26話
別行動をする事自体には慣れているつもりなのだが。
やはり、目に見えない状況というのは、もどかしい。
見えている状況であっても、もどかしいというのに。
見えないと余計に、もどかしく感じてしまうのだから。
ええい、もどかしい。
「孫権達は関係を深められると思うか?」
「……まぁ、無理じゃろうな
何だかんだ言っておった策殿でも、あの有り様じゃ
肉体関係は愚か、恋愛経験すら無いのではのぅ……」
「やはり、そうなるか……」
黄蓋──祭と、そう話しながら矢を放った。
その矢は黄巾党の部隊を率いていた指揮官を射た。
目の前で指揮官が一矢にて討たれるのを目撃した事により部隊は混乱し、動きが狂い出す。
其処に、私達が更に矢を射掛けて仲間を殺せば、見えない相手に対する恐怖と、迫り来る死の現実味を肌で感じ取り我先にと逃げ出そうとする。
仲間とは言ったが、そんなに深い繋がりは連中には無い。
御互いに寄せ集まっただけの烏合の衆なのだからな。
……いや、烏の方がまだ仲間意識は強いな。
一緒にして済まなかった。
──等と考えている間に姉者と孫策が突っ込んだ。
「決まった──いや、終わったのぅ」
「そうだな」
祭の言葉通り、指揮官を失い、バラバラになった連中には戦況を立て直す能力は無い。
加えて、敵の息の根を止める好機を見逃す二人ではない。
退屈な掃討戦だろうとも、あの二人は動く。
戦場に於いては、その嗅覚は群を抜いているのだから。
「まあ、周瑜がキレそうだがな」
「其方等の軍師達もではないか?」
「……違いないな」
そう言って二人で苦笑する。
「笑い事ではない」と言われそうだがな。
軍将からすると、軍師達の方が細か過ぎる。
いやまあ、それが軍師としての仕事ではあるのだがな。
姉者や孫策の様な臨機応変さは、好まない。
折角考えたのに、それらが無駄になる。
それを嫌うからだ。
「結果が良ければ、問題無いだろう?」と。
結果は勿論だが、その過程を重要視する。
……まあ、正確に言えば、自分の考えた通りに進まないと気に食わないだけなのだが。
それは決して言ってはならない事だ。
そうは思っていたとしても、絶対にだ。
臍を曲げて仕事を放棄されると困るからな。
だから、軍将は飲み込む事も大事だ。
尤も、文武官の私や奏太は特殊な立場になるがな。
さて、曹操軍・孫策軍として別々に行動していた筈だが、私達は今、こうして一緒に居る。
私に姉者、孫策と祭。
この四人で、だ。
まあ、新しく混成部隊を編成したという事ではない。
偶々、御互いに同じ部隊の動きを捉え、動いただけ。
正確には、我々が搗ち合った時点で、孫策が「面倒だし、早い者勝ちでいいでしょ?」と言った。
姉者は賛成したが、私と祭で止めた。
万が一にも討ち漏らしが出ては困るからな。
其処で私と祭が二人で敵の指揮官を仕留め、瓦解した所を姉者と孫策が率いる部隊で挟撃、となった。
今の私と祭は討ち漏らしを出さない為の掃除役だな。
「しかし、思っていたよりも部隊が点在しているな……
連中が此方等の動きに気付いたと思うか?」
「どうじゃろうな……
偶々と言えば、そう見えなくもないが……」
「陽動にしては数が多い、か……」
「此処に来て態々、戦力を削る真似はせぬじゃろ」
別行動をしている為、情報の共有はしていない。
だから、今回の様な事が起こった訳だが。
この状況、考え様に因っては意図された様にも思える。
勿論、考え過ぎという可能性も有るのだが。
もしも、意図的な状況だったとすれば……
「……急ぎ、戻った方が良さそうじゃな」
「ああ、そうだな
それから、一度、軍師を一人ずつ出して話し合おう
内通者の可能性は無いだろうが、此方等の動きや狙い等を読まれている可能性は無視は出来無いからな」
「混成部隊の方はどうする?」
「彼方等は放置で構わないだろう
抑が、そういう意図の部隊なのだからな」
「そうじゃっな」
何より、奏太が率いているのだからな。
心配する必要は無い。
まあ、流石に口にはしなかったが。
寧ろ、気にするとすれば、奏太と他の女達との関係だ。
流石に誰かと関係を持つとは考え難いが……
出来れば、少しでも関係に進展が有って欲しいものだ。
「奏太、斥候の報告では此処に布陣しているらしいわ」
「……蓮華様はどう見ますか?」
「そうね……
地形的には目立ち難い場所ではあるけれど、それ以外にはコレと言った価値が有る場所とは思えないわ
特に要所という訳でもないし……
囮か、或いは、潜伏させている奇襲部隊でしょうね」
「私も同じ様に思います
ただ、後者の場合、何を狙っての事なのか……
その点に疑問が残ります」
「ええ、気になるのは其処なのよね……
混成軍を狙うにしては唐突過ぎるし……」
「普通は前段階が有りますからね……」
そう言って、二人して黙ってしまう。
……いや、重要なんは其処やない。
何時の間にか、二人は真名で呼び合っとる事や。
別に悪い事やないんやけど……
知らん間に二人の仲──距離感が近付いとったっちゅう事で機嫌が悪うなっとる。
勿論、ウチの事やないで?
