1 幼女との出会い
リグは、幼い頃から勘が良く当たるほうだ。
今も見回り中、ふと森の奥になにかある気がしたため、先行して様子を見に来た。
近付くにつれ、行かねばならないという思いが募る。
気付けばリグは、全力疾走していた。
「まじか」
そういう勘が働いた時、見つけるのは良いことであったり悪いことであったりと様々だが、いずれにせよ無視してはいけない類のものなので、リグは必ず確認するようにしている。
「……どうしよう、これ」
森の奥でリグが見つけたのは、周囲に誰もいない森の中で一人、ぼんやりと立つ幼い子どもだった。
それだけでも十分異常事態なのに、その子どもは服を着ていなかった。
全身が薄汚れており、灰色のぼさぼさの髪が全身を隠してしまうほど長い。生まれてから一度も整えたことがなさそうだ。
とはいえ、放っておくという選択肢はない。
リグは傭兵団の一員であるし、町の安全を守るための見回りだったのだから、異変があれば報告または解決する義務がある。
リグは決意を固めると、呆然と立ち尽くしている子どもに一歩近づき、声をかけた。
「迷子なのか? 親は……あー、えっと。誰かと一緒じゃないのか?」
こんな身なりで森の中にいるのだ。まともな保護者がいるとは思えない。
人攫いにあったとしても、ここまでボロボロになるには相当な長い期間がかかるだろう。
子どもはこちらを警戒しているのか、一言も発しない。それどころかピクリとも動こうとしなかった。
(もしかして怖がられてるのかな)
そう考えたリグは、被っていたフードを外し、マスクを取る。
黒髪に紫の瞳、どこか幼さも残る整った顔立ち。
同じチームのリーダーと違って人を怖がらせるような容姿ではないはずだ。
「俺はリグ。傭兵団に所属してて、今は見回り中なんだ。君の名前は?」
怖がらせないように膝をつき、ある程度の距離を保ったまま優しく声をかける。
それでも子どもは微動だにしない。長い髪のせいでこちらを見ているのかさえわからないくらいだった。
(弱ったな……さすがに急に抱き上げたらまずいよなぁ)
この森には強い魔物こそいないものの、弱い魔物や野生動物は出没する。幼い子どもが一人でいては命を落とす危険があるのだ。
その上、今は繁殖期。普段は大人しい動物が凶暴化する恐れもあった。
そのため、子どもを保護するのは決定事項なのだが、無理に連れて行って心に傷を負わせるのも本意ではない。
しかし悩んでいる暇はないようだった。
何かの気配を感じ、リグは神経を研ぎ澄ます。
(ちっ、見つかった。俺たちは今、獲物にされてる)
こうなってはもう返り討ちにするしかない。
(気配からして数は八、いや十だな。群れを作る魔物でこのあたりに生息しているのは狼系の魔物かゴブリンだけど……この気配は後者だ)
仲間たちがここに到着するより先に襲撃を受けると判断したリグは、もはや子どもに配慮している場合ではないと考え、大きく踏み出した一歩で子どもの目の前に跳んだ。
流れるような動きでマントを脱ぎ、子どもを包んで抱き上げると軽い身のこなしで木に登った。
太い木の枝を見つけてそこに子どもを座らせる。
声一つ漏らさず、抵抗もしない子どもに思うところはあったが、今はパニックを起こさなくてよかったと思うべきだろう。
「ごめんな、急に。でも、今は危ないんだ。俺が戻ってくるまでここでじっとしていられるか?」
リグが声をかけると、子どもはゆっくりと顔を上げた、気がした。
初めて見せた子どもの動きに目を丸くしたリグは、小さくフッと笑うと子どもの頭を優しく撫でる。
「すぐ戻るからな」
リグは子どもにニッと笑いかけると、すぐに表情を引き締め木の上から飛び降りる。
先ほどまでいた場所に集まってきていたゴブリンを、落下の勢いを利用して二体、続けて獲物であるリグたちを探すようにあたりを見回していたゴブリンたちを三体、立て続けに短剣で屠った。
「っと、あぶねっ」
その時、遠方から火の玉が飛んできたのをギリギリで避ける。火の玉はリグの後ろにある木の幹に当たって消えた。
魔法を使うゴブリンメイジが隠れていたのだろう。
「当たったところで、大したダメージにはならねーけどな!」
リグは重心を低く保ったまま、猛スピードでゴブリンメイジの下へ向かう。
勢いを殺さずそのまま一体、また一体と次々に短剣で沈めていった。
「ふぅ。これで全部だな。みんなが来る前に終わったなぁ」
短剣についた血を布で拭い、リグは自分も随分と戦えるようになったと思う。
リグ自身、親に捨てられた過去を持ち、今のチームのリーダーに拾われた。
そのまま戦い方なども学び、十五歳になった去年ようやく傭兵団のチームに入れてもらえたのだ。
それから一年、リグの実力はめきめきと上達していった。
元々の素養もあったのだろう、リグはこの仕事に向いていたのだ。
「よし、あの子のとこに戻るか」
自分が拾われ、救われたからか、余計にあの子どものことが気になる。
気持ちが急いたリグは急いで木の上に戻った。
子どもは変わらずそこに座っていた。ただ、どうやらリグのことを木の上から見ていたらしく、リグが木を登ってきてから今も目で追っている様子だった。
そこでリグは冷や汗を流す。幼い子どもにゴブリンを殺す様を見せてしまった、と。
「っ、ごめん! 怖かったよな? くそ、配慮に欠けてた。どうしよう、夢に出るかな?」
頭を抱えて慌てるリグだったが、ツイッと服を引っ張られる感覚を覚え、ハッと子どもに視線を移した。
見れば、子どもの小さな手が、しっかりとリグの服の裾を掴んでいる。
震えているわけではなさそうだが、なんの反応も示さなかった子どもが見せた、初めての頼るような行動。
リグはその手をギュッと握り返し、笑顔で告げる。
「俺と一緒に来るか?」
子どもがゆっくり顔を上げた時、髪の隙間から見えたのは、あまりにも綺麗な瞳だった。
目のフチから中央に向かって、青、緑、黄色、オレンジへと変化していく見事なアース・アイだ。
その美しさに視線が吸い込まれていったリグだったが、子どもが小さく頷いたことでまた瞳が髪に隠れてしまった。
(不思議な目だったな……もしかすると、これが原因で売られた、とか?)
そこまで考えてリグはぶんぶんと頭を振る。ここで勝手に想像したって答えが出るわけもない。
今はただ、ようやく少しだけ心を開いてくれたこの子どもを安全な場所まで連れて行くのがリグの仕事なのだから。
リグはしっかりと子どもを抱き上げると、今度は飛び降りずにゆっくりと木から降りた。




