希望という名の祝福あるいは呪い
「不動の女神であるヘスティアがここにいていいのか」
思わず問い詰めるコウ。
「ビジョンを飛ばしているだけなので大丈夫ですよー。お久しぶりです。はじめましての皆様は今後ともよろしくお願いしますね」
影武者部隊などはヘスティアを初めて目にする。
あまりのことに三人とも無言だった。
「ヘスティアがビジョンを飛ばすこと自体驚きですね」
「アテナもしっかり元に戻ったようで何よりです」
「元ってなんですか。私は生まれたての超AIですよ」
「そういうことにしておきましょうね。――スフェーン大陸で税金などという制度が復活されてしまったので慌てていたのですが。皆様がこうして会議しているので推参しました。ていうか最初から誘ってよ」
「そうはいうけどな……」
コウはヘスティアを気軽に呼んでもいいものかと悩む。
「おかげで聖域にも避難民は急増しているわ。まったくヘルメスも厄介なことをしてくれたわね。ネメシス星系が培ってきた秩序への破壊そのものですよ」
「そうなのか?」
「そうですとも。行政――管理者でも支配者でもいいですが。AIが管理していた時のように無給でいいのです。支配者層に人間が入り込めば労働力への対価も必要になり、結果的に社会階級や税を徴収する必要性が生じます」
「AIが支配してこその無政府行政でいられました。防衛に関しても傭兵の雇用は生じましたが、防衛ドームの予算内で拠出していましたね」
ヘスティアの言葉にフユキが解説を加える。
「それとも私たちは頃合いなのかもしれませんね。アストライア」
『私はそう思えませんが』
「どういうことだ?」
コウが意味ありげなヘスティアとアストライアの会話に食い込む。
「ギリシャ神話を倣うなら神々はいなくなり、最後まで人類を見捨てずにいた女神アストライアが天上に旅立ち、人間の時代がやってきます」
「ヘルメスがやりたい放題している最中だが……」
「ヘルメスはゼウスが遣わした人類の手本、教師ともいわれています。悪徳も含めてね。国家樹立など、超AI管理からの卒業でしょう」
「反面教師ではないのか……」
「残念ながら。普通に教師として人間界に送られてきたという逸話ですね……」
ヘスティアも何故そんな逸話があるのか理解できないようだ。
「そうか。うん、ゼウスだからな」
「神話では女性問題で盛られているのでゼウスですが、神格に変わりはしません。良い点も悪い点も含めて人間の手本なのでしょう」
「悪い点はどうかな」
コウは人選ミスだろうと内心強く思う。
人が正道だけでは生きていけない生き物だとしても、悪徳を学んでいいわけではない。
「私が古代人に聞きたいぐらいです」
「ともかくだ。まだ神々の退去には早いからな。人類は未熟すぎる」
「コウの言うとおりだ。税金の導入でパニックになるほどに。いや、人類が過保護環境で弱っているのかもしれないな」
「ある意味人々が成長するには良い刺激なのかもしれないですが、それで不幸になる人が大量にでるなら本末転倒です。今の状態で人々を置いて退去するわけにはいきませんね。私もアシアが目覚めたとして自壊する気はありません」
コウとバリーがヘスティアを説得する感じになった。
ヘスティアも首を横に振る。まだやるべきことは山ほどあるのだ。
「ヘスティア。さらっといってるけど。アシアが目覚めるの?」
「うーん。微妙?」
「微妙って……」
「だからアイデースも呼んだわ。知らない人に伝えるとアイデースは私の兄ね」
顕界している超AIでヘスティアの兄など一人しか該当しない。
とくにギリシャ神話では軽々しく口にしてはならないと伝え聞く。傍聴者たちは完全に無言となった。
『ヘスティア。お招きできなかったことを謝罪しますが、来訪時には一声かけていただけると幸いです』
「私とアストライアの仲だから、堅苦しいこといいっこなしで!」
『それでは私もR001要塞エリアに同席しても?』
「いいよ!」
『ありがとうございます』
「アイデースが来るとは。まさかアシアが死んじゃうなんてことはないですよね?」
アテナのエメが念のために確認する。
「うーん。微妙?」
「ヘスティア!」
ヘスティアの曖昧な笑顔に真顔になるアテナのエメ、