まあ、奏太はんにやったら抱かれてもええんやけど。
ウチはベタベタ・ガチガチに惚れてる訳やないしな。
ただ、子供を作るんやったら、奏太はんがええ。
それだけで、それ以上には……いや、イチャイチャしたい気持ちが無い訳やないんやけど。
ウチ的には、偶にでええんよ、偶にで。
ずっとや、毎日っちゅう訳やない。
この辺りはウチが職人気質やからなんやろうけどな。
当然、奏太はんと一緒に何か作るんは楽しいんやけど。
…………アカン、どないしよう。
子作りしたら、ウチ、ド填まりするかもしれへん。
──って、今はウチの事やない!
不機嫌なんはウチと一緒に警戒をしとる周泰──明命や。
奏太はん、天然の誑しやからなぁ……
あの春蘭様に、孫策はんまでが落とされとる。
自覚の有無は兎も角、それは間違いない。
せやから、明命みたいな純粋な娘は落ちる。
奏太はんに、そないな意図は無かったにしてもや。
──っちゅうか、無意識に、やからなぁ……
其処が奏太はんの罪深い所……魔性さや。
──で、その明命なんやけど。
特段、奏太はんと絡みが有った訳やない。
……絡みっちゅうと、何か卑猥やな。
いや、ウチの考え過ぎやないと思うで?
……ゴホンッ──ほんでや。
奏太はんと明命の接点っちゅうのは少ない。
混成軍の指揮官は奏太はんやから、ウチ等は接する機会は少なくはないんやけど、それは仕事でや。
せやから、其処で……っちゅう事は少ない。
無いとは言い切れへんのが奏太はんやからなぁ……
ホンマ、魔性の男やで。
まあ、要するに仕事以外の時に接する事は限られとる。
せやけど、その数少ない中で落とすんが奏太はんや。
奏太はん自身には、そんな気は有らへんのやろうけど。
まあ、実際には見てへんけど、何と無く判る。
緊張しとる時、優しく頭を撫でられて微笑みながら言葉を掛けられたり、他愛の無い会話で解してくれたり。
その後、ちゃんと見とってくれて、褒めてくれたり。
ちょっと困っとったら、然り気無く助けてくれたり。
他意は無いんやろうけど、落ち込んどったら何も言わずに優しく抱き締めてくれたり。
…………あー……うん、それ全部ウチの事やな。
ウチも何やかんやで奏太はんに落とされとるみたいや。
奏太はん、凪と一緒にウチの事も責任取ってな?
──んで、明命の事やったな。
明命は孫策はんよりも孫権はんの直属に近い立場らしい。
せやからか、奏太はんと孫策はんが仲良うしとるよりも、孫権はんと仲良うしとる方が気になるみたいやな。
多分やけど、明命は奏太はんと孫権はん、その何方等にも嫉妬しとるんやろうな。
自分よりも孫権はんと距離感が近い奏太はん。
自分よりも奏太はんと距離感が近い孫権はん。
まあ、アレやな。
仲の良い幼馴染みの近所の御姉ちゃんが、自分の仕事先の優しくて頼りになる先輩と仲良うしとる。
それ自体は祝福しとるけど、自分は仲間外れにされとる。
そんな疎外感を感じとる……んやないかな?
