13 全てを背負う覚悟を
軽々しく答えていい問題ではない。
本当はリグもそんなの関係ない、ポレットは自分が保護すると叫びたかった。
けれど、それが出来るだけの実力が自分にはない。リグだってモッシュたちに保護された身で、まだ成人前の若造なのだ。一人前にさえなれていない。
(俺だって、まだみんなの力を借りなきゃ生きていけないのに)
そんな状態で無責任にもポレットを引き取りたいだなんて言えようもない。
それは痛いほど理解しているが、このままポレットを見捨てることはもっと出来なかった。
リグは静かに口を開く。
「今のポレットは、記憶喪失なんだろ? それって、ただの幼い女の子と同じじゃん」
リグは、どうしてもポレットの立場になって考えてしまう。
自分と似た境遇だからかもしれないが、それ以上にポレットの置かれた状況は複雑だ。
勝手だとわかっていても、自分の意思は伝えなければ始まらない。
どんな結論になるとしても、黙っているという選択肢はなかった。
「自分の秘めてる力も、置かれてる状況も知らなくてさ……やっと俺たちに慣れてきたところなのに、このまま放りだすなんて出来ないよ」
「国が保護してくれるかもよ?」
「っ、そうしたら、ポレットは厄災の魔女と同じように監禁されるかもしれないだろ!」
ポレットを手放す決断がすぐに下せないのはこれが理由だった。
ただの子どもであったなら、傭兵という危険で定住の出来ない仕事に連れまわすより、ポレットのためだと割り切れたかもしれない。
だが、厄災の魔女かもしれないというだけで、ポレットの運命は決まってしまったようなものなのだ。
「厄災の魔女が消えた今、可能性のある人物がいればたとえ幼い子だろうとも監視下に置かれるでしょうね」
「国としては正しい判断だけどな。膨大な魔力を保持している以上、いつ爆発するかわからない力を放っておくわけがない」
カオンとモッシュも難しい顔で事実を述べる。
実際、ポレットを野放しにするのは危険なのだろう。
彼女を保護するということは、世界の全てを危険に晒し、敵に回すようなものなのかもしれない。
(それでも、何も知らない幼い女の子が犠牲になるなんて間違ってる)
これまで過ごしてきたポレットは可愛くて、無害で、素直で優しい普通の女の子だ。
普通の女の子としての人生を歩む権利を、リグは奪いたくなかった。
「俺、厄災の魔女のことなんて知らないけどさ。どれだけ酷いことをしたのか、してないのかもわかんない。でも……死ぬことも出来ずに氷山に捕らわれ続ける日々っていうのは、想像を絶するほどの苦痛だったんじゃないかって」
こんな状況になるまで、リグだって厄災の魔女の気持ちなんて考えたこともなかった。
こうして身近な存在がどうなるかを想像して、初めて考えるような薄情な人間の一人なのだ。
けれど、知ってしまった以上は考えずにはいられない。
「それを、何も知らないポレットにも課すのか……? まだなんにもしてないのに」
「何かしてからじゃ遅いからねー」
「そんなのっ! そんなの間違ってるよ!!」
テオドールは軽い調子で言うが、そんなことなどわかった上で、あえて言っていることもリグにはわかっていた。
自分の発言が子どもじみた主張だということもわかっている。
しばしの無言が続き、カオンが沈黙を破ってくれた。
「私も、心情的にはリグと同じ意見ですよ。けれど世界が脅かされる規模の不安定な力を放置するわけにもいかないのは理解出来ます」
きっとカオンだけでなく、モッシュも、そして反論ばかり口にはするがテオドールも同じ気持ちなのだと思う。
今の自分たちに必要なのは覚悟だ。
全てを敵に回すかもしれない覚悟。
つい最近出会ったばかりの幼い女の子のために、自分たちの人生をかけられるのか。
みんなを巻き込んでもいいのだろうかという迷いがリグの胸に渦巻き、言葉を奪っていく。
(俺だけじゃ出来ない。守れない。でも……守りたい!)
ポレットを見つける前、森の奥に何かあるとリグの勘が働いた。無視したらダメだと。
今も、リグの勘は告げている。
ポレットを守らなきゃいけない、と。
「なぁ、テオドールは天才なんだろ? カオンだって最強の剣士じゃん。モッシュなんて守護神なんて言われててさ……幼い女の子一人くらい守ってやれないかなぁ……?」
リグは立ち上がると、テーブルに両手をついて俯く。
手が震えていたが、怒りなのか、悲しみなのか、悔しさなのかわからなかった。
あるいはその全てかもしれない。
「俺に……俺にもっと力があったら。一人でだって何が何でもポレットを守るのに。でも、ないものはない。俺にそんな力はないんだ。でもみんなにはある」
ゴッと大きな音を立てて、リグは頭をテーブルに打ち付けた。
みんなに対して頭を下げる形だ。
「守って、ください。ポレットを守ってください。俺も、もっと強くなるのを諦めたりなんかしないから」
涙で視界が滲む。鼻の奥がツンとしたが、絶対に涙をこぼしてなるものかとリグは奥歯を嚙み締めた。
(泣くのは違う。間違ってる。そんなことで同情を誘いたいわけじゃない)
誠心誠意、頼むことしかリグには出来ないのだから、他の何かを混ぜるのは違う気がした。
これがリグの、精一杯の意地だった。
しばらくして、テオドールの明るい声が響く。
「もー、リグ。僕らがそんなに薄情に見える?」
「え、テオドールは見える……」
「ちょっと。そこは嘘でも見えないっていうところ!」
思わず顔を上げて本音を漏らすとテオドールに額を突かれ、リグは額を手で押さえながら不安げに瞳を揺らしてみんなを見た。
「一番若いリグが、一番覚悟決まってんだな」
「若いからこそ、余計なことを考えずに突き進めるのでしょう。私たちには出来ないことです」
モッシュもカオンも、そしてテオドールも、誰も自分を責めるような雰囲気はない。
それどころか、どこまでも優しい眼差しでリグを見つめていた。
「もし国に見つかっても、少しなら誤魔化せるからさー! 言い訳なら僕に任せてよ」
「身の回りのお世話は私にお任せくださいね」
「テオドール、カオン……」
みんなが味方になってくれるんだとわかって、今度こそ泣きそうになる。
「俺たちだってな、ポレットが可愛い。出会ってからほんの少しの時間しか過ごしてないが、今更放り出すことなんか出来ねぇよ」
「モッシュ……!」
「それと」
「わっ」
ついに涙腺が崩壊しそうになった時、モッシュが乱暴にリグの髪を掻き混ぜた。
「お前だけが背負う必要はない。言い出したのは確かにリグだが、俺たちはチームで家族なんだ」
「家族?」
「まぁ、なんだ。……俺たちはポレットだけでなく、お前も可愛いんだよ」
「なっ……! 俺はもう子どもじゃないぞ!!」
「あはは! 成人前はまだまだお子ちゃまだよ、リグ少年!」
「ですね。もうしばらくお兄さん風を吹かせたいですから。子どもの成長は嬉しい反面寂しいものなのですよ」
泣きそうなリグを察して、あえて頭を押さえつけるように撫でてくれたモッシュ、明るく笑い飛ばしてくれるテオドール、冗談に乗ってくれるカオン。
リグは下を向いて笑いながら、ボタボタと床に涙を溢した。




