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別冊†恋姫  作者: 桜惡夢
秋奏七歌
125/127

25話


 姉者ではないが、華琳様から御叱りを頂いた。

「一応は公共の場で何を話しているの」と。

全てではないが、胸談義(後半)は丸聞こえだったらしい。

むぅ……つい、声が大きくなっていたか。

あと、華琳様の目が少し恐かった。

……桂花?

確かに目付きがアレだったが、慣れているからな。

今更、恐いとは思わない。

……まあ、手を出されると話は変わるがな。


さて、華琳様と孫策の間で締結された共闘(・・)

黄巾党の息の根を止める為、一気呵成に攻め立てる。

その為の協力となる。

奏太に孫策達の真名を確認させるという意図も有ったが、協力の打診が本題だったのだから。


──で、我々は合流し、進軍している。

まあ、正確には戦力を三つに(・・・)分けて、だが。


華琳様が率いる曹軍。

孫策の率いる孫軍。

そして、奏太が率いる混成軍(・・・)

その三つに分かれて、だ。


……私? 私は姉者が居るから御目付け役だ。

先の別行動の件で桂花が疲弊していたからな。

苦労を掛けた分、こうして返す事になった。

奏太と離れるのは辛いがな。


まあ、それはそれとして。

星よ、何故、此処に居る?

今こそ、奏太の側に居るべきだろうが。

──あっ、こらっ、逃げるな!




 黄巾党討伐の勅命により、私達は遠征している。

本来であれば、袁術の支援無しでは動けない。

しかし、今回は曹操が後ろ楯となってくれている。

勿論、曹操には曹操の狙いや意図が有るのだろう。

だが、私達──姉様が武功と名声を獲る為には、この機を逃す事は愚行でしかない。


──と、冥琳から言われた。

物っ……………っ凄くっ! 嫌そうな顔で。

ええ、姉様に押し切られたのよね、御免なさい。

妹として、感謝と謝罪を。

大変、誠に苦労を掛けます。

でも、見捨てないで遣ってね。

アレでも、私達にとっては自慢の姉だから。


……まあ、後で姉様には文句を言いますけど。

言っても直らないけど、言わないと伝わらないから。


それはそれとして。

ええ、姉様(それ)とは別に私を悩ませる者が居る。

今現在、私が配属されている混成軍。

それを率いている夏侯然。

そう、()が私の悩みの種。


──とは言え、姉様とは違う。

姉様の様な理由ではない。

……同類だったら、とは考えたくもないわ。

きっと冥琳はキレているでしょうね。

私でもキレてしまうでしょう。

本当に御免なさい。


んんっ……話を戻して。

姉様とは違い、彼自身に問題が有るという訳ではない。

寧ろ、問題が有るとすれば……私自身の方よね。



「……はぁぁ……」



思わず溜め息が出てしまう。

考えても考えても靄々とするだけで、何も変わらない。


その原因が彼なのだけれど。

切っ掛けは彼ではない。


彼の妻である夏侯淵と──思春の会話。

天幕での姉様達の話し合いが終わった後の事。

二人が話しているのを偶々聞いてしまった。






「甘寧よ、私の夫──夏侯然の事をどう思う?」


「……夫の自慢がしたいのなら、他を当たって貰いたい」


「済まない、聞き方が悪かったな

はっきり言おう

一人の女として抱かれたいと思うか?」


「──っ!?」



率直過ぎる夏侯淵の言葉に思春は驚いている。

それを聞いてしまった私も驚いた。

思わず声が出掛かってしまった。

反射的に口を両手で押さえてしまう位にだ。

しかも、そのまま動かない様にし、隠れてしまった。

「私は何をしているの!?」と思う。

思うが──今更、姿を見せられない。

偶然通り掛かった振りをして「思春?」と。

そう声を掛ける事も出来無くなった。

──と言うか、姉様ではないから、私には難しい。

……自分で言うのも何だけれど。

私は嘘や隠し事が下手だから。

平然と嘘を言える姉様達が可笑しいのよ。

……ああ、そうか。

言い訳慣れ(・・・・・)しているからなのね。

ええ、当然、ちっとも羨ましいとは思わないわ。


──と、思考が迷走していた私の耳に声が聞こえる。



「ふむ……興味が無いという訳ではなさそうだな」



その夏侯淵の声に、こっそりと様子を窺う。

…………ああ、そうね、誰でも一目で判るわ。

思春の顔が見た事も無い位に真っ赤になっているもの。


……思春って、部下の男性の裸を見ても平気よね?

