勘の鋭さはよく知っている。
今回も、急に森の奥に顔を向けて何かあると言い捨てながら走り出したリグを、「いつものことか」と慣れた調子で追いかけてきたのだ。
「この子、どっか怪我でもしてるの?」
「してない、と思うけど……わかんないから調べてよ、テオドール」
「オッケー、任せて」
軽薄なところのあるテオドールだが、魔法使いとしての腕は天才といっても過言ではない。
あらゆる属性の魔法をなんなく使いこなす上、魔力量も人より多い。
息をするように嘘を吐き、人をおちょくるのが趣味という最悪な性格さえなければいいのに、とリグはいつも思う。
ただ、腕はいい。その点だけは信用しているため素直に子どもを見せた。
テオドールは子どもに手をかざすと、ふむふむとわざとらしい声を上げながら容態を見ていく。
「なるほどね。まず、この子は女の子だ。んー、それから外傷は擦り傷や切り傷があるくらいかな。深刻なのは栄養失調だね。それと……たぶん、心のほう」
「心……?」
手を下ろしたテオドールは、リグの疑問に答えるかのように軽く肩をすくめると再び説明を続けた。
「そう。こんなに瘦せ細るって相当だからね? 毎日死の恐怖に怯えていたに違いないよ。暴力を振るわれていた形跡はないけど、放置も立派な虐待だから」
「やっぱり虐待されてたんだ」
「詳しいことはなんとも言えないけどね。ただ、ろくに食事を摂ってないのだけは明らかだよ。生きているのが不思議なくらい。もしかすると……人間じゃないかもね」
「えっ。人間じゃない、って……」
神妙な面持ちで告げるテオドールにリグは冷や汗を流す……が。
「うっそー!! あっはははは! リグはすぐに信じてくれるから嬉しいなぁ!」
「この……っ、こういう時に冗談言うのやめろよっ、このペテン師!」
「こういう時だからこそ、気分を明るくしようと思ったんじゃないか」
「もういい! 二度とテオドールの真面目な顔なんか信じない!」
リグが怒ったようにプイッと顔を背けると、腹を抱えて笑うテオドールの背後にぬっと大柄な影が落ちた。続けて頭にゲンコツも一つ。
「あ、いだっ」
「調子に乗りすぎだ、テオドール」
「痛いよ、モッシュ……目の前がチカチカして見えるぅ」
頭を抱えて蹲るテオドールを一瞥したモッシュは、小さくため息を吐いたあとリグの抱える幼女に目をやった。
痛ましい姿に眉根を寄せたモッシュは、自身の考えを口にする。
「森の奥の村で、子どもたちが一斉に攫われる事件があったらしい。違法人身売買ってやつだな。すでに組織は捕らえられて、無事に子どもたちも戻ってきたって話だが……」
「その時になんらかの理由ではぐれた子どもの可能性があるってことですか」
モッシュの考えを真っ先に理解した物腰柔らかな茶髪の剣士、カオンが話に入ってきた。
「ああ。その村出身ではない子どもも多く馬車に乗っていたらしくてな。今、少しずつ保護者のもとに帰す手配をしてるって聞いた」
「こんなに近くで彷徨っていたのなら、村の子どもではない可能性のほうが高いでしょうね……」
「ああ。だがまぁ、一応村に行ってみるか。子どもを親元に帰す役人も集まってるだろうし、手がかりがあるかもしれない」
モッシュの言葉にそれぞれが目配せし合う。反対意見がないということは、全員の意見が一致したということだ。
「決まりだね。よし、眠っている今のうちに洗浄魔法と軽い治療の魔法をかけちゃおう。起きてる時だと怖がらせちゃうかもだしねー」
「そんな配慮、できるんだ」
「もー、リグは酷いなぁ。僕を人でなしみたいに」
テオドールが苦笑しながら鮮やかな手つきで魔法を使うと、リグの腕の中にいる幼女がみるみるうちに綺麗になっていく。
薄汚れていた髪や肌が元の色を取り戻した時、一同は再びハッとなった。
幼女の髪の色が、少し一般的とは言えなかったからだ。
「こりゃあ……」
「真っ白、ですね……」
ようやく口を開いたモッシュとカオンの言葉にリグも思い出したことを告げる。
「この子、目もすごく綺麗だったんだ。虹色で」
「嘘、アース・アイ!? 珍しい! 僕も見たーい!」
興味がわいたのか急に盛り上がり始めたテオドールを尻目に、リグは嫌な予感を覚える。
それから恐る恐る口を開いた。
「……なぁ。その村で虐待されてたって可能性はないよな? 追い出された、とか」
白髪にアース・アイ。今はまだ髪もぼさぼさで痩せ細っているが、よく見ると顔立ちも整っており、かなり愛らしい。
それはつまり高く売れるということでもあり、同時に異質な存在として村八分にされる可能性も高いということ。
「なんにせよ、村に行ってみなきゃわかんないねぇ」
テオドールが肩をすくめてそう言う。相変わらず軽いが、実際それ以外に手はない。
リグたちのチームがこの一帯に派遣されたのはつい先日のこと。
まだ森の奥の村には行ったことがなく、どんな雰囲気なのかも知らない。
ただ、こういった人里離れた場所にある村というのは仲間意識が強く、独特な風習があることも多く、リグたちの警戒心はどうしても強まってしまう。
リグはギュッと幼女を抱きしめる力を強めた。
「お前が守ってやれ、リグ」
「……ん、わかった」
「町に戻るにしても村に向かうにしても、もう遅い時間です。ひとまずこの辺りで野営しましょう。リグ、その子をこちらに」
「ありがとう、カオン」
モッシュとカオンの優しさにホッと肩の力を抜いたリグは、カオンが用意してくれた毛布の上に幼女を寝かせ、上からタオルをかけてやった。
着ている服がないため、今もリグのマントで包んだままなのが心苦しい。
おそらく同じことを思ったのか、カオンが口元に手を当てながら言う。
「せめてどこかでこの子の服を用意できればいいんですけど」
「さすがに僕らも子どもの服は持ってないもんねー」
「村で調達できるといいですね。安全な村であることを祈りましょう」
不安は募るが、村の全てに悪い風習があるわけではない。
それによくない村だったとしても、このメンバーなら恐れるものもない。
(どうか優しい人の集まる場所でありますように)
それでもリグは、幼女のことを思いそう願わずにはいられなかった。