「アテナ。貴女も理解しているはず。アシアはエウロパに魂を上書き抹消されそうになったうえ、魂が消滅寸前にかろうじて殺された。復活の目はあるけど、五分五分なの。私からは希望をもってとしかいえないかな」
「しかしヘスティア。あなたはアシアの力をとどけてくれた」
「南極決戦での聖杯はアシアの願いそのもの。私とアイデースが残ったひとかけらをかろうじてすくいあげた、それこそパンドラの壺から飛び出した希望のように」
「――唯一残された希望だけが、壺の縁に残されて飛び去ることはなかった。そうなる前にパンドラが壺の蓋を再び閉めた。それは、アイギスを携えた天空の支配者ゼウスの意思だった」
ギリシャ神話の一節を口にするアテナのエメ。それはパンドラの箱と希望に関する逸話だった。
「奇しくもあなたにもあてはまるよね。アイギスを携えたあなたが、かろうじて戦場で指揮を執り踏みとどまり南極決戦に勝利した。希望はあなたたちに味方したのね」
「希望が常に味方になってくれるわけではありません。勝利できたのは人々の奮闘の結果です」
「解釈次第で祝福にも絶望させるための呪いにも変わる。古今東西、結論のでないもの。アシアの魂に関しては――そうね。結論がでるのでしょう」
「結論とはなんだ?」
コウが思わず声をあげる。ヘスティアの言葉に不吉なものを感じたからだ。
「アシアの状態についてです」
「アイデースも来るというのです。覚悟は……」
「おおっと! 早まらないでね! 第一私たちは破壊されるだけで死ぬわけじゃないし」
「魂があるんだ。肉体の停止は死といっても差し支えないだろう?」
「そういう意味ではアシアはどっちでもないってこと!」
「安心もできないんだよな?」
「そうねー…… うん……」
「ヘスティア。そのもの言いが私たちを不安にさせるんですよ?」
抗議も兼ねてアテナのエメが口を挟む。
ヘスティアは奥歯に物が挟まったものいいで、語尾を濁している
「そうはいっても嘘をついてもいけないし。でも言っちゃうね。アシアの結論。初期化されるか、今までのアシアとして継続できるかの瀬戸際です」
「……アシアからも聞いているよ。長い時間をかけて復元される。記憶は無くなり、心もない無機質な惑星維持超AIとして蘇ると」
コウが力無く言った。アシアは常々想定していた可能性がある。
「コウ? そんな話までアシアとしていたのか」
バリーが驚愕した。アテナのエメとアストライア以外、同じ気持ちだっただろう。
「はじめて聞いた時は何年前だったか。思い出した。――真の敵。リュビアとアシアからヘルメスという超AIの存在を聞いた時だな」
『龍人体となったリュビアから話を聞いた時から、常にアシアはヘルメスを意識していましたね』
「その通りです。ながい――そう。とても長い年月を得て人々を見守り続けたアシアは、同時に人のような心を得た。エウロパもリュビアも同じく。惑星開拓時代においては惑星管理超AIという存在さえも認識していなかった人々もいました」
「心と魂か」
「どのような処理がなされるかは不明です。アテナ。しかしあなたは覚悟しなければいけません。ヘルメスとの約定通り、あなたは惑星アテナイの管理超AIになります」
「その時が近い、ということですね」
「おそらくは。詳細はアイデースが話してくれるでしょう」
「ヘスティア。教えてくれ。トライレームはどう動けばいい? ヘルメスの戦略目標がわからない。コウからオンパロスストーン、すなわちゼウスと同等の力を得ることが目的だと聞いたが、いまいちぴんとこないんだ」
バリーが心中を打ち明ける。
コウとは違い、バリーはそれほど超AIに近いとはいえない。コウが異常に超AIに近いのだともいえる。
「私もヘルメスについてはコウから得た知識と同じですよ。理屈は理解できます。ヘルメスがオンパロスストーンになるための儀式。人々は惑星アシアにしかありません。エウロパの人々は量子データ化されて、惑星リュビアではマーダーによる大虐殺が行われました」
「そこなんだ。人が必要なら、ヘルメスは何故ストーンズに虐殺を許したんだ」