勿論、上半身の裸を、という意味ではないわ。

男性の……その、下半身を見ても、よ。

寧ろ、男性の方が恥ずかしがっている位だもの。

……私には無理だわ。

多分、その場は誤魔化せても……ねぇ……


そんな思春が、会話だけで、あんな状態に。

ええ、夏侯淵の言った通りよね。

意識していなければ、恥ずかしさなんて感じない。

だから、思春が彼を異性として意識しているのは確定。

確定すれば……そうなる可能性も高まる。

姉様や祭の言葉も有るのだから。


気持ちを落ち着ける為なのか、大きく息を吐く。

それだけの事で、真っ赤だった顔色が薄れる。

……まあ、まだ赤みは残っているのだけれど。

仕方が無いわよね。

そんな簡単には切り替えられない事だもの。

寧ろ、落ち着けるだけ凄いと思うわ。



「……そう、だな……

愛だの恋だのは判らないが、興味は有る

伯符様達が御認めになる実力者だからな」


「子を成す事には?」


「……求められれば否は無い」


「ふむ……」



一瞬、逡巡した後、思春は、そう答えた。

拒絶も否定もしていない。

ただ、言外に「私からは求める事はしない」と。

そう示すと、そのまま歩き去った。


夏侯淵は思春の後ろ姿を見詰めた後、その場を後にした。


残された私は暫くの間、その場を動けなかった。

思春の気持ちを知ってしまったから?

──否、そうではない。

私自身の気持ちに気付いてしまったからだ。


気付けば、右手が服の胸元を握り締めていた。

それこそ、はっきりとした皺が出来てしまう位にだ。


自分の鼓動が煩い位に大きく聴こえている。

落ち着こうとしたり、集中しようとしたりするのと同じで意識が内に裡にと向かってゆく。

だけど、それとは真逆。

鬱陶しい位に大きく鼓動が鳴っている。

別に走ったりして息が上がっている訳でもないのに。

鼓動だけが早く、大きく、高鳴っている。

こんな経験はした事が無い。


──が、直ぐに自分の中で納得も出来てしまった。



「…………これが私の初恋(・・)……」



初めての経験で、これが恋心(・・)ならば。

それはもう、“初恋”と呼ぶ以外の言葉を私は知らない。

知らないけれど、そう口にしただけで腑に落ちる。

これ以上無く、ぴったりと填まった様に思えたのだから。




──といった事が有ったから。

それ以降、彼の顔を正面に見られない。

そして、以前にも増して態度が悪くなってしまう。

「こんな事をしていたら嫌われてしまうわ……」と。

頭を抱えたくなるのだけれど。

だからと言って、どうすれば良いのかも判らない。


……せめて、冥琳か穏が一緒だったら……

いえ、そんな事を相談されても流石に二人も困るわよね。

冥琳は「そう(・・)なる事を蓮華様が望まれるのであれば、私は叶う様に御協力致します」と。

前向きな返事をする様な気はするのだけれど。

それはそれで何か恥ずかしいわよね。

頼もしくは有るのだけれど。


……兎に角っ!

自覚し、意識してしまったから、気不味いのよ。

気付いたら、遠くからでも彼を見詰めているし、無意識に彼の姿を探してしまっている。

彼の笑顔を見ると、それだけで胸の奥が温かくなる。

他の女性と話しているの見ただけで胸が締め付けられて、苦しくなってしまう。

でも、意識してしまうから、正面に話せもしない。

……まあ、必要最低限の遣り取りはしているわ。

ええ、本当に、一応は、という程度で、だけれど。

この作戦──戦いには影響が出ていない範疇でね。


ただ、客観的に見たら、「何をしているのですか?」と。

孫家(うち)の者なら苦言を呈したくなるでしょう。

私がその立場だったら、間違い無く言うわ。


また、私が彼の立場だったら。

きっと、「何だ、この女……」と。

確実に嫌悪感や悪印象を懐いている事でしょう。

表面上は笑顔で接しても、それは仕事だから。

仕方無くでね。

私的には関わりたくはないと思うわ。

だって、面倒臭いもの。


──と、考えて落ち込んでしまう。

「何を遣っているのよ、私はっ……」と。

自分自身を叱咤したくなる。


…………今更だけれど、あの時の姉様の言葉を思い出す。

そして、今なら、姉様の言葉に賛同するのに。

…………いえ、流石に初めてが姉様も一緒なのは……

せめて、初めての時は二人きりが良いわ。


…………──って、何を考えているのよ、私はっ?!


