家出。
年が明け、謹賀の灯火の中。
主上が、身罷られた。
準備の良さから、昨年の内の出来事だったのだろう。
こちらでも、不確かながら情報は伝わっていた。
代替わりと新しい年号が、政府より発表される。
暗い祝賀の中、こちらは変わらずである。
予定日にユキが四つ子の、赤ちゃんを産む。
昼夜ハクと一緒に付き添っていた、ユウナ。
産まれた瞬間に、転移で柳山さんを連れて来た。
初めて見た、転移。
人や生き物を運べるのは、ユウナだけなんだと。
ワクワクドキドキしながら、熱湯消毒した布に赤ちゃんを包んでいく。
一匹だけブチの赤ちゃん、ユウナが抱いている。
他は、親に似て白い。
「その子を残すの、ユウナ?」
「うん…。」
怯えて、目を伏せる。
全く、いつまで拗ねているのか?
叩いたのは、悪かった。
けど、後悔してないわ。
ママは、ユウナのお気に入りになりたい訳じゃないの。
三箇日が明けた朝、ユウナの姿が見当たらない。
ミューちゃんもいないので、二人でトレーニングでも出掛けたかと思っていた。
夫もお昼ご飯までには帰って来るだろうと、ギルドに出かけた。
ミミ様はお供え物がいっぱいあるからと、祠に帰ってしまった。
お昼ご飯の時間も過ぎた頃、JRの鷹ノ巣駅の職員さんから電話があった。
お宅の娘さんを駅で、保護していると。
一人で、東京までの切符を買おうとしたらしい。
しかも、大人料金で。
不審に思った駅員さんが、控え室に連れて行く。
事情を聞いても、ダンマリ。
リュックがごそごそするので開けたら、ミューちゃんが出て来た。
その時、リュックの中から迷子札を見つけた。
私はギルドに電話して、夫に迎えに来てもらった。
駅に着くと、娘は駅員さんに紙コップのジュースを買ってもらって飲んでいた。
「あっ、ママ…。」
「バッシーン、カランコロン…。」
乾いた音が響き、紙コップが床を転がる。
「ウワ~ン、エッ、ウッ、エ~ン!」
「ユウナ!」
「お母さん、落ち着いて……。」
駅員さんが、気まずそうに声を掛ける。
床に蹲って泣き続ける、ユウナ。
「麻里、とりあえず話を聞こう。」
「ア~ン、何で、なんでよ!」
「麻里、お前まで泣くなよ。」
「とりあえず、中へ。ほらユウナちゃん、お父さんお母さん来たよ。」
ソファセットに、案内される。
「この度は、娘がご迷惑をお掛けして申し訳ありません。」
「まぁ、こちらで。落ち着いたら、又伺いますので。」
ユウナを挟んで、両脇に座る。
妻も娘も一向に、目を合わせようとしない。
娘は、ずっと泣きじゃくっている。
察しは、つく。
妻から、年末に言われた。
娘が、一人で里を出ようとしていたと。
実行はしていないが、何となく気づいたらしい。
俺は、わからなかった。
さすがに母親、娘の微妙な心はお見通しだ。
その後、年末年始の事もあって今に至る。
あのニュースは驚きだが、娘はゲームばかりしてテレビなど見ていなかった。
あの優しくて娘だけ想いの妻が、あれほど激しくぶったのだ。
娘も妻にあんなに激しく怒られるなんて、思ってもいなかったろう。
元々、同級生で友達だったのだ。
俺と結婚したから、母親になったにすぎない。
「ユウナ、ママに謝りなさい!」
俺は娘の両脇を抱えて、ジッと見つめる。
「厭だっ!」
困った、反抗期など無かったのに。
「謝ってもらえなくて、けっこうです!文太、そんな子は捨てて行きましょう。ミューちゃん、行くわよ!駅員さん、後で謝罪に伺います。こんな分からず屋は、放て置いてください。」
「待てや、ミューちゃんはボクの妹だぞ!そのリュックは、お金が入っているんだぞ。置いていけや!」
「バシッ、バシッ!」
「ヘッ!」
「誰に、口聞いてんだ!舐めたこと、言ってんじゃねーよ!他人を巻き込むな!金なんか、お前にやらねえよ!行くよ、アンタ!」
えーっ、ちょっと。
酒も飲んでいないのに、妻に角が生えた。
「あ~ん、パパ。」
「ユウナ、ちゃんとママに謝りなさい。」
「あ・ま・や・か・す・な!」
怖ぇー。
「くそババァ、これはボクのだ。寄越せや、やんのかコラァ!」
「上等だよ、妊婦だからって手加減すんなよ!表出ろ、クソガキ!」
「おいおい、お前ら…。」
「旦那さん、大丈夫ですかあれ?」
「ケガするんで、決して近づかないでください。」
「はぁ…。」
聖獣と聖女の闘い、周りに被害及ぼすなよ。
何度か閃光が迸り、すごい音がした。
しばらくして、ズタボロの娘の髪の毛を引っ張って引き摺る妻が帰って来た。
おいおい、あれ生きているのか?
虐待で、通報されないかなぁ?
