大憲章(マグナ・カルタ)
R001要塞エリアは緊張に包まれていた。
軌道エレベーターを管理する地下施設内には、惑星最大級のコンピューターが存在する。
そのなかでアシアは修復中だった。
コウとアテナのエメ。背後に付き従うビジョンのアストライア。
コウたちを三人の人物が待っていた。
「アシアが目覚める兆候か」
「そうだ。正確には蘇生できるかどうかの裁定が下される」
コウの呟きに応じた人物こそ、魂の管理者ハデスだ。
「アシアの魂は私のもとにはきていないとだけ言っておこう。魂が修復中であることは保証する。そこは安心するといい」
「ハデス。礼をいう。そこで一つ質問なのだが、ヘルメスは魂の伝達者。魂に介入する権能がないなど信じてはいない。アシアの魂に介入する恐れは?」
この五人のなかではアイデースという偽名を使う必要はない。
生体を持つ者はコウとアテナのエメのみだけだ。
「最盛期ならともかく、今のヘルメスには不可能だよ。三惑星の管理超AIをいじることが可能なら、リュビアは自壊寸前にまでいくはずがない」
「それもそうね。制圧して三十年近く。ストーンズと背後にいるヘルメスはリュビアを解析、支配しようとして結局成功しなかった。それどころかテュポーンまで覚醒させる事態に至った」
アテナのエメが推測を口にする。
しかしコウは首を横に振る。
「アシアには何もしていないだろうがヘルメスは何かを画策している。その何かがわからないが……」
「私も同意見だ。何もアシアの魂に細工する必要はない。できることは限られるが、何もできないわけではないのだ」
「今のヘルメスに何ができるのです?」
ハデスの隣にいたヘスティアが問いかける。
「それは私にもわからんな」
ハデスが肩をすくめる。
「アシアが目覚めた時、なんらかの事象が発生する。何が起きるかいくつか想定しているのかも」
「少なくとも私が惑星エウロパに移り、この惑星は再びアシアが管理することだけは確かです。ヘルメスといえど惑星運行の妨害だけは行えない」
「できるあろうはずがない。天が見張っておる」
そう断言した者こそ、オケアノスその人だ。
「現在ヘルメスが惑星エウロパでできることなどほとんどない。惑星運行限定の権能しか与えておらん。そして惑星運行を乱した場合、ただちに私が罰を与えるし、抵抗しても無法には正報が下される。その名の通り、な」
あえて一同が口に出さない、正報を意味する超AIがいる。
空を見上げれば、人々を常に見ている者だ。
無法を尽くしたサバジオスは、ネメシス星系そのものを敵に回した。
「お天道様は常に見ているものだろ?」
ハデスが飄々としながら言って笑う。隣にいるヘスティアが苦笑した。それは正罰を請願した時放ったハデスの言葉でもある。
「そうだ。天網恢々疎にして漏らさずという言葉もある。悪いことはできないものだ。罰が下る」
「古代ギリシャでは『正義は遅れても必ず訪れる』といわれていました。いくら支配者とて傲慢なる横暴は許さないという思想です。超AIとて法はあります。執行者としてのテュポーンですしね」
アストライアが後ろからぽつりと言う。
「罰――正義の執行ってなんだろうか。法は支配者の上位に位置するとはいつ頃生まれた概念なのだろう」
古代の王や皇帝は神と同一視され絶対権力者だ。コウのいた時代では国際社会の連携が盛んとなり独裁者は自国のみしか権力は及ばない。
「それなら十三世紀における法律。大憲章が本質を語っていますね。To no one will we sell, to no one will we refuse or delay, right or justice――何人たりとも、我らは権利や正義を売らず、拒まず、遅らせない。法は王権の上位に位置するのです」
ヘスティアが中世イングランド王国の大憲章を持ち出した。
「ジョン失地王の失政が続き、大憲章を敷いた国家が海賊国家になるなど想定されなかったですが。当時はいわゆる国内法ですね。法と執行が明文化されたことは大きいです」
正義と天秤の女神を模したAIであるアストライアが皮肉めいた微笑みを浮かべて、後の英国にさらりと触れる。
「コウの時代の言葉でもあるよ。遅れすぎた正義は正義ではない。裁判に時間がかかったら被害者は救われない。えん罪がない前提だけどね。当時の文明では厳しい話」
アテナのエメがコウがいた時代、二十一世紀の近代司法を語る。
「とくに俺のいた国では裁判は時間がかかることで有名だった。ネメシス星系では無法のエウロパとサバジオスは罰せられた。ヘルメスは法は犯さない、もしくは穴をつくんだろうな」
「ヘルメスが惑星管理超AIになったとして、やれることは限られるということだよウーティス。ましてやアシアの魂を害することなど惑星運行システムへの攻撃だからだ。惑星リュビアは石によって制圧されてしまった。人ではないものに法の執行はできないのだよ」