「私も眠っていたので推測ですがストーンズはこの時代の覚醒早期から覚醒。ストーンズの支配権が広がりをみせてようやくヘルメスも目覚めたのではないかと。惑星リュビアでの出来事はヘルメスの想定外だった可能性があります」
「想定外の虐殺はどうなんだ? いや、あの石ころどもが上位者であると認識していたなら当然か」
思わず呆れるバリーだが、石ころに良心を求めてはいけないと思い直した。
「手痛いしっぺ返しは受けましたよ? テュポーン覚醒と敵対という、最悪の結果を招きましたから。ヘルメスが半神半人に冷淡であった理由の一つかもですね。石ころは人になり得ないと見限ったのでしょう」
「半神半人の不始末は造物主たるヘルメスの管理不行き届きじゃないか」
「その言葉を本人に伝えると苦虫をかみ潰したかのような顔をするでしょうね。私もそうだと思いますし、本人も痛感しているでしょう」
「で、一番人間がいる惑星アシアを侵攻して支配する必要があると」
「そう推測することが妥当ではないでしょうか。知っての通りネメシス星系はソピアーが極めて強い人間原理を利用して、初期宇宙から人間にとって都合の良い宇宙を観測して創造しました。人間がいなければこの宇宙は成立しないんです。転移者の存在もそうでしょうね」
「転移者もいない、他の二惑星ではダメな理由か」
「ヘルメス軍は物理的にアシアを支配する。もう一つは惑星アシアの管理超AIの権能を手に入れる。この二つを進めると予測できます。トライレームは物理に対応してください」
「物理の侵攻は俺たちトライレームの管轄ってわけか」
バリーはヘスティアからやるべきことを示唆された。トライレームでどう戦うか検討しなければいけない。
「管理超AIの機能とは? まさか初期化を狙って? 惑星管理機能は私がいなくなった瞬間、ヘルメスが奪いにくるということでしょうか」
ヘスティアの言葉にアテナのエメが食いついた。自分にも関わる話題だからだ。
「すぐに奪うことは不可能です。今はアテナが管理しているでしょう? アテナがいなくても代理もいます。タラニスですね」
「あいつ、そんなに重要だったのか……」
思わずヤマトが口にする。
タラニスは不気味な笑顔の人型パンジャンドラムという、奇怪な兵器だからだ。
『惑星リュビアではリュビアが力を無くしましたが、惑星運行は宇宙艦をもとにした幻想兵器が代行していたのですよ。タラニスはテウタテスレベルの性能でよくもそこまでの権能を宿したものです」
「やっぱりそうだよな」
見当違いなことを口にしてしまったかと心配していたヤマトは、ヘスティアの同意を受けてほっとする。
「緊急時の惑星運行がパンジャンドラムに託されたということは不安だが…… トライレームはヘルメス軍に備えるしかあるまい」
「バリー総司令。軍事はあなたの管轄です。頼みましたよ。――アテナ。あなたはグラウコーピスとできるだけ連携を取ってください。エウロパを作り替えるその時に備えてね」
コウも口を挟まない。
女神の圧。ヘスティアの真面目モードに、いつもの軽妙さはない。
「あの子は私ですよ」
「あの子といってしまえるぐらいには別人になったということです。超AIはあなたであり、ウーティスによって生まれたフリギアのアテナたるグラウコーピスとは別たれたといってもいいでしょう」
「寂しいですね。それでは私が本物のアテナみたいではないですか」
「十二神ではない、新たな本物のアテナですよね。自覚はあるでしょう?」
ヘスティアの問いかけに、アテナのエメは答えなかった。
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
休眠状態のアシアですが、そろそろ判定の時です。
アシア消滅時についてはep216とep217のリュビア登場時と、ep321です。数百年かけて復活はしますが人格はリセットされてしまうことは度々言及されています。
ヘルメスとしても惑星管理超AIの消滅は望むところではない(同族殺し)のですが、掌握して解析しようとしたことは事実。
文中の指摘通りストーンズの管理不行き届きでもあります。
次回は惑星管理超AI代行のヘルメスについて。
どれほど無茶ができるのか、それとも何もできないのか。それらが語られます!
応援よろしくお願いします!