車の後部のハッチを開けて、娘を放り込む。
「あんた、駅員さん達にこれで差し入れして来て。」
俺は言われるままに、肉の木村で焼き鳥をありったけ買い込んだ。
駅員さんに押し付ける様に渡して、車に戻る。
「ユウナは、大丈夫なのか?」
「さぁ…。」
さぁって、母親だよな?
敵では、無いよな。
「ミューちゃん、治癒使った方が良い?」
そういや、うちの奥さん治癒魔術使じゃん。
「ヴッ、ヴッー。」
「そう、ユウナは耐性あるもんね。」
「麻里、大丈夫か?」
「何が?」
「いや、ユウナとやっていけそうか?」
「知らないわ、私はこの子の母親であって友達じゃないもの。やっていけるとか、じゃないのよ。」
「貴方、ご飯の用意するからユウナをお風呂に入れてきて。ミューちゃんは、難儀だったわね。ママが、美味しい人参スティックあげるからね。」
ユウナを小脇に抱えて、風呂場へ向かう。
顔には、キズ一つない。
どっかで、言ってたな。
顔は止しな、ボディにしなって。
娘を抱きかかえて、お湯をかけてやる。
「ウッ、パパ。」
「痛むか、ユウナ?」
「こんなの、へっちゃらだよ。」
又、お湯をかけてやる。
「ヒィ~、痛ったた!」
ミューが、大丈夫って言ってたんだ。
折れたり、内蔵が傷ついている訳じゃないだろう。
「パパ、ごめんなさい。」
「うん?、ママには謝ったのか?」
「ううん、言えなかった。」
「そうか、ちゃんと謝りなさい。」
「ボク、悪くないもん!」
「パパは、ユウナが悪いとは言ってないぞ。何で、そんな事を言うのかな?」
「だって、ボク…。今のままじゃ、誰も護れないもん!ボクがいなかったら、誰も傷つかないもの。」
ユウナを抱っこして、湯船に入る。
「ユウナは、ママの事嫌いなのかい?」
「ママが、ボクの事嫌いなんだよ。みんな怒ったりしないのに、いつもママは怒るんだ。ボクの事が、憎いんだ。」
「本気でそんな事言ってるのか、ユウナ!」
「だって、ママはいつもボクの事ばっかり。自分の事や赤ちゃんの事だって、後回しじゃん。」
娘の目から、大粒の涙が溢れ出す。
「そうだな、パパの事なんてもっと後回しだけどな。ユウナは、ママの事大好きなんだな。」
「でもね、母様みたいになるの嫌なの。又、独りぼっちになるのはもう。」
あの時も、ユウナは里を飛び出した。
帰ってこない、母親を探しに。
女王も、ユウナと似た様な事を考えていたのだろう?
自分がいては、みんなに迷惑がかかる。
産まれた子の命は、何としてでも守りたいと。
「ママは、強かったか?」
「全然、歯が立たなかった。ボク、けっこう鍛えたのに。」
「ママは、聖女だからな。お前とは、相性悪かろう。闇魔術では、聖女などには何の役にも立たないだろう。それに、ユウナは剣を持たなければただの赤ん坊だろう。」
「gununuッ、それでも…。」
「ママは、育児スキルSなんだろ?お前、誰に喧嘩売ってたんだ?」
「アッ!」
馬鹿だなぁ、百万回やっても無理だろうに。
相性以前の、問題だ。
妻以外なら、例え素手でも簡単に捻じ伏せるだろうが。
「ママ、怒ってるかなぁ?」
「さぁな、自分で聞きなさい。」
「パパは、怒ってないの?」
「めちゃくちゃ、怒っているぞ。お前、人の女に何してくれてんだ!」
「わぁ、ごめんなさい!」
全く、俺が娘を怒れる訳なかろう。
それが出来たら、こんなに苦労せんわ。
一緒に謝ろうな、ユウナ。
「さぁ、上がろうか。」
「うーん、もうちょっと。」
「覚悟せえ、ユウナ!」
上がると俺の甚平と、ユウナのアンパンマンパジャマが置いてあった。
ユウナの身体を拭いて、パジャマを着せる。
俺が着ている間に、ユウナは魔術で髪の毛を乾かしていた。
リビングに戻ると、ユウナはミューのゲージの前にいた。
何やら、話し込んでいる。
頭を下げたユウナに、ポカポカうさパンチを浴びせていた。
ミューに、怒られている様だ。
「ご飯、出来たわよ。早く、座んなさい。」
娘が妻の椅子の傍らに、立った。
「あのね、ママ…。」
「今は、ご飯の時間よ。話は後、座りなさい。」
無表情の妻が、怖い。
「今日は、ご馳走だなぁ。お腹、空いただろう。ユウナも、食べなさい。」
「何言ってるの、貴方。いつもと、変わらないでしょ。」
【いただきまーす。】
沈黙の食卓、食器の音だけが響く。
「ユウナ、野菜も食べないと大きくならんぞ。」
「うん…。」
「麻里、おかわり!」
「はい、ユウナは?」
「ううん、大丈夫。ママ…。」
「ちゃんと、食べなさい。」
「はい…。」
食べ終わった食器を台所に持って行き、歯磨きするユウナ。
向こうから、嗚咽が聞こえる。
「麻里…。」
「わかっているわよ、私が泣きたいわよ!」