いえ、可笑しいけれど、可笑しくはないわ。

ただ、場違いなだけで。

自分の気持ちに正直になれば──そうなる事は必然。

行き着く先は、それしかないのだから。


──と、一人で悩んでいる。

この混成軍には私と一緒に明命と亞莎が居る。

ただ、二人には相談もし難い。

せめて、思春が居てくれたなら……と思う。

現実としては、どうしようもないのだけれど。



「──仲謀殿、今、宜しいですか?」


「──っ、な、何だ?」



不意に彼に声を掛けられ、そう言ってしまう。

言ってから、返答に失敗してしまった事に気付く。

「済まない、後で時間を取るので……」と。

取り敢えず、時間稼ぎ(先延ばし)しておけば。

せめて、心の準備は出来たのだと。


意地と気合と根性で平静を装ってはいるが、内心では動揺しまくっている。

心の中の私は頭を抱えて奇声を上げている。

絶対に彼には見せられない姿だ。



「失礼しますね」


「──っ!?」



そう言って、彼は私の額に左手を当ててきた。

動揺していた事も有り、反応出来ず。

ただ、触れられた時に小さく身体が跳ねる。


……手を払い退けたりしなかっただけマシね。

それをしてしまっていたら……

今以上にギクシャクしてしまっていたでしょう。


「何をするっ!」と言えば、彼は謝るだろう。

しかし、多分、そうはならないでしょう。


恐らく、私は動揺した上に更に動揺し、迷走。

「ち、違う! 今のは、そのっ……」と。

言い訳も出来無ければ、謝罪も出来ず。

御互いに戸惑う状況が容易に思い浮かぶもの。


──なんて思考が勝手に行われているのだけれど。

……不思議と彼の掌の温もりが私の中に入ってくる。

伝わり、広がり、染み入ってくる。

そんな風に表現すればいいのだろうか?

……上手く言葉には出来無い感覚ね。

だけど…………ええ、とても安心するわ。



「……如何ですか?」


「…………え?」


「私見になりますが、調子が悪そうでしたので」


「……貴男には、そう見えていたの?」


「ええ、緊張も有るのでしょうが……

あまり眠れていないのでは有りませんか?」



……正直に言って、驚いた。

まあ、その原因は貴男なのだけれど。

それは言わない、言う訳が無い。


ただ、気付いた事には素直に驚く。

目の下に隈が出来たりしている訳ではないし、目の充血や表情に大きな変化が出ている訳でもない。

現に明命達は気付いてはいないのだから。


姉様達なら兎も角、彼に気付かれるなんてね。



「……よく見ているのね

それとも、判り易い位に出ているのかしら?」


「いいえ、パッと見には誰も気付かないと思います

でも、私から見ると、貴女にしては集中出来ていない様に感じましたので」


「集中出来ていない、ね……」


「普段の──いえ、本来の貴女なら、緊張している二人(・・)の事に気付かないという事は無いと思いますから」



そう言われて──漸く、気付いた。

亞莎は勿論だけれど、明命も今回の様な事は初めて。

……まあ、それは私もなのだけれど。

明命は明命で孫家の将として失敗は出来無い。

──と思い込み過ぎて、気負っている。

それが容易く想像出来てしまった。


それなのに、孫家側の筆頭──纏め役である私がコレだ。

彼の言う通り、本来なら私が二人を気に掛ける立場だ。

如何に彼が混成軍を指揮しているとは言え、それはそれ。

孫家の者を第一に気に掛けるべきは私の役目。

そんな当たり前の事さえ出来無くなっているなんてね。

溜め息を通り越して、自嘲する声が出て来そうだわ。



「貴女の立場を考えれば、気負う事も判ります

ですが、今は私が全てを背負う立場です

一人で気負う必要は有りません

私を、周りを、皆を頼って下さい

貴女が背負おうとする様に、皆も貴女を支えたいんです」



そう言って、優しく手を握ってくれる。

彼に手に触れられて気付いた。

気付かない内に手を握り締めていた事に。


つい、「情けないわね……」と思う。

しかし、それ以上に包む彼の掌の温もりが染みる。


視線を手を落とし、見詰めていると、気が抜けてしまう。

──否、寄り掛かって(・・・・・・)しまう。

無言のまま、彼の胸に顔を押し当て、身を委ねる。


しかし、不思議と不安は生まれなかった。


その証拠に彼は何も言わずに抱き締めてくれる。

優しく頭を、背中を撫でながら。



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