んー……ウチにも、はっきりとは判らへんけど。
何しろ、ウチ等の場合は秋蘭様、華琳様の公認やし。
寧ろ、積極的に関係を持つ様に促されとるからなぁ……
正直、今の明命みたいな気持ちはウチには判らん。
凪なら…………いや、凪にしても、どうなんやろうな。
凪は真面目やから、悩んでそうやけど、秋蘭様が推奨しとる以上は普通は悩む所で悩まんでも済む。
……そういう意味やと寧ろ、秋蘭様が焦れとるんか。
成る程なぁ……そら、彼是と画策されるんも納得や。
まあ、せやからっちゅうても、ウチが凪達より先に関係を持つっちゅう事は無いんやけどな。
奏太はんに口説かれたんなら構わへんのやけど。
順番が早いと、それはそれで色々と面倒やからな。
ウチは気楽な位置で十分や。
…………まあ、出来れば子供は三人は欲しい所やな。
──っちゅう事を考えとっても何も変わらへんのけど。
ただ、明命は自分の不機嫌さは自覚してへんし、二人にも気付かれとらへん。
気付いとるんは、ウチだけやろうな。
……つまり、ウチの言動次第で明命の反応は変わる訳や。
…………アカン、秋蘭様が「遣れ」って睨んどる。
ウチの心──脳裏に秋蘭様が浮かんどる。
浮かんどるけど…………うん、無理。
秋蘭様、ウチには無理や。
明命みたいな娘やと罪悪感が勝つしなぁ……
孫策はんみたいな相手にやったら遣れるんやけど。
「ちょっと~、それってどういう事?」と不満そうな顔が思い浮かぶんやけど、気にもならへん。
ウチが何かせんでも勝手に動くやろうしな。
──とは言え、気付いた以上は放っとかれへんか。
奏太はんが罪を重ねる前に明命に自覚させる……
んー……それもどうなんやろうな。
下手に何もせん方が良えんやろうか?
けど、悪影響が出たら困るしなぁ……
だーっ、相談出来る相手が誰も居らんっ!
明命の前に誰かウチを助けてたってーっ!
「──っくしゅんっ!」
「明命?」
「す、済みません!」
「嚔をしただけで、別に謝る様な事では有りませんよ」
「そうよ、それよりも体調が悪いのなら言ってね?
無理をされる方が困るのだから」
「はい、判っています
急に鼻がムズムズしてしまって……」
そう言いながら、両手で鼻を隠す明命。
嘘は言ってはいないみたいね。
でも、気を抜いていた様にも思えてしまう。
だから、申し訳無さそうだし、恥ずかしそうね。
本当に気にしなくてもいいのだけれど……
私も生真面目だから明命の思考や気持ちは判るわ。
だから、奏太が小さな白い巾を取り出して渡してくれる。
その然り気無い優しさが心に沁みるのよね。
照れを含んで頬を赤くする明命。
「あ、有難う御座います……」と。
素直に言える所は、ちょっと羨ましいわ。
私はどうしても強がったり、意地を張ってしまうから。
……ま、まあ? 今は奏太には本音を言えるのだけれど。
それも二人きりでなら、という条件付きでの事。
それでも、私としては十分に凄い事なのだけれどね。
自分の事だけれど、本当に面倒臭い性格だと思うわ。
だけど、そんな私を受け入れてくれるのが奏太。
私は私の儘で良いのだと。
そう教えてくれたのも他の誰でもない奏太。
だから、ついつい甘えてしまう。
弱音や愚痴を吐くだけならまだしも、その胸に……
──って、私は何を考えているのよっ!
今は黄巾党の動きに注意するべき時よ!
しっかりしなさい!
──と、気負った事を容易く見破られてしまう。
そして、抱き締められて頭を撫でられる。
……狡いわ、奏太。
狡いから、頭をグリグリと押し付け、擦り付ける。
犬や猫が甘えているみたいに。
…………明命が見たら、失望されるかしら?
それとも…………ふふっ。
案外、「わ、私も良いでしょうか?!」なんて言うかも。
明命と一緒に奏太に甘えているだなんて……
そんな自分の姿を想像するとは思わなかったわ。
これもこれも奏太の所為ね。
だから……その……ちゃ、ちゃんと責任を取ってよね!