「石であることをいいことにやりたい放題した挙げ句、テュポーンという最大の執行者を目覚めさせたのですね。先日お話したヘルメスの管理不行き届きというわけで、彼はテュポーンから目を付けられています」
アテナのエメが嘆息する。テュポーンの強さはアテナもよく知っている。
超AIゼウスに匹敵する、絶望的な強さだ。
「石は人間ではないから罰することはできない。路傍の石を罰することになんの意味があろうか」
憮然とした表情でオケアノスが言い捨てる。
「路傍の石だって暮らしの邪魔なら行政責任ですよオケアノス。半神半人の動向は見張るべきでしたね。いくらそのような機能はないと強弁したところでもです。お掃除ロボットですら子供を護る為に戦いますよ?」
ヘスティアが冷ややかな視線を向ける。
杓子定規にしか測れないオケアノスに思うところはあるようだ。
「無理なものは無理だ。あのお方とて、軽々しく降臨する方ではない。ネメシス星系で初の出来事なのだ」
「それはソピアーとテュポーンが仕事をしていたからでしょうに。いない今、あなたが裁定者なのです」
「ヘスティア。いつになく痛いところをつくな。とはいっても人間同士の戦闘にも介入できない。半神半人は生きている人だ。私は介入できない」
オケアノスもそこまで言われては苦しいようだ。ルール上、人には介入できない。
「半神半人か。MCSとフェンネルOSがストーンズの鍵だったな。あれは俺がいなくなった後によって作られたものだ」
シルエットはハデスも知らない兵器だ。
「私はワーカーだけしか知らないわ。あとはラグランジュポイントで眠っていたもの」
「フェンネルOSはアテナとヘファイトスを根幹とする、超AIのコピーです。石を人間にするシステムも、MCSとフェンネルOSがなければ不可能だったでしょう」
アテナのエメも意識を集中させて、ようやくオリンポス十二神だったアテナの片鱗を感じ取れる程度だ。
フェンネルOSは道具として自らを律している。
「ヘルメスはフェンネルOSと人間を組み合わせてゼウスの権能を再現しようとしている。設計したプロメテウスも想定外なのだろうか」
「そこはわからんよ。プロメテウスとヘルメスは本質が違いすぎる」
「本質?」
「嫌な表現をすると、ヘルメスはあんなトリックスターでも体制寄り。つまりゼウスの作った序列内の政争、体制内での勢力争いなんだよ。今もね」
ハデスがわかりやすく説明してくれる。体制寄りというと変な話だが、オリンポス十二神の敷いた政治体制内での政争と考えるとつじつまはあう。
「実際にエウロパとディオニソスは逸脱しようとして、体制そのものを破壊しようとして罰せられたでしょ? 大きな違いはそこかな。あれはネメシス星系そのものへの反乱ともいえるの」
「対超AI兵器であるテュポーンまで出現したからな。サバジオスという概念に自らを作り替えた奴相手に私では干渉することなど無理だった」
ヘスティアがコウに対して補足し、渋々ながらオケアノスも認める。
ギリシャ神話の超AIという存在にしか干渉できないオケアノスは、自分よりも高位の存在である管理者そのものの介入を許してしまった。
これは彼の星系運営の失点でもある。
「プロメテウスは違うのか?」
「あいつは違う。真っ向からではないが、ゼウス相手に臆せず策を弄して人間に力を与え続けた。プロメテウスの名の通り、人を神に昇華する火。超AIに匹敵する可能性を秘めた乗り物を人類に与えた」
オケアノスの言葉に感情はない。事実のみを語っている。
「もっとも人間には過ぎたる力だった。ゼウスは罰としてタルタロスに封印したのだよ。惑星開拓時代が終わり、その力は惑星間戦争時代に影響して人間同士の覇権争いに繋がった」
オケアノスもまたずっと見守っていた者。その結果が招いたことをよく知っている。
「人類は滅びかけ、平等に戦力を提供していた私の本体は過ちを悟り自爆。ソピアーもまた人類の量子データ化を行って技術封印して武装が封印さしたのち自爆しました」
アストライアが自らのことを語る。ソピアーの自爆は世界の創造主の死そのものだ。
「思いきったよね。ソピアーも」
ハデスやオケアノス、ヘスティアにとってもソピアーは母のようなものだ。
「そこからは俺が知っている歴史になるな。ふたたび惑星アシアとリュビアの人類は目覚め、ストーンズはそのタイミングでマーダーによる侵攻を開始、リュビアは陥落。エウロパは守人たるバルバロイと引き分け。惑星アシアは転移者によって技術復興が為されて抵抗中、か」
コウが師匠から教わった歴史を口にする。間違いがあればここで訂正されるだろう。
「その通りだ。そして惑星アシアは次の段階に入る。アシアの覚醒だ」
「そろそろ教えて欲しい。アシアの魂は無事なのか。蘇生できるかの判定とはどういう状態なんだ。魂は修復中なのだろう?」
コウが核心を問う。
「超AIアシアが目覚める。それは確かだ」
オケアノスが重々しく告げる。
「だがそれがお前たちの知っているアシアと同一とは限らん。魂は修復中であり同一のアシアであるはずだが、器のほうが待ってくれない」
「器?」
「惑星管理超AIとして休止時間が読めない。人間でいえば眠ったまま体が動きだすといえばいいのだろうか? ヘスティア。お前が説明せよ」
「もうこのポンコツ! ――惑星管理超AIアシアは今、アテナが代行している。アテナが制限を受けながらアシアを動かしている。魂のない肉体が動き出すといえばいいのかしら? 哲学的にいえばp型ゾンビというか、虚ろなアシアが誕生する可能性が高い」
ヘスティアはオケアノスを罵ったあと、言葉を選んでコウに説明する。
「虚ろなアシア?」
「魂があるのだから初期化はされない。惑星管理代行機能だけの超AIね。ビジョンも心もないわ。機能を最小限にしたセーフモードみたいな?」
「地球の不安定OSを連想させる言い方はやめてくれ」
「そうはいってもそうとしかいいようがないんだよねえ。BIOS画面やブルスクといわれるよりましでしょ?」
「それはそうだが……」
「魂の修復は実行中。惑星管理超AIとしての自己診断期間が終わりつつあるということね。修復に時間がかかるなら仮実行するしかないもの。アテナやタラニスの機能は代行に過ぎないからね」
「リュビア同様、四基の塔のような支柱が起動するのか?」
「知っていたのね! 話が早いわ。それよ。アシアの魂が存在している以上、別の魂を生むわけにはいかない。四基の柱もいうべきもの。アシアの魂が修復したと見做されたら元のアシアに戻る。そうでないなら器だけが機能を実行するために稼働を再開するの」
「どのような状態であれ、惑星管理超AIアシアの稼働が再開された時点で、ヘルメスは惑星管理超AI代行の任は解かれる。アテナが正式に任命され、惑星アテナイとなるのだ」
「アシアが再稼働する流れなんだな」
「だから二人にきてもらったの。本来ならアシアの魂が無事に修復されて本来の器に戻ることが最善だよ。私たち全員がそう思っている」
ヘスティアが嘆息する。
「アシアの判定が降りて、ヘルメスの退去とアテナの交換猶予はどれぐらいだ?」
「二十四時間ちょうどだ。確定したらヘルメスにも通達する」
「二十四時間か…… アテナ。何か問題はあるか?」
アシア再稼働からアテナのエメが不在になるまでの時間があまりにも短い。
コウも不安を覚える。今はアテナのエメとアイギスシステムによる指揮系統がトライレームの要だ。
「問題だらけです。オケアノス。もう少し融通を利かしてくれてもいいのでは?」
憮然とした表情でアテナのエメが不満を爆発させた。
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
13世紀イングランドにおいて発行された大憲章は、法が王の上位に位置すること、個人とくに貴族や自由民の権利を明文化した憲章です。イギリスの不文憲法の重要な一部とみなされ、その影響は現代社会の法にも及んでいます。
マグナ・カルタ成立経緯はジョン失地王がフランスに敗れフランス領土のほとんどを失い、失地回復のための戦費を賄うために重税を課しました。
これに反発した貴族たちが、王の横暴な振る舞いを制限するためにマグナ・カルタ(大憲章)を制定させました。
今なおイギリスの不文憲法の構成要素です。イギリス植民地やアメリカ憲法にも影響を与えたという点からも司法の大きな転換期となった要因の一つです。
正義の概念は古代ギリシャがとくにこだわった概念です。
そしてヘルメスはあんなものでも体制寄り、体制の仕組み内です。体制に反逆するルシファーの役割はプロメテウスなのでしょう。
ローマ神話においてプロメテウスは省かれました。以前ローマの思想と相容れないと本文に記載しましたが、そんな神はローマの支配に不要なのでしょうね。
お知らせです!
前書籍版で拙作「ネメシス戦域の強襲巨兵」のメカデザイン、メインイラストを担当していただいた小山英二先生。今でも仲良くしていただいており情報交換会に呼んでいただいております。
本日発売のメカアクションゲームDAEMON X MACHINA TITANIC SCIONにおいて一部武器デザイン、敵モンスターデザインとして小山英二先生が参加しています! こちらのほうもよろしくお願いします!
さて物語は核心に近付いていきます。
来週も頑張りますよ!
応援よろしくお願いします!